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 すぐにでもセイロン公爵邸に帰りたかったのだが、公爵とサイラスの周囲には挨拶を交わすために待つ人達がまだまだおり、しかも公爵が国王陛下と交わした約束を反故にするわけにはいかず。

 かといってそのままホールで二人を待つのも面倒くさく、車の中で待っていることを伝えてセレンティーヌと二人でホールを後にした。

 小一時間ほどで公爵とサイラスがやってきたのだが、その後方には王族達十人ほどが連なり、更にその周囲を護衛数十人が囲んでいるためかなりの大所帯になっている。

 車を見せるだけのはずが、やはりというか何というか。好奇心には勝てないのか車に乗せろと始まり、動かしてみせろと続き。

 笑顔を引き攣らせながら、麻里は王族達を順番に乗せてロータリーを何周もさせられる羽目になったのだった。


◇◇◇


 ようやく帰宅出来たのは、深夜に近い時間である。

 遅い時間のためカフェインを含む紅茶ではなくハーブティーを淹れてくれたメイドは、部屋の中の微妙な空気を感じ取ったのかは知らないが、足早に部屋を出ていった。

 残されたサイラスとセレンティーヌと麻里の口は閉ざされており、シンと静まり返った応接間は静寂に包まれている。

 この空気に耐えられなかった麻里はカップに手を伸ばし、一口口に含んでフゥと小さく息を吐いた。

 カップをソーサーに戻す時にカチャリと小さな音が鳴るのと同時に、俯いていたセレンティーヌの口が僅かながらに開く。

「私なんかのために、あんな約束を……」

 とても小さな声ではあったが、静寂の中にあってしっかりと麻里の耳にも届く。

 その、自身を卑下する言葉にイラッとした麻里は、セレンティーヌへ鋭い視線を向けた。

「いくら本人とはいえ、私の大切な友だちのことを『なんか』って言うの、やめてくれる?」

「「え?」」

 サイラスが驚いたように麻里を凝視し、俯いていたセレンティーヌも勢いよく顔を上げて呆然としている。

「今まであんな輩に散々乏しめられて自信がなくなってしまったのでしょうけど、あなたは私にとって大切な大切な友だちなの! その大切な友だちを悪く言われていい気分なわけないでしょ?」

「大切な……友だち?」

「そうよ、誰よりも大切な友だちだわ」

 セレンティーヌは一瞬嬉しそうな表情を浮かべるも、またすぐに泣きそうな顔になり俯いた。

「ですが、あんな約束、わたくしには無理です……」

 その様子に、サイラスがセレンティーヌを庇うように麻里を強く責めた。

「セレンはマリ殿のように強くはないんだ! 君の勝手でセレンを巻き込むのはやめてくれ!」

 だがその言葉で麻里の怒りの導火線に火がついてしまう。

「あ? 誰が強いって? 私のことをまるで分かったように言うのはやめてくれる? それにずっとこのまま、セレンにこの屋敷の中だけで生きていけって? まるで籠の鳥じゃない。あなた達のすべきことは、こんな狭い世界に彼女を閉じ込めておくことではないでしょう? そんなのは優しさでもなんでもない!!」

「も、もうやめてください! お兄様を悪く言わないでくださいませ。お兄様はわたくしのためを思って……」

「あなたのためを思って? そんなの、周囲の悪意から耳を塞いで甘やかしてきただけじゃない。あなたは少しでも努力をしてきたと言えるの? 何もせず、ただ閉じこもって逃げていただけでしょう? 周りの人達も、そんなあなたに努力をするよう言った人は? いないでしょう?」

「あ、貴女に、誰よりも美しい容姿をもつ貴女に、わたくしの気持ちなど、分かるはずがありません!!」

 悲痛な叫び声を上げるセレンティーヌに、麻里の瞳がスッと細められる。

「ふ〜ん。あ、そう。……そこまで言うのなら、ちょっとここで待ってなさい。いい? すぐ戻ってくるから、こ・こ・で、待ってなさいよ!?」

 麻里はビシッと指差してそう言うと、まだ消えぬ怒りを顕にズンズンと音がしそうな歩き方で部屋を出ていき、その後ろ姿を兄妹は呆然と見送った。

 そしてーー。

 しばらくして戻ってきた麻里は、麻里ではなかった。

 いや、麻里ではあるのだが、メイクを落としてきたであろう顔は決して醜いわけではないがかなりの地味顔で、先ほどの半分以下の大きさのつぶらな瞳に低い鼻。

 それらはとてもではないが同一人物には見えなかった。

 着ているドレスと体型や髪型などで辛うじて麻里だろうと判別しているが、これで着替えられたりしたら誰にも分からないだろうレベルに違う。

「え? マリ……様?」

 驚きに細い目を少しだけ大きくしているセレンティーヌと、驚き過ぎて固まっているサイラス。

「さっきあなたは私に何が分かるって言ったわよね?」

「あ、あの……」

 セレンティーヌの視線が激しく泳いでいる。

「言・っ・た・わ・よ・ね?」

「は、はいぃ! 言いました!」

 麻里はそうだろうと言いたげにウンウンと大きく頷くと、鋭い瞳を向けて一気に捲し立てた。

「あなたこそ、一体私の何が分かるっていうの? 私だってね、子どもの頃に散々地味顔だの何だのとバカにされていじめられたわ。悔しかったし、悲しかったわよ。だけど、そんな奴らの言葉でうちに籠って自分の世界を狭めるなんてしたくなかったし、何なら見返してやろうと思った。だから、少しでも見栄えよくするためにメイクを始めたのよ。かなりの失敗もしたし笑われたわ。それでも止めようと思わなかった。それに合わせて、少しでもスタイルを良く見せるためにダイエットも始めたの。私の家系は太りやすい家系だったから、痩せるのも体型を維持するのもとっても大変でね。……あなたが言った『誰よりも美しい容姿』は、私の血の滲むような努力の末に手に入れたものよ。それを『貴女には分からない』ですって? 努力すらせずに殻にこもっていただけのあなたに、そんなことを言われるすじあいはないわ!!」

 セレンティーヌとサイラスは、胸の前で腕を組んでフンッとふんぞり返る麻里に何も言えなかった。

 彼女の美しさは持って生まれたものだと思っていたし、まさかそんな努力によって作られたものだとは思ってもみなかったのだから。

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