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ダダッコ秀忠 ~天下一のぐうたら将軍~  作者: おしゃまな耳かき
エピローグ「最強のぐうたら」

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知らなくていいことが、あるのかもしれない

晩年の家光が、春日局に父・秀忠について語った言葉が記録に残っている。


「父上は不思議なお方だった」


春日局「どのような点が、でございますか」


「叱られた記憶がない。ほめられた記憶もない。ただ……何かに悩んで父上のところへ行くと、たいてい昼寝をしておられた」


「起こすのも申し訳なくて、しばらく横に座って待っていると、なんとなく自分の中で答えが出ていた。父上は何も言っていないのに」


「あれは一体何だったのだろう。今でもわからない」


「一度だけ、目を覚ました父上に聞いたことがある。将軍とは何ですか、と」


春日局「……殿はなんと」


家光、少し笑って。


「『知らない』とおっしゃった。そのままもう一度寝られた」


「でも今なら少しわかる気がする。知らなくていいことが、あるのかもしれない」


春日局は何も言えなかった。


実際のところ、秀忠はただ昼寝をしていただけだった。息子が来ていることにも気づいていなかった可能性が高い。


しかし家光は生涯にわたって、悩んだ時は父の部屋があった方角を向いて考える癖があったという。


蔵の外では、春の日差しが江戸の町に降り注いでいた。


どこかの縁側で、猫が一匹、気持ちよさそうに昼寝をしていた。


学者たちの論争は、さらに五十年続いた。


その後、明治の世になって編纂された歴史教科書には、こう記されることになる。


「徳川秀忠は、父・家康の遺志を継ぎ、質実剛健かつ計画的に幕府の礎を築いた。大名統制、法度の整備、参勤交代の確立など、江戸幕府二百六十年の安定を支えた諸制度の多くは、この二代将軍の治世に整えられたものである。その一糸乱れぬ統治は『守成の主』と称えられる」


当の本人は、その頃すでに布団の中にいた。


大御所となった最初の冬のことを、秀忠は一人でたまに思い出した。将軍を家光に渡した翌日、布団の中で目を覚ました朝のことを。


あの朝は、静かだった。


書類を持ってくる者もいなかった。報告に来る者もいなかった。ただ、猫が腹の上に乗っていた。


秀忠は天井を見上げて、しばらく何も考えなかった。


それからゆっくり起き上がって、団子を一本食べた。


「……やっとやめられた」


誰もいない部屋で、そう言った。


言ってから、少しだけ笑った。


笑い方が、父親に少し似ていた。


誰も見ていなかったので、記録には残っていない。




◇後世の歴史家注◇

春日局の覚書には「家光様は晩年、折に触れて父君のことを語られた」とある。「知らなくていいことが、あるのかもしれない」という発言については、「二代将軍の政治哲学を、三代将軍が最も端的に言い表した言葉」として後世に引用される。「やっとやめられた」という発言については、一次資料が存在しない。存在しないが、この言葉が記録されなかった理由を問われた研究者は「誰も見ていなかったからではないか」と答えた。なぜ誰も見ていなかったのか、という次の問いに対しては、「わからない」と答えた。その答えが最も正確だったかもしれない。

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