123
二枚目を見る。
今度は白い少女がうずくまっている絵だ。部屋の隅っこで体育座りをしているのは遥の真似だろうか? 照子は普段は椅子に座っている。きっと照子の空想を絵にしたものなんだろう。
三枚目を見る。
その絵を見たとき夏の動きが止まる。その絵は、……白い少女がにっこりと笑っている絵だった。その顔に見覚えがある。この研究所に入って最初に遥に会ったときに見かけた少女の顔だった。顔の上半分は前髪に隠れて見えない。口元は大きく左右に開き、いびつな笑顔を作っている。
二枚目の絵をもう一度見る。
……違う。二枚目の子と三枚目の子は違う子供? 外見はどちらも照子のようだ。でもこの二人は違う。……二人いる? ここに子供は照子しかいない。体のすべてが白い子供は世界中探しても照子一人のはずだ。照子の白さはアルビノの白さとは異質の白さだ。それは人を超えた存在であることを証明する白さ。そもそも現在の世界では、少なくとも、この木戸研究所に置いては、人工進化実験の成功例は照子一人だけのはず。だから白い子供が二人いるとは思えない。
……二重人格? ありえそうな気がする。
天才はたくさんの人格を形成することも可能らしい。遥は自分は違う、という話を昔していたけど、たくさんの人格を所有したまま生きることができる天才もいるようだ。その天才を超えると予想される超人である照子ならなおさらだ。二人とは言わず、その内側に何人も、もしかしたら何十人もの、複数の人格を所有していてもまったくおかしいということはないはずだ。
夏はそこまで考えて、自分の脳内で一人の照子がぶよぶよと膨れて、弾け、やがてその残骸が照子と同じ姿の照子たちになって部屋の中から這い出して、そうやって研究所の中を埋め尽くしていくイメージを想像した。……なかなか気の滅入るイメージだ。
四枚目の絵を見る。
二人の少女が笑って食事をしているようだ。テーブルを挟んで二人はお互いに顔を向け合って座っている。二人は同じ顔をしているけど、絵のタッチと雰囲気の違いから別人だとわかる。どうやら二人はスケッチブックの二枚目と三枚目に描かれている少女のようだ。絵はこれで最後だ。全部で四枚。あとのページはすべて真っ白。念のため、最後にもう一度、見落としがないか確認してから夏はスケッチブックをゆっくりと閉じる。
「はい」夏は笑顔で、スケッチブックを遥に返した。
「うん」遥はそれを受け取った。
「いろんな絵を描くんだよ。きちんと私たちのことを認識しているんだ。すごいよね」遥はそう言いながらスケッチブックを二つ目の白い箱の中に大切にしまった。
それから遥は大きなディスプレイの前に移動した。今度は夏も遥も、二つ目の箱の横にある三つ目の箱の存在には触れなかった。……結局、遥は三つ目の箱の蓋は開けなかった。夏も三つ目の箱の中身が見たいとは言わなかった。だから三つ目の箱の中身は謎のままになった。でもそれでいいと夏は思った。夏はこれ以上、照子の絵を見るつもりにはなれなかった。




