169 12月25日 夕方 ねえ、一緒に走ろ?
好きと嫌いの間には、なにがある? (ねえ、私たちの間には、なにがあると思う?)
風の弱い日。緑色の草原の上。約束の木の木陰のところ。
そんなところに夏は私に背を向けて立っていた。(いつものように、ぼんやりと青色の空を眺めながら)
あ、よかった。本当にきてくれたんだ。ありがとう。
私ね。遥に会って。
遥にいっぱい、いっぱい。
ごめんなさいってあやまらないといけないと思ったんだ。
だから、遥に会えて本当に嬉しいんだ。
そう少し早口で言って、夏は子供っぽい顔でにっこりと笑った。
12月25日 夕方 ねえ、一緒に走ろ?
夏は澪と一緒に地上の森の中を散歩していた。遥はいない。地下の部屋の中で孵化を待つ蝉のようにぐっすりと眠っている。(今度はさっきとは逆に遥がうとうとして、やがて本当に白いベットの中で丸くなって眠ってしまったのだ)黙って部屋から出てきてしまったけど、澪に頼んでノートパソコンの中にメモの残してきたので大丈夫だと思う。
ドアは開いてくれた。おもちゃのような古風の列車も夏が乗ったらちゃんと動いた。地上に出るまでの道の間、夏は照子の部屋を尋ねた。そこには照子はいた。
照子は夏が部屋を出て行くときとまったく同じ姿勢のまま、椅子の上に座っていた。照子の床にまで届いていない小さな足が空中でかすかに揺れていた。その動きで照子がまだ生きていることが夏にわかった。
地上に出ると、空は相変わらずの灰色だった。夕方の時刻だけどオレンジ色の夕焼けはどこにも見えない。雪はもう止んでいる。気温は少し寒いくらい。夏はジャージのポケットに両手を入れて歩いている。首には白いマフラーを巻いている。手袋はしていない。
その場所から夏は世界を一度、見渡してみる。肌寒い風の吹き抜ける大地は緑色一色に包まれている。だけど、空は灰色の世界。そのくっきりとしたコントラストと風景の中途半端さが私に似ていると夏は思った。
澪は夏が遥の部屋を出たときから、ずっと夏のすぐそばにいる。澪のいる場所は、夏の持っている通信機型カセットテープレコーダーの画面の中だ。(あえて最先端の通信機能、通信機器の中に、カセットテープレコーダーの形と機能を残している高級品だ)はじめにその中に澪が入り込んだときは夏はとてもびっくりした。でも澪にとってそういうことは人が鍵のかかっていないドアを開けるようなもので、とても簡単なことらしい。ただ澪の言葉は直接スピーカーから発することはできなくなった。だから夏は澪と会話をするために予備用のイヤフォンを使用することにした。
夏は澪と一緒にお散歩をするために通信機型カセットテープレコーダーに首から下げる用のゴム製のコードを付けて、それをその使用方法通りに首にかけて胸のあたりにぶら下げていた。澪に外の風景が見えるように画面のある側を外側にした。
通信機型カセットテープレコーダーにはカセットテープが入れられていて、それはくるくると回転してテープを巻き取り音楽を奏でている。そこから夏の片方の耳にはイヤフォンが伸びている。イヤフォンからは澪の声が夏のお気に入りの音楽と一緒に聞こえてくる。




