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技術とはどんどん忘れられていくもの。すべての技術を次の世代に伝承、もしくは継承することはできない。人の数の限界。種としての限界。人の忘れた、もしくは捨てた技術や記憶を人工知能たちは吸収し、またずっと覚えている。人間と人工知能では人工知能のほうが記憶容量が大きい。それは、ほぼ無限と表現してもいいだろう。
「ちょっと待って」そう言って遥が席を立った。なんだろう? と夏は思う。
遥はそのまま一度、部屋を出ていく。遥がいないからって部屋の探索はできない。代わりに澪がいるからだ。澪はじっと夏を見ている。澪の存在を知らないまま行動するのと、知っていて行動するのでは選択肢が違ってくる。監視されているなら迂闊な行動はできない。遥は抑止力ではない、とは言っていたけど、それは当たり前だけど、抑止力になり得る。
誰かに見られているということは、一種の暴力装置なのだ。
夏は静かにコーヒーを飲む。その最後の一口で、夏のコーヒーカップは空っぽになった。
しばらく待っていると遥が部屋の中に戻ってきた。その両手には三冊の分厚い本を抱えるようにして持っている。その本の形を見て夏は驚く。
「すごい。これ、古書っていうか、かなりの希少本だよね!?」夏は言う。どうやって手に入れたんだろう? こんなに古い本、夏の実家である瀬戸のお屋敷にだって置いてないのに……。
遥は元いた椅子に座った。それからテーブルの上に本を置く。
「これが宇宙の本。読んでもいいよ」遥が言う。
夏はその本を手に取った。古い本独特の埃っぽい、いい匂いがする。最初のページをそっと開く。それは日本語で書かれている。状態もかなりいい。




