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あまりにも突然な展開に、お皿を手に呆然と佇む麻里とセレンティーヌとクラリスだったが、目の前の男女はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら続けた。
「地味で何の才能もないお前は、私に相応しくないとずっと思っていたのだ。スザンナを見ろ! お前と違って常に私を立て、美しくあろうと努力している。このスザンナこそが私の運命の女性なのだ」
「ゲオルク様、嬉しい! ……ですが、地味で才能も可愛げもない(言ってない)だなんて本当のことを言ったら、クラリス様がお気の毒ですわ」
周囲の好奇の目を気にすることなく二人だけの世界に浸る姿に、
「セレン、もしかして……」
小声で問うと、直ぐに返事が返ってくる。
「ええ。クラリス様の婚約者であるゲオルク様と、恋人と噂されているスザンナ嬢ですわ」
二人の距離感を見る限り、噂通り浮気相手なのだろう。
「こんな女の心配をするだなんて、スザンナは優しいな」
黙って聞いているクラリスを前に気を良くしたのか、たった今元婚約者となったゲオルクとスザンナの二人は、更に面白おかしくクラリスを貶めていく。
クラリスの後ろに立つセレンティーヌと麻里、そして周囲にいる貴族達の顔を顰める様子に全く気付く様子もないままに。
こんな人目のある場所で婚約破棄を宣言するということは、この二人にはどこまでもクラリスを侮辱したい理由があるのだろう。
とはいえ、話を聞いている限りでは大した理由ではなさそうだけれど。
最初は『これが噂の婚約破棄!』と興味津々で見ていた麻里だったが、聞くに絶えない罵詈雑言に、
「ねえ、セレン。これ、いつまで聞いてればいいのかな?」
溜息交じりの言葉に答えたのは、すまなそうに眉を下げた顔のクラリスだった。
「お二人共、巻き込んでしまって申し訳ありません」
「いやいや、悪いのは目の前のお花畑達であって、あなたじゃないでしょ?」
「それは、そうなのですが……」
「でも婚約破棄ってことは、お家に影響があるんじゃない?」
見た感じ、とてもではないが恋愛からの婚約には見えず、政略的な婚約だったのだろう。
だとすれば、何かしらの事業に影響があるのではと思ったのだが。
「いいえ、全く、露ほどもありません。寧ろあちらから婚約破棄して頂けたのは、僥倖というもの」
フンッと鼻を鳴らす様子から、この婚約がクラリスにとってどれほど苦痛だったのかが窺える。
そもそもこの婚約はベルク侯爵家からフィルズ伯爵家に持ち込まれたもので、有無を言わさず断れない案件だったのだとか。
「ゲオルク様はああいったお方ですから、ベルク侯爵家としては才女と名高いクラリス様に、彼の補佐役を任せるつもりだったようですわ」
セレンティーヌが補足してくれた。
「つまり、丸投げね」
子育ての失敗を他人に押し付けようとした、と。
でも、当の本人がそれをぶち壊してしまったということか。
まあ、目の前のお花畑達はそのうち勝手に自滅するのだろうけど。
麻里は小さく息を吐くと、カツンカツンとヒールの音を響かせて、ゆったりとした足取りで未だ文句を言い続けるゲオルク達の前に出た。
「ねえ、他人の容姿や能力をあげつらうなんて、ご自分に自信がなければ出来ませんわよねぇ? それだけの言葉が出てくるんですもの。余・ほ・ど、ご自分に自信がおありですのねぇ。まあ、と〜っても羨ましいですわぁ」
自分史上最高の作り笑顔で、麻里はゲオルクとスザンナに視線を向けた。
何だか悪役令嬢にでもなった気分で、今なら『おほほほほ』と高笑いも出来そうだ。
突然現れた女神もかくやと思われるほどの美貌の麻里に『余ほど自分に自信があるのでしょう?』などと言われたゲオルクとスザンナはバツが悪そうに視線を逸らすも、笑顔で圧を掛け続ける麻里に耐えられなくなったのか、目をつり上げて吠えだした。
「少し容姿が良いからといって……」
「あ〜ら、お褒め頂きありがとうございます」
ニッコリ笑顔で言葉を遮り、わざとらしくお礼の言葉を述べる。
「運命だの真実の愛だのと言葉を飾り立てたとて、やっている事はただの浮気。このような場所で婚約破棄を声高々に宣言するなど紳士の風上にもおけないと思っておりましたが」
「なっ!」
事実を突きつけられ、羞恥からか怒りからか、顔を真っ赤にするゲオルクとスザンナに尚も続ける。
「この国では女性の立場が弱く、婚約破棄された女性は傷モノ扱いされるとか」
「そうだ! だからそいつはもう傷モノ……」
「このように人目のある場所で婚約破棄宣言をしなければならなかった理由を私なりに考え、一つの答えに行き着いたのです。これは、ご自分の我儘によって傷モノ扱いされてしまう元婚約者に、この後苦労せずに生きていけるだけの慰謝料をご実家から捻出するために必要な演出だったのだと!」
「……は? いや、え?」
「聞くに絶えない罵詈雑言は、名誉毀損による慰謝料の増額のため。ご自分の評判を落としてでも、元婚約者に少しでも多い慰謝料をというそのお心。紳士の風上にもおけないなどと思ってしまったこと、謝罪致しますわ。あなたの望み、この通り正しく理解しました。ご安心ください。私を含む、ここにいる皆様が証人となりますわ! ですから運命のお二人も、どうぞ安心してお幸せに」
なれるものならな、と心の中で吐き捨て、呆けるゲオルク達をその場に放置し、セレンティーヌとクラリスの二人を連れて急ぎその場を離れる。
ここまで煽れば、ベルク侯爵家は高額の慰謝料を払わざるを得ないはず。
後は周辺で話を聞いていた令息令嬢達が、ゲオルクとスザンナの噂を面白おかしく広めてくれるだろう。
人目のないテラスに出て周囲に誰もいないことを確認し、麻里はクラリスに頭を下げた。
「勝手に話を進めちゃって、ごめんなさい」
正直、彼女のためだけに動いたわけではなかった。
あの二人に腹が立って、自分がスッキリしたくてやったこと。
傷モノ令嬢となってしまっても、ゲオルクとの婚約破棄を望んだクラリスだったが、慰謝料が欲しいなどとはひと言も言っていなかった。
もしかしたら、慰謝料なんかより出来るだけ騒ぎを起こさず、あの場から逃げたかったかもしれない。
外の冷たい空気に触れ、頭も幾分か冷静になり、今更ながら自分の感情を優先してクラリスの意思を確認しなかったことに、後悔の念が押し寄せる。
「頭を上げてください」
頭上からの声に頭を上げると、クラリスの顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
「王族主催の夜会でやらかすような方ですもの。そのうちきっと、何かしら大きな問題を起こしますわ。フィルズ伯爵家にとっても、早々にベルク侯爵家との縁を切った方が、傷は浅くて済むでしょう。私は晴れて婚約破棄出来て、多額の慰謝料まで手に入る。マリ様には大変感謝しておりますわ」




