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夏は空っぽになったカップの中を見つめる。
「タイムマシンの原点は死者に出会うことだと私は考えている」
死者に出会う? 夏は頭の中に疑問符を浮かべる。遥の言葉の意味がよくわからない。死者を復活させることはできない。なら生きている時間に飛べばいい。
そういう発想だろうか?
「むかしから死者と再会することは人類の夢だったと思う。死者をあの世からこの世に連れ戻す。復活させる。死者を思う私たちの気持ちが、ずっとそんな幻想を架空の物語として、空想し続けたんだろうね。私たちの知らないところで、ずっと、ずっと、きっと私たちの無意識の中で、空想し続けていたんだよ。まるで眠っている間に見る、夢みたいにね」遥は言う。夏は夢という言葉に少しだけ反応する。
「それがタイムマシンになったってこと?」
「神話の言い換えだね。物語が形を変えただけ。本質は同じ物。なんていうのかな? 物自体は変わらないのだけど、光のあてかたを変えて、壁に映る影の形を変えた感じ……、かな?」遥は斜め右上の空間を見つめる。
なるほど、と夏は思う。
死者を復活させる行為は死者を思う気持ちではなくて、生者の未練にすぎないと遥は言っているのか。死者のためではなく、生者のために死者を死の国からこの現世に連れ戻そうとする。死者はすでに死んでしまっているから悲しいとは思わない。この世界に未練もない。それどころか人権すらない。(法的に、という意味ではない)
しゃべることもないし、だから言い訳も自己弁論もできない。すべてが生者を優先して考えることができる。死んでしまった人よりも今、生きている人を優先するのは当たり前の行為だと思う。
神話の時代は死者の国に旅立つことで、生者は死者と再会する。……そして死者を現世に連れ戻すことで、死者をこの世界に復活させる。




