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遥はキッチンの中にしゃがみ込む。この星の重力が重い。今まで普通に立って歩いていられたのが不思議なくらいだった。遥は額に少し汗をかいている。動悸も激しい。コーヒーではなく、薬を飲むべきだろうか? そんなことを遥は微笑みながら考える。
学園に通ったのはね、夏、あなたを人質にとるためだったんだよ。夏が私に憧れていることを知っていたから、それを利用したんだよ。(いろんな計画が同時進行していたから、行動理由が前後したり、ほかにも幾つかの理由が重なっていたりするんだけどね。なんか複雑なの)私の研究と、それからこの研究所自体が軌道に乗って、(人工進化研究の研究所を軌道に乗せるってすごく大変なんだよ)いろんなところから、すごくたくさんのお金がもらえるようになって、お金に困らなくなったから、私はあなたから離れたんだよ。(ほら、よくあるでしょ? 宇宙船がさ、いらなくなった部分を次々と切り離して、宇宙空間を目指すみたいにね。あれ? これは機密情報なんだっけ? ふふ、忘れちゃった)
ほかに理由なんてないの。私はそういう人間なの。自分のことしか考えない。誰のことも心配しない。私のいなくなったあとの世界は、もう世界じゃない。(だって世界を認識する主体である私の存在がそこにはないから)夏のことだって、あなたの姿を監視カメラの映像で確認するその瞬間まで、……私は本当に忘れていたんだよ。遥はそこで、少しだけ泣きそうになった。




