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ここまで遥の経歴を調べてみて、夏は単純にもったいないと思った。人工進化分野は人類に必要ないとまでは言わないけれど、ひどく時代遅れの分野だった。天才の頭脳を必要としているとはどうしても思えない。それにもともと孤独な遥はこの選択でますます孤独になってしまった。一人ぼっちになってしまった。きっと遥にとって友達と呼べる存在は私だけだと思う。だけど当の本人は平然としている。遥は孤独を望んでいる。遥は生まれたときからずっと他人を必要としていないのだ。自分だけの世界に閉じこもって生きている。一人ですでに完成している。それで十分幸せなのだ。私のことだって遥はこれっぽっちも必要としていないのだ。
別に構わないけど……。
木戸照子は遥のもっとも重要な研究対象だ。遥が学園をやめたのが今から一年くらい前。学園だけではなく表向きの社会的立場をこの時期に遥はすべて捨てている。以後はずっと世界の果てに存在する人工進化研究の最先端実験施設の一つである木戸研究所、旧名雨森研究所に籠って暮している。照子に夢中になっているのだ。木戸照子、旧名雨森照子はこの研究所で生まれた。人工進化実験の成功例。世界初の人工生命体。人間の作り出した命。人の形をした、人ではないもの。吸い込まれそうなほど美しい真っ白な外見と海のように深い青色の瞳をしている。彼女には父も母もいない。それ自体はあまり珍しいことではない。失敗した個体の場合、強引な遺伝子操作と化学実験により試験管で産み落とされる命は短命ですぐに死亡してしまう。コミュニケーションもとれないことが多いらしい。照子はそんな実験を生き伸びて、人工生命誕生の可能性を示した。人工知能の影に隠れてあまり評価されない人工進化分野にとって照子の存在は貴重だった。しかしそれは成功例として実験の証拠になってくれればいい。データを取るためだけに少しでも長く生きていてくれればいい。その程度の認識だ。大事なのは照子ではなく実験を成功させた遥だ。遥さえいればこの先何度でも照子に続く人工生命体を誕生させることができるだろう。雨森照子には特別な力は備わっていない。モルモットにすぎない。研究所の意見はこれで一致していた。




