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「遥。あのさ、ガラスの向こう側って、いくことができる?」夏は強い意思を持って遥に提案をする。遥からの返事はない。態度などにも変化はない。
「直接、照子に会うことはできる?」夏は表現を変えてもう一度言葉を言う。その言葉を自分の口から発することは、夏にとってはかなり勇気のいる行動だったが、遥はとくに驚いた様子もなくやはり、平然としている。
「なんのために?」遥が言う。今度はちゃんと返事をしてくれた。
「誕生日なんだよ。遥だけじゃなくて、私も照子のお祝いがしたい」そう言ってから夏が遥を見る。
今の発言で、もしかしたら遥に嫌われちゃったかも? (照子の存在は遥にとって他人が気軽に触れてはならないものなのかもしれない。遥は照子の保護者であり、照子は遥の本当の子供のような存在なのだ。たぶん、きっと)と言う気持ちによって夏の心は少しだけどきどきしている。
しかし夏の言葉を聞いた遥の態度は夏の想像していたものとはかなり違うものだった。
遥は一瞬息を飲んでから、まるで信じられないものでも見てしまったかのように目を丸くして、それからなんだか椅子の上で嬉しそうにそわそわしだした。……なんだろう? 想像とは違った意味で、すごく嫌な予感がする。
「本当に!? 本当に照子の誕生日を、お祝いしてくれるの?」嬉しそうな声で遥は言う。遥はとても興奮している。らしくない反応だ。遥ははしゃいでいる。その白い両ほほがうっすらと体内の熱で赤い色に染まっている。
「照子はずっと嫌われていたの。いろんな人から文句を言われてばっかりいた。それがすごく悔しくて。褒めてくれる人なんて誰もいないんだよ。ひどいと思わない?」
夏はとくにそれがひどいことだとは思わなかった。むしろ当然の反応だろう。私だって別に照子が好きなわけではない。遥がいなかったら絶対に照子と直接、ううん、こうしてガラス越しにだって会いたいとは思わない……、とそこまで考えたとき、もしかしたら私は照子のことが嫌いなんじゃないか、という自分の気持ちに夏は初めて気がついた。(今までは恐怖のほうが勝っていた)




