表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怨炎戦線  作者: 勝雪之猫
第一章 死を冒涜せし者共。
2/2

#1 死の先。冒涜の歩み2


 金髪の男。最初に焼き付いた印象はそれだった。次に気が付いたのは、構えられたボウガン。学生時代に友人が言っていたが、恐らく連射できる型だろう。詳しくないからわからないけど。

 男の瞳は蜂蜜のように光沢し、髪はわずかに炎の如く揺らめいている。軍服を連想させるような制服に、火を纏う剣のエンブレムが立襟に着けられている。男が少しズレた制帽を元の位置に直すと、その旭日章が露わになった。


 刃のように凍て刺す視線。私を見下ろすその表情は、とても人間に向けられたものとは思えなかった。


「一〇四番」


 ボウガンを部下らしき人物に渡しながら、男が指示し、見栄えの悪いラベルがいくつも貼られた、黒い直刀を抜刀する。

 その鋒を天高く掲げ、私の首を目掛けて、刀を振り下ろす。


 刹那、小さな影が、私を攫った。

 碧色の軌跡を宙に舞わせて、漣のようにきめ細かい髪は、その場にいた全員の目を奪う。既に人の散った歩道を疾走し、瞬く間に警官達から距離ができる。


 気が付いた男が、部下から先ほどのボウガンを奪い取り、すぐさまこちらへ向け、数本の矢を放った。しかし、虚しくも矢は空を切り、距離はますます開くばかり。

 追って矢を打ち続けるが、どれだけ正確に狙いを定めても、当たる直前に真横に避けられる。外れた矢は、アスファルトにはじかれて道路に転がる。


「クッソ⋯⋯! 三〇四 二式の使用許可を⋯⋯。⋯⋯クソワニが⋯⋯!」


 道端に停められた自動車を足蹴に跳躍し、路地に入り込む。警官達は完全にこちらを見失った。




 ――空は見えているのに、日の光が届かない路地裏。私を背負う誰かは私を降ろすと、その姿を露わにする。

 青鈍色の髪は腰まで伸び、腰からは碧色の炎が仄めき、鰭のようなものが付いた黒い骨の尾を繋いでいる。蒼く煌めく瞳はまるで深海。幼気な少女の容姿とは裏腹に、中年のような落ち着いたオーラを漂わせていた。


「あんまジロジロ見んなガキ。躾のなってねぇ」


 前言撤回しよう。いや撤回する言葉は無い。落ち着いてはいるが、穏やかとは限らないのだ。

 少女は自身の尾を掴むと、手首を捻る。すると意外にも尾はポロっと外れ、あっという間に分解された。脊椎の延長のような形状をしたパーツを、少女は前掛けにしていたリュックのジッパーを開き、ぽいぽいと放り込む。

 それら全てが収まると、リュックを背中に背負いなおして、私に向けて言い放つ。


「拠点に案内してやる。さっさとその羽しまえ」


 命令口調。会社の上司にしろ、先輩にしろ、どうしても、そういった言い方に苦手意識がある。頭を押さえつけられているような、足を踏まれているような感覚。死して尚、パワハラまがいのことをされるのかと思うと、気分が沈む。

 とはいえ命令に従わなければ、何をされるかわかったものではないので、言われた通りに背中から生えた翼を畳もうと力を込める。


「⋯⋯?」


 先ほどは生まれ持った四肢のように動かせていたのに、今はまるで自由が利かない。どうにか動かそうと踏ん張るものの、どうも上手くいかない。

 そんな私を見て、少女は呆れたような素振りで歩き出す。


「動かせねぇなら今すぐとは言わん。まさかまた半端もんと会うとは思わんかったがな。人目につかねぇルートで行く。道すがら色々教えてやるから今のうちに耳クソ捨てとけ」


 路地を進む少女を駆け足で追う。靴を脱いでいたせいで、足を突き刺すアスファルトが痛い。ぎこちない歩き方になるものの、少女はこちらを気にする様子も無く、語り始めた。


「俺らみたいなの⋯⋯つまり、死んだのに蘇ったやつのことを、幽魔っつうのは、知ってんな?」


 “幽魔” 老衰以外の要因で死亡した52歳以下(現在確認されている上限)の人間が、死亡直後から五日にかけての間に変異する存在。

 と、小学校で習う。義務教育に組み込まれたのは比較的最近のようだが、私の世代では、地震、雷、火事、幽喪⋯⋯だったかな、というふうに災害の一つとして教えられた気がする。


 幽魔は大きく二つの種類に分けられる。その一つが、“亡魔”と呼ばれる、日本固有の種。巨大で、歪で、ひたすら凶暴なもの。実物を見たことは無い、というか、見ようと思って見るものでもない。


「んで、もう一種類」


 少女が横目で振り向く。


「俺やオマエみたいな、意思っつうか、理性を持ったものを“霊魔”と分類する」


 亡魔とは反対に、比較的に形状が整い、なおかつコミュニケーション能力を持つ種類。生前の容姿がそのままの場合が多く、暗所では目視での生者との判別がつきにくい。

 霊魔同士でグループを持つことも多いらしく、集団テロ、強盗、暴力活動。私が過去に聞いた事案はこれくらいだが、その他にも様々な犯罪行為を行うため、亡魔とは異なる被害が大きい。


「そんで、さっきの野郎共。幽魔(俺ら)ブッ殺すマンの集まり。警察(国の犬)の一種、対⋯⋯あ? 特殊⋯⋯? ⋯⋯なんか正式名称があったが忘れちまった。だいたい対魔課って呼ばれてる連中だ。坊主とかハゲとかでいい。それで伝わる。ただ、ハゲ共の使う武器は厄介でな、俺らは潰れようが細切れになろうが幽火の力で再生できるが、対魔具によって与えられたダメージは回復しにくい。細かく説明すると⋯⋯」


「ちょっちっちょ、わからない単語が多くて⋯⋯」


 小学校の道徳の授業で、そんなことを教わったかもしれない。ただ、専門用語のようなものを並べられると頭がこんがらがる。一度にこうも情報を出されれば、誰しも混乱するだろう。 


 隠そうともせず溜息を漏らすと、彼女は煩わしそうに振り返った。近くに寄るよう指示され、それに従って駆け寄る。


「見せたほうが早ぇだろ。最近の若い奴ァ言葉じゃ覚えねぇ」


 少女が軽く手を振るうと、碧色の炎が少女の前腕を覆った。炎が少女の皮や肉を焼き始めると、痛々しく焼け爛れる肉体の中から、指先の尖った、黒い骨が姿を見せる。


 少女はその変貌した手を翳すと、私の喉元を切り裂いた。

 痛みに声を零す。それに呼応するように縹色の炎が脈打ち、傷を癒してくれる。少女に眼を向けると、彼女は説明を続けた。


「今俺が手に纏わせたやつ、今オマエが傷治すのに燃え上がらせたやつ。それが幽火。幽魔にとっての回復手段であり、まあ、攻撃手段でもなくはない。俺は普段幽火のチカラで四肢を肉体状態に変化させてんだ。解いたらバケモノらしくなるだろ? ⋯⋯一応、他者(ひと)の幽火でも回復はできるが、自前のやつのが効きがいい。ついでに言やぁ、幽火で他の幽魔を吸収することもできっから、回復名目で近付いてくるやつにゃ気を付けとけ」


 私の翼が回復し終えたことを確認して、少女は歩みを進める。腑に落ちない、納得できない。私の喉を裂く必要があったのか? そんな言葉を噛み殺す。私は反抗できるような人間ではないから、今ここにいる。助けてくれたから少しばかり心を開いていたが、少し、距離を覚える。


 少女は私を一瞥して、嗤うように吐き捨てる。


「えらく不服そうな顔だな。残念ながら法的にオマエはもう人間じゃねぇ。人を皮を被ったバケモノの仲間入りさ。それとも、説明がわかりにくかったか? これァ先達たる俺からの助言だが、てめぇの味方はてめぇだけと思っといたほうが身のためだぜ」


 そう言い終えると、少女は立ち止まり、私もそれに反応して顔を上げる。ぼんやり歩いていて気付かなかったが、いつの間にやらビル街の路地を抜け出し、木々と田畑の広がる場所に辿り着いていた。

 お天道様が世界を照らし、青い雑草が風に揺らいでいる。砂利の敷かれた道は、アスファルトに慣れた足だと少々歩きづらさを覚える。


 そして、靴はボロボロになっているが、体は未だ疲れ知らず。息切れ一つしていない。体温が上がっている感覚もせず、今更ながら、自分が生きていないのだと実感する。


「こっからは人は少ないが物も少ねぇ。さっさと駆け抜けるぞ」


 少女は私の手を引いて、姿勢を低くし小走りで進む。小走りといっても少女の感覚であって、歩幅に差があるにも関わらず、私にとって全力疾走に近かった。


 手を引かれ、少女の進むままに走ると、そこには古い教会があった。苔むした石レンガの壁に、くすんだステンドグラス。雰囲気はあるが、人が住んでいるようには見えない。少女は教会の扉の片方を両手で押して開くと、声を放つ。


「牧師、新入りだ」


 古びた建物の香りが吹き抜ける。薄汚れた外装とは裏腹に、屋内は清潔に保たれていた。

 並んだ木の椅子と、伸びた影が、最奥に佇むそれに注目させる。


 顔の無い天使を象った大理石の像。その正面に跪き、合掌する大男が一人。渦巻き、自身の目玉を貫いてしまいそうな太い角に、横長の瞳孔。キャシックを纏う巨躯は大樹を彷彿とさせる。発された声は老爺のようにしわがれ、老婆のように心を落ち着かせる。


「おや、こんにちはナグチカさん。久しぶりですね、貴女が新しい子を連れて来るのは、数年ぶりでしょうか」


 少女が牧師と呼ぶその男は立ち上がると、こちらへと歩み寄る。私の身長は160cm前後あるが、軽く倍はありそうな背丈。錯覚でそう見えているだけなのだろうが、少なくともそんなふうに見えるほどの体格である。

 牧師は膝を付いて、私と頭を揃え、目を合わせた。


 ヒトとは異なるその瞳は、漠然と不気味に思えた。


「はじめまして、青い翼の方。私の名は【牧師】、アイベックス⋯⋯ヤギの霊魔です。生まれて間もない霊魔の方を保護し、育て、仲間となる活動を行なっております。以後、お見知りおきを」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ