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「忙しいところに無理言ってごめんなさいね」
通常予約一年待ちと言われる人気デザイナーであるシェリルに麻里が謝罪すると、
「いえいえ、とんでもないことでございます。公爵家から是非にとお声掛け頂きますれば、喜んで伺うというものですわ」
彼女はそう言って人好きのする笑みを浮かべた。
さすがは王都一人気のデザイナーといったところか。全く嫌な印象を与えない。
麻里がチラリとサイラスに視線を向けると、彼はご機嫌な様子でセレンティーヌの隣に腰掛けている。
確かに『セレンティーヌのドレスを作るのに良さげなデザイナーさんを呼んでほしい』とお願いはしたが、まさかこんなに人気のデザイナーさんが来るとは正直思ってもみなかったのだ。
何て言って来てもらったのか、気にはなるけど……恐ろしくて聞けない。というか、聞かない方がいいだろう。
サイラスは腐ってもあの狸公爵の嫡男だし、昼行燈風を装ってはいるけど、かなりの腹黒なやり手だ。
人間、知らない方がいいこともあるよね、うん。
気を取り直して、と。
「それで今日来てもらったのは、セレンのドレスを作ってもらうためなのだけど……。実はもうデザインは決めていて、生地を選びたかったからなの」
麻里の言葉にシェリルは興味津々といった顔でスケッチブックを取り出した。
「生地を選ばれるということは、ドレスはうちでお作りいただけますのでしょう? それはどんなデザインか伺っても?」
「ええ、もちろん。基本はエンパイアなのだけど……」
「フムフム」
シェリルが何とも楽しそうにシャッシャッと軽快な音を立てて、麻里の思い描くドレスをスケッチブックに描いていく。
少ししてカチャッと小さな音を立ててペンを机に置くと、
「こんな感じでしょうか?」
シェリルは皆に見えるようにスケッチブックをクルリと回し向けた。
「うん、概ねそんな感じね」
満足そうに麻里が頷く。
「このデザインでしたら、柔らかな生地を使うことをお勧めしますわ」
「じゃあ、早速生地を見せてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
シェリルがスタッフに指示を出し、生地を並べていく。
色とりどりの生地がまるで虹のよう。
「セレンはどれがいいと思う?」
麻里の問いにセレンティーヌが少し困ったように眉を下げ、
「一応こちらの三色までは絞込んだのですが、どれも素敵過ぎて……」
アップルグリーン、クリームイエロー、コーラルピンクの三色の生地を手に取った。
昨日教えた通り、キチンとイエベ春に合う色を選んでいる。
「うん、どれもなかなかいいチョイスだと思うよ」
セレンティーヌがホッとしたように笑みを見せるのと同時に、
「セレンにはこの色がいいんじゃないかな」
それまで黙っていたサイラスがコーラルピンクを指差した。
「なぜその色を選んだの?」
麻里の問いにサイラスがドヤ顔で答える。
「可愛いセレンにピッタリの色だからだ」
セレンティーヌは恥ずかしそうに、けれどもどこか嬉しそうに「お兄様、ありがとうございます」と返した。
三択だったとはいえ、大好きな兄が自分のために選んでくれた色をセレンが選ばないわけがない。
「じゃあ、セレンのドレスはコーラルピンクでいい?」
「はい、その色でお願いします」
「分かった。ではシェリルさん、先ほどのデザインのドレスはこのコーラルピンクで作ってください」
「承知いたしました」
シェリルが頭を下げる。
これでドレスの方は大丈夫。あとは夜会までにどれだけセレンティーヌが痩せられるかだが……。
きっと大丈夫。セレンティーヌが出来るだけ楽しくダイエットに集中出来るよう、私にやれる事をするだけだ。




