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散歩を終えると、急ぎランチの準備に取りかかる。
出来るだけカロリーを抑えて、かつ美味しくいただけるものということで。
カットしたパプリカとアスパラとカリフラワーを蒸し、皮と脂肪の固まりを取った鶏肉を茹でて五ミリほどの削ぎ切りにし、美しく盛ったそれらにオリーブオイルと粒マスタードとレモン汁とはちみつを混ぜたソースをかけたものをメインに。
玉ねぎをたっぷり使ったスープと、バターを使わず牛乳を水に替えて作ったヘルシーなパンを焼く。
本当は和食を作りたいのだが、味噌や醤油といった調味料は他国から輸入しなければいけないらしく。
サイラスに頼んではいるが、手もとに届くまでには少々時間がかかるらしい。
それまではあるもので何とかするしかない。
「ま、手に入るだけありがたいよね」
この世界に転移してからずっと、美味しいけれどコッテリな料理が続いていたせいで、和食が恋しくて仕方がないのだ。
しっかり米の入手もお願いしているので、そのうち和食が食べられるようになるだろう。
それまでは野菜中心の洋食メニューで頑張りますかね。
食卓に着いて並んだ料理を前に、セレンティーヌがモジモジしながら何か聞きたそうにこちらを見ている。
「どうしたの? セレン」
「あの、その……今日から食事はダイエットメニューにすると仰っていたと思うのですが……」
「ん? ダイエットメニューだけど?」
「ええ!?」
思わず大きな声を上げてしまったセレンティーヌは次の瞬間、はしたない事をしてしまったとばかりに恥ずかしそうに頬を紅潮させ、俯いた。
麻里はそんな様子にあえて気付かない振りをしながら、簡単に説明していく。
「ダイエットって言ってもね、ただ食べる量を減らすだけだとリバウンド……ええと、つまり食事の量を戻した途端に前の体重以上に増えちゃったりすることがあるの。きちんと三食食べながら必要な栄養素は取り入れて、適度な運動をしつつ少しずつ体重を減らしていけば、ちゃんとキレイに痩せられるからね。今日のランチはメインを鶏の胸肉を使うことによって、カロリーを抑えているの。ソースに使ったオリーブオイルは代謝を良くしてくれるし、パンはダイエット用にバターを使わずに牛乳を水に替えて作ってあるのよ」
感心したように麻里の話を頷きなら聞いているセレンティーヌ。
メイン料理を口に入れれば、驚いたように瞳をキラキラさせて、
「サッパリとしていて、とても美味しいですわ! これがダイエットメニューだなんて思えません」
嬉しそうにキレイな所作で食べていく。
自分の作ったものを美味しいと喜んで食べてくれる姿を見るのは、やっぱり嬉しいものよね。
楽しく食事をしながらダイエットや美に纏わる話をすることで、分かったことがある。
この世界のダイエットとは、とにかく食事を抜いて痩せることを意味しているらしい。
というのも、貴族にとっての食事は食材の豪華さを誇示し、社会的・政治的意味を持つ儀式的な側面を持つのだとか。
そんなだから質素な食事にすることも出来ず、食事を抜いてコルセットで締め上げる、などという何とも体に悪いダイエット方法が当たり前のように広まっていたのだろう。
全く、不健康極まりないやり方である。
だから、サイラスはあんなに猛反発していたのか。
まぁ、知らなかったとはいえサイラスの言い方に腹が立ってかなり言い返してしまったが、頭に血が上って話を聞かなかった私も悪かったなと、今更ながら反省である。
ランチの後は夕方まで自由時間としているのだが、ここで問題が一つ。
――ティータイムである。
紅茶はいいとして、そこで出されるお菓子がとんでもなく高カロリーなものばかりなのだ。
そんなわけでティータイムを止めさせようとしたのだが……。
セレンティーヌとのティータイムはサイラスにとって癒しの時間らしく、この時間をなくそうとすればサイラスの機嫌がとにかく悪くなる。
なので、飲み物とお菓子のメニューを替えることでOKを出した。
ナッツ少量と、にんじん嫌いなセレンティーヌのために人参入りのりんごジュースを一杯。
これがティータイム用特製メニューである。
もちろんサイラスにも同じメニューにしてもらう。
目の前にお菓子があるのに食べられないなどストレス以外の何ものでもなく、そんなのはダイエットにもよろしくない。
サイラスには嫌ならティータイムは無くすと脅し……コホン、説明して渋々ながらも了承を得ている。
二人がティータイムを楽しんでいる間、麻里は晩御飯の下拵えに精を出す。
今日の晩ご飯は、鶏肉を使った野菜たっぷりハンバーグのトマト煮込みと、きのこのスープとランチでも食べたパン。
トマトはダイエットには欠かせない食材だものね。
――これまで心ない令息令嬢達からたくさん傷つけられてきたセレンティーヌ。
もう二度と彼女の口から『私なんか』という言葉が紡がれぬよう、少しでも自分に自信を持てるよう、セレンティーヌのために美味しいダイエット食をせっせと作る麻里であった。




