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「ありがとう」
(夏。私、なんとかやってみる)
遥は銃を右手で握る。もうこの右手は銃から離れることはない。固まってしまった。私に引き金が引けるだろうか? 冷静な頭の中で遥は思考する。これが私の命の重さ。この銃が私の命を奪う。(この銃が誰かの命を奪ったりもする)
想像よりもずっと軽い。
さっきまでずっしりと重く感じたのに、今はなぜか銃の重さが、さっきよりもずっと軽く感じる。それは遥の慣れであろうか? 人は命にすら慣れてしまうものなのか? その考えは遥をちょっとだけ残念な気持ちにさせた。
(それともこの軽さは私の命だけの軽さだろうか? そうだとしてもちょっと残念だ)
でも、重かったら撃つときに困るから、その意味ではありがたかった。だから、案外このくらいでいいのかもしれない。人の命はともかくとしても、私の命の重さはこれくらいで十分なのかもしれないと遥は思う。半人前の重さ。大人になれない子供の軽さ。右手だけで持てるくらい。片手に収まるくらいでちょうどいいんだ。
部屋の入り口に立つと自動でドアが開いた。人工知能に心はない。たとえその先に死が待っていたとしても、遥を引き止めるようなことはしない。人工知能にあるのは命令だけ。その命令を作ったのは遥本人だった。




