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このまま夜会が終わるまで大人しく時間が過ぎるのを待ちたい気分ではあったが、さすがは公爵家の当主と次期当主。
挨拶に訪れる人達がどんどんと増えていき、麻里とセレンティーヌは仕方なくセイロン公爵とサイラスから離れて壁の花になっていた。
「あ〜、面倒くさい。コルセットきつくて死にそう。早く帰りたい」
周囲の人に聞かれないくらいの小さな声で愚痴っていれば、セレンティーヌがクスクスと笑う。
「マリ様が帰ってしまったら、先ほどからチラチラとマリ様に視線を向けられているご令息達が悲しみますわ」
「うぇ〜。私、珍獣じゃないんだけど。チラチラだかジロジロだか知らんけど、生憎と見られて喜ぶ人間じゃないし」
麻里は不機嫌顔で要らぬ視線を向ける令息達を睨みつけながら、扇をサッと広げ顔を隠す。
これは扇を使った意思表示で、『好みじゃない』ことを示すのだとか。
他にも、閉じた扇の紐を右腕に掛けて持つと『彼氏(結婚相手)募集中』や、閉じた扇を左腕に掛けると『彼氏(婚約者)アリ』など。
合コンなんかでよくある『第一印象で気になる相手にジョッキの取手を向ける』『気になる相手がいなければ取手は自分側』の合図みたいで、初めて耳にした時には思わず笑ってしまった。どの世界も考えることはみんな一緒なんだなぁって。
そんな麻里の様子に、セレンティーヌは苦笑を浮かべた。
「では、せっかくですからスイーツでも頂きませんか? 王宮のパティシエ達が腕を奮っておりますから、どれもきっと素晴らしく美味しいですわ」
「そうね、憎きコルセットのせいでたくさんは食べられそうにないけど、せっかく王宮まで来たんだもの。美味しいスイーツくらいは食べて帰らなきゃね」
美味しいスイーツと聞いて少しばかり機嫌が直った麻里は、セレンティーヌと豪華な料理やスイーツが並ぶブッフェへと足を向けた。
「うわぁ、どれも美味しそう!」
色とりどりに美しく盛り付けられた料理やスイーツ達。さすがは王族主催のパーティーといったところか。
本当に、コルセットで締め付けられてさえいなければ、全種類制覇したいと思わせるほどに。
美味しそうな料理に後ろ髪を引かれつつ、お皿に数種類のスイーツを載せる。
大口を開けて食べられない女性用に、ケーキは全て一口二口で食べられそうな大きさにカットしてあった。
これならば量は食べられなくても、色々な種類のスイーツを堪能することが出来る。
いい仕事してますな、うん。
セレンティーヌと壁側に並べられた椅子に向かい腰掛けた。
早速フルーツがたっぷり載ったケーキを一口。
「うん、美味しい」
ご機嫌に舌鼓を打ちながら満足そうに頷く。
飲み物もお酒以外に果実水が数種用意されていて、こちらも美味しかったのでついついおかわりしてしまい。
そうなるとやはりというか、どうしても行きたくなるのはお手洗いである。
「ねぇ、セレン。お手洗いに行きたいんだけど、どこにあるのかな?」
「そちらの通路をまっすぐ進んでいった右側にありますわ。わたくしも一緒に参りましょうか?」
「ううん、一人で大丈夫。すぐ戻るから、ここにいてね」
はしたなくない程度の早歩きでお手洗いへと向かう。
途中で声を掛けようとしてくる令息達をサラリと躱し、お手洗いへ一直線。
ホールにはあれだけの人がいるにもかかわらず、お手洗いには誰もいなかった。
きっと他の令嬢達は、コルセットが苦しくて出来るだけ飲食はしないようにしているのかもしれない、なんて勝手に考えて一人納得する。
スッキリしてお手洗いからホールへ戻ると、セレンティーヌがいるだろう辺りに数人の令嬢と令息がいるのが目に入った。
セレンの知り合いかな? なんて呑気に近付く麻里の耳が、信じられない言葉を拾う。
「これ以上醜く太って、一体何を目指すつもりだい?」
「まあ、そんな言い方は失礼ですわ。きっと社交界一の巨体を目指していらっしゃるのですわ。ふふふ」
「あら、それはもうすでに叶えられているじゃありませんか」
複数の令息令嬢達がセレンティーヌを周囲の目から隠すように立ち、寄って集って侮辱の言葉を吐いていたのだ。
……ほぉ、随分と陰湿なことをしてくれるじゃないか。麻里の握った扇がミシミシと悲鳴にも似た音を立てて軋んでいる。
麻里は片方の口の端を上げて無理やり笑顔のような表情を作り、声を掛けた。
「まあ、皆様。寄って集って何を仰るかと思えば」
――コイツら、絶対に許さない。




