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「こ、これは、想像以上に、キツい、ですわね」
必死に踏み台昇降しながら息の上がったクラリスが零すと、その隣でやはり息の上がったセレンティーヌがウンウンと頷いた。
「ただ昇降するだけ、なんだけどね。階段とか、段差のある所ならどこでも出来るんだけど、この台があれば室内で人目につくことなく、いつでも運動出来ていいでしょう?」
階段で黙々と踏み台昇降する自分を遠目に見ている使用人の姿を想像したのか、皆が苦笑しながら「確かに」と呟く。
「はい、じゃあ休憩にしましょう」
麻里がそう言うと、皆がホッとしたように大きく息を吐いた。
セレンティーヌとクラリスを連れてテラスのテーブル席に座ると、侍女達がサッとお茶の支度を始める。
淹れるのはもちろん麻里ブレンドのハーブティーで、それにプラスして今日からは一日三食しっかりと食べて痩せてもらうよう、昼食も軽めのものをシェフに頼んで作ってもらった。
ハーブティーの次に目の前に置かれたのは。
「これは……?」
セレンティーヌとクラリスが不思議そうに首を傾げ、お皿の上に鎮座するソレを凝視している。
「オムライス擬きよ」
「おむらいす?」
「もどき?」
初めて目にするオムライスに、二人だけでなく侍女達も興味津々な様子。
「私のいた世界というか国の料理なんだけどね? 炊いたお米と細かく切った野菜とお肉に甘めのトマトソースで味付けして、卵を乗せた料理なの」
そこまでニコニコ笑顔で説明していた麻里の顔が、突然曇りだす。
「……本当は半熟でフワフワトロトロが好きなんだけど、ここじゃ卵にしっかりと火を通さないといけないから」
言い終えると残念そうに「はぁぁ……」と大きな溜息をついた。
「あの、お米は治療薬や香辛料として使われるものではないのですか? それに、半熟の卵とは……」
「ああ、ここではお米はそういう使われ方をしていたのね。日本では、お米はパンと同様に主食として食べられていたわ。鍋にお米と水を入れて炊くと、どんなおかずにも合う美味しいご飯になるのよ。それと卵だけど、日本では雑菌が入らないよう特別に管理されていたから、安心して生でも食べられたの」
「まさか、卵が生で食べられるなんて……。この国でも管理すれば可能になるのでしょうか?」
「う〜ん、それはどうかしら? かなり難しいと思うわ」
「そうなのですね、残念です」
クラリスがガックリと肩を落とす姿に苦笑しながら、麻里が説明を続ける。
「さっきオムライスはお米を使った料理って説明したけど、実はこれにはお米は使われていなくて、ダイエット用に豆腐を代用して作ったの」
「「とうふ?」」
また知らないワードが出てきたとばかりに、セレンティーヌとクラリスが再度首を傾げる。
「大豆から作ったダイエットの強い味方、かな」
麻里が腰に手を当てて鼻高々に答える。
実は豆腐を作るのには少々手こずった。
にがりを手に入れることが出来ずにレモン汁を代用して作ることにしたが、肝心の配合を覚えていなかったため、(料理長が)何度も挑戦するハメに。
この世界にはミキサーはないので、豆乳を作るのは全て手作業で行わねばならず、それがとにかく面倒だったのだ(料理長が)。
「すみません、その『だいず』とはどんな食材でしょうか?」
クラリスの知的好奇心を刺激してしまったのか、先ほどの落胆が嘘のように瞳がキラキラ輝いて見える。
「この国では流通量がまだ少ないから、知らないのも無理ないと思うわ。今回はサイラス様に頼んで、何とか入手してもらったの。大豆はとても栄養価の高い豆なんだけど、気候的にこの国ではまだ栽培するのは難しくて、輸入に頼るしかないのが難点なのよね。……て、長話しちゃってごめんなさい。温かいうちに食べて食べて」
笑顔で食べろという麻里に、セレンティーヌとクラリスが困ったように顔を見合せたかと思うと、おずおずと口を開いた。
「あの、ダイエット中ですのに、口にして大丈夫ですの?」
セレンティーヌ達の困惑は当然といえば当然であり、中世ヨーロッパと同様に、こちらの世界のダイエットはイコール断食である。
大事なことなので、もう一度。『断食』である。
極端過ぎるでしょうよ。思わず小さく息が漏れた。
「あのね、断食って正しく行わないと体に悪いし、やめた途端にリバウンドするから、私はオススメしないかな。ていうか、この世界も(中世ヨーロッパと同じで)美容のためとか言って体に悪いこと平気でやってるよね」
「と言いますと?」
セレンティーヌが可愛らしくコテンとこ首を傾げる。うん、可愛ええ。
思わず頭をヨシヨシしてからそれに答える。
「青白く透き通るような肌を手に入れるための瀉血とか、病弱で儚げに見せるためにヒ素入のウエハースを食べるとか、潤んだ瞳に見せるために猛毒のベラドンナを点眼するとか。全部やったらダメなヤツ!」
「確かに、私達はやったことはありませんが、一部の令嬢達の間でそれらは流行しています」
「セレンもクラリス様も、絶対にやったらダメだからねっ!」




