八、誓
声にならない叫びが、俺の喉を震わせた。俺の腕の中、まるで童話に出てくる眠り姫の如く、文は永遠に旅立って行った。どんなに願っても、祈っても、すべては戻らない。
文が安らかな顔でいることが、せめてもの救いだった。
いつまでもいつまでも、俺は文の体を抱きしめ続けた。最初に渡り廊下ですれ違った時、こうしてやればよかった。あの時文は許しを求めていたと、今になって解った。俺がそれを求めたように。初めから俺達は、同じだった。少し道を違えてしまっただけで、求めていたものは同じだったんだ。
どんなに後悔したって、過去は帰ってこないと解っている。解っていても、もう少しだけ文と一緒にいたかった。
しかし現実は残酷だ。静寂を切り裂くように、天井のスピーカーが鳴り響いた。
『選ばれし御子よ、よくぞここまで勝ち残った。お前は次の月読となるに相応しい。しかし真にその器で在るか、見極めさせて貰おう』
これまでの機械的な声とは違う、明らかに意志を持った人間のものだ。妖艶でどこか幼くもあり、人を惑わすような魔性の響きだった。
『御子よ、神の社へと参られよ。道は自ずと開かれるであろう。神聖なる天照の御前で、お前に最後の試練を与える』
ぶつりと放送は途絶え、代わりに大袈裟な騒音が聞こえた。広間の壁の一部が開かれ、階段が現れた。仕掛け扉になっていたようだ。
神の社。きっとそこは、この先にある。
膝の上の文をそっと抱き上げ、そこからできるだけ遠い端の、陽射しが当たる場所に丁寧に横たえた。花すら供えてやれないことが心残りだった。最後にその頬を撫で、愛おしそうに見つめて、背中を向けた。もう二度と振り返らなかった。
放置したままのイザナギを、しっかりとベルトに差した。
傍らには、文の手放したイザナミがあった。少し先に落ちていた鞘に収めて、反対側に差す。
これは文の形見であり、文の心だったから。置いていくなどできなかった。
歩き出した。口を開けた暗闇が俺を待ち受ける。その闇へ一歩を踏み出す。もう覚悟は決まっていた。
例えこの先、何が待ち構えていようとも。どんな結末が待っていようとも。
俺は全てを見届けると、誓う。




