影となる
冬が近づくころ、イサムさんは少しずつ俺と距離を取るようになっていく。
メッセージの返事が遅くなって、仕事を理由に会わない日が続いていたんだ。
不安になった俺は、いつも部屋の隅で枕を抱いていた。
まるで、何かを奪われた子どものように。
「どうして……会ってくれないんですか?」
電話越しに耳に入ったその声は、思いのほか低かった。
「君といると、全てが壊れてしまいそうになる」
「壊れても、いいじゃないですか」
「君は、まだ若い。俺みたいな人間といては、いけないよ」
その言葉が、胸に刺さる。
「そんなこと、言わないでください。俺は、イサムさんがいなかったら……何も残らない」
沈黙が、続いた。
「アキト」
イサムさんが初めて、俺の名前を呼んでくれた。
その響きだけで、涙がこぼれた。
「俺も、君のことを想っているよ。だからこそ、俺たちは距離を置くべきだ」
その言葉は、確かに耳に入っていた。
けれど俺は、信じたくはなかったんだ。
次の瞬間、電話は切れた。
呆気なく、俺たちは終わったんだ。
***
それから、三ヶ月が過ぎた。
俺は、仕事に没頭していた。
日々の中で、イサムさんのことを思い出すたびに心に強く蓋をした。
春が来るころ、ふと、街でイサムさんに似た背中を見かけていた。
それだけで、息が詰まるほどに懐かしくなる。
追いかけようとしたけれど、この足は動かなかった。
——会いたい。でも、もし、もう俺を必要としていなかったら。
そんな臆病な思いが、俺をその場に留まらせていたんだ。
ある夜、久しぶりにドラマを見た。
かつて俺を惹きつけた、あの、父親役の俳優が出ていた。
けれど、もう何も感じることはなかった。
画面の中の笑顔は、作り物だとわかっていた。
本当の温もりは、あの人の腕の中にしかなかった。
——イサムさん。
その名前を口の中で転がした瞬間、涙が頬を伝っていた。




