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でも仕方ないの。それが真実だから。それが私の正体だから。それが瀬戸夏の憧れた木戸遥じゃない、本当の私の姿なんだよ、夏。それが素顔の私なんだよ、夏。
遥は体に力を入れて、ぎゅっと全身をなるべく小さくさせる。遥の指先がきつくその腕に食い込んで、その皮膚からはかすかに血が滲み出ていた。
……私は夏の気を引くためにいろんなことをした。演技だってたくさんしたんだ。私はね、夏、嘘つきなの。
夏だけじゃないよ。たくさんの人を欺いてきた。(……本当にたくさんの人をね)夏を騙して、学園のお嬢様たちを騙して、人工知能と人工進化の研究に関わるすべての研究者とその関係者の人たちを騙して、それから世界中の人たちを騙したんだ。
欺いてきたんだよ。ずっとずっと嘘をついてきた。演技ばかりをしてきた。私にとって生きることは舞台に上がることだった。あらゆることが作り物だった。シナリオがあった。(私の書いたシナリオだよ)でも、それでよかったんだよ。心なんて全然痛まなかったし、後悔だってしなかった。そうすることが当たり前だった。全然平気だった。それで全部よかったの。なんでだかわかる? 夏。
(遥はそこで一呼吸だけ、間をおいた)
だって初めから全部を捨てるつもりだったから。だから、そんなことどうでもよかったの。私は私の中に逃げ込むって最初から決めていたから、最初から内側の世界に逃げ込むって決めていたから、私の外側の世界にいる人たちがどうなってもね、その人たちが私のことをどう考えていたとしてもね、全部どうでもよかったんだよ。……夏のこともだよ。本当だよ。これは嘘じゃないよ。(これは告白なの。私のね。ひどい告白だね)
……ごめんね。ひどいよね、私。最低だよね。ごめん。ごめんね、夏。……本当にごめんなさい。
遥は目の奥に溜まっていた涙を出し切ると、その場に立ち上がって、コーヒーカップを左手に持って、部屋の中に戻る。遥はせっかく淹れたコーヒーに口をつけないまま、テーブルの上にそれを置きっぱなしにしてしまう。
夏は(遥のベットの中で)よく眠っている。(やっぱり夏は、なにかとても良い夢を見ているのかもしれない。夏は相変わらず、とても幸せそうな顔をしている)とても可愛い寝顔だ。
遥はベット脇に座り込んで、暗い夜の中にうっすらとだけ見える夏の寝顔を見ながら思考(それは彼女の懺悔だ)を続ける。




