動き出してる、未来を止められない
ジリリリリリリリリリリ!!!!
生活感のあるレンガ造りの部屋に甲高い金属音がけたたましく鳴り響く。
その音はまるで深い眠りにつく者を現実世界へと呼び戻す絶望の音。そう、アラームだ。
「うぅ・・・」
ガチャンッ
布団の奥から腕を伸ばし、鳴り響く時計に手を掛けアラームを止める。
時刻は朝7時を指しており、これは新たなる一日が始まって既に7時間が経過しているという事を意味していた。
「朝か・・・」
そう呟くとかぶさっていた布団を押しのけ、上半身をよろりと起き上がらせる。
ボサボサの赤と黒が入り混じった髪の毛。左目が紅色、右目が蒼色のオッドアイ。全身に金色で「闇」の刺繍が施してある漆黒のパジャマ。
ンガバッ!
「よく寝たぜッ!」
ベッドから飛び降りるとソイツは元気よく呟く。
そう、コイツの正体は紛れもなくインフェルノカイザーだ。
軽く蹴伸びをすると窓へ向かい、勢いよくカーテン(遮光1級)を開ける。シャっと。
燦々と輝く朝日を浴び、体内時計を調整したインフェルノカイザーはパジャマを脱ぎ、普段着に着替える。
今日のコーデは漆黒のカーゴパンツ、紫色の生地に朱色の刺色が入ったハイカラなシャツだ。外出する際はこの上にお気に入りの黒いロングコートを着用するぞ。
「・・・よし!」
着替え終わったインフェルノカイザーは自室を後にすると階段を降りる。
リビングから漂う美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐるが一旦それをスルーし、洗面所へ入ると顔を洗い、歯を磨き、乱れた髪をがっつりセット。
いつもと変わらない日常の始まりだ。だが今日この日はインフェルノカイザーにとって特別な日だった。
「おはようございます。インフェルノカイザー様。朝食の準備は済んでおります」
洗面所から出てきたカニみたいな髪型のインフェルノカイザーに挨拶をする白髪の老人は柔和な表情でほほ笑む。
「おはよう、爺」
インフェルノカイザーが爺と呼ぶその老人はこの屋敷で働く執事だ。本名、暗人・コエル。
掃除、洗濯、家事、子守り、食事の手配はもちろん、庭の手入れ、確定申告、車の名義変更などあらゆる分野の面倒事に精通する執事ガチ勢。
リビングの中央に設置されている二人掛けテーブルに目を移すと朝食が用意されていた。焼きたてのトースト、スクランブルエッグ、ウィンナー、サラダ、コーヒー。
インフェルノカイザーは席に座ると初手コーヒーに手を伸ばし、ゴクリと飲む。
「ふぅ・・・。今日も爺の淹れたコーヒーは最高だぜ」
口の中に広がる苦みは脳を活性化させ、喉を通る漆黒の液体は深い香りとコクが起きたばかりの身体に染み渡る。
朝日浴びながらのモーニングコーヒーはいつまでもロンリー。
優雅な一時の中、インフェルノカイザーは食事を楽しむ。
「ふがぁ~・・・」
しばらくして、優雅な時間を破壊するかのように、突如として間の抜けたあくびが階段の上から聞こえた。
足音と共に降りてくるソイツは肩程まである真っ赤なボサボサの髪の毛と深紅の瞳を持ち、引き締まった筋肉と強靭な両腕には所々古傷が刻まれている。
身長は200㎝を優に超え、見る者を圧倒する。そんな巨躯を持つ大男は蹴伸びと共にインフェルノカイザーの前に姿を現す。
「父上!おはようございます!」
そんなだらしない姿の大男に対し、インフェルノカイザーは元気よく挨拶。
そう、インフェルノカイザーが言うようにこの男こそが、インフェルノカイザーの父・・・。
ここ、ヘル・イン・ザ・ダークネスの大魔王にして、「エンペラー・オブ・ラスト・ストリーム・カイザーV2」と呼ばれ、かつての大戦を終結させた英雄。
通称・・・ストリームカイザーだ!
「ウッス!インフィー。朝から元気だな」
礼儀正しく挨拶するインフェルノカイザーとは対照的に、ストリームカイザーは軽いノリで返す。
”インフィー”・・・、ストリームカイザーは親しみを込めインフェルノカイザーをそう呼んでいた。
ストリームカイザーはテーブルに用意されていたもう一席にドカっと座るとウィンナーを一本素手で摘み、口の中に放り込む。
「行儀が悪いですぞ、旦那様・・・」
そんなストリームカイザーに対し暗人はやれやれと言った感じに注意する。
だがその様子からしてこの素行はいつもの事なのだろう。
「そんな硬い事言うなって!てかこのウィンナークソうめぇな!!」
暗人に対しヤンキーみたいな口調で言うと更にもう一本ウィンナーを食す。パリっと。
その様子を息子であるインフェルノカイザーは微かな笑みを浮かべ、トーストをかじる。カリっと。
何処にでもいる様な仲の良い親子の一時だ。それは殺し合いやこの世界に渦巻く陰謀とは無縁の時間。
世界の裏で暗躍する魔手など、この時のインフェルノカイザーは知る由もなかった・・・。
「父上、今日は俺の修行の成果を存分に見せつけてやりますよ!」
食事の中、インフェルノカイザーはストリームカイザーに対し唐突に口火を切った。
「あぁ・・・インフィー・・・。その事なんだが・・・」
ヤル気満々なインフェルノカイザーに対し、ストリームカイザーはバツが悪そうな表情と共に応対する。
「その・・・今日は急遽外せない謁見が入っちまってな・・・。今日はお前の修行に付き合ってやれそうにねぇんだ。ワリィな・・・」
「・・・そう・・・ですか・・・」
インフェルノカイザーは今日この日、ストリームカイザーととある約束をしていた。
それは父に剣の手ほどきや闇のオーラの使い方の修行をお願いしていたというものだ。
ストリームカイザーは普段から王宮にて忙しなく働いており、家に帰ってこない日も少なくない。
ブラックな職場において休みは貴重であり、インフェルノカイザーにとって父親と触れ合える数少ない機会だ。
日頃の自主練習の成果を父親に見せつける絶好のチャンスであり、教えを乞えるチャンスでもある。
だがそんな休日に突如謁見が入ったと言う。これにはインフェルノカイザーも納得せざるを得ない。
「マジですまん!今日の埋め合わせはまた今度ガッツリやるからよ!帰りにシュークリームとか買ってくるわ!!」
「いえ、父上は多忙の身ですから・・・。俺なら大丈夫です。お気遣いなく!あと、シュークリームよりコーヒーゼリーがいいです」
そんな会話を交わす親子を暗人は複雑な表情で見ていた。
生まれて間もない時期に母を亡くしたインフェルノカイザーにとってストリームカイザーは唯一の肉親。
立場上、毎日顔を合わせて暮らせる訳ではないが暗人の日々の教育の甲斐あって、インフェルノカイザーは聞き分けの良い常識人に育っていた。
故にインフェルノカイザーが我慢をしている事など暗人にはお見通しであった。
「さて、では父上、俺は闇ジムに行って修行してきます」
「オウ!無理すんなよ!」
「父上こそ、まったりしてると遅刻しますよ。暗人、ご馳走様!」
朝食を食べ終えたインフェルノカイザーは軽口を言うと席を立ち、用意されていた漆黒色のコートを身に纏う。
そしてリビングから玄関に通じる扉のドアノブに手を掛けると、チラリと視線を移し、父の顔を見る。
一瞬、何かを言おうとしたインフェルノカイザーだったが言葉が見つからないままリビングから出た。
だが内心理解していた。それは修行の事や仕事の事ではなく、もっと別の個人的な感情である事を。
やがて玄関の扉の音が響き、インフェルノカイザーは家を後にした。
「親父に対して遅刻すんなってアイツは俺のオカンか・・・。8時半までに出発すれば余裕だっつの」
一方で、まったり飯食ってるストリームカイザーはコーヒーを啜りながらそう呟いた。
「旦那様、本日の謁見は坊ちゃまとの約束を取り下げてまで優先せねばならない謁見なのですか?」
そんなストリームカイザーに対し、暗人はやや怪訝な表情と共に質問した。
「・・・ああ。俺も断ろうとしたんだがな・・・。訪問者は光の連邦軍に関する情報を持った光側の人間らしい。たしかコードネームは”シャイン"とか言ったかな・・・」
「光の・・・」
先ほどまでとは一転して、真面目な口調と表情でストリームカイザーは暗人の質問に答えた。
”光の連邦軍”・・・その単語を耳にした暗人は思わず警戒するかのように眉を顰める。
「連邦軍と言いますと・・・光の領域を統べる”天上天下唯我独尊戦国無双連邦”ですかな?しかし今現在、光の勢力と闇の勢力は和平協定を結んでいるはずですが・・・」
「前から言ってると思うが俺はあの連邦軍と言う組織は信用してねぇ。変だと思わないか?あの組織は発足して間もなく光の世界の実権を握ったんだぞ?」
「えぇ。よくご存じですとも。連邦軍が発足された当時は話題になりましたな」
天上天下唯我独尊戦国無双連邦こと光の連邦軍。それは16年ほど前に光側の領域にて発足された組織。
ストリームカイザーが語るように、ものの数年の内に光の世界の政権を握り、今や光の領域と言えば連邦軍と言われるほどに巨大な勢力と成っていた。
「光の守護者として名を馳せていたヴァルハラ騎士団の奴らが簡単に連邦軍に吸収されたのも気に入らねぇ。今じゃ残った数少ないヴァルハラ騎士達は辺境の地の警備に回されてるらしいぜ?」
「時代の流れには逆らえませんからなぁ。新しい組織が実権を握っている以上、所属する兵士達も従わざるを得ないのでしょう」
「だとしてもだ。かつての大戦でしのぎを削ったヴァルハラ騎士達には”誉”があった。だが今の連邦の兵士はそれが無ぇ。それどころか光に属する者以外を見下した態度でいやがる・・・時代の流れじゃ説明できないだろ」
「そういえば先日ライジングボルトシティに野暮用で出かけた際、連邦軍の兵士が一般人を恫喝していたのを見ましたな。たしかに旦那名様の仰る通り連邦軍の人間による治安の悪化は否定できませんな」
「だろ?だから俺は水面下で光の連邦軍について調査してんだよ」
ストリームカイザーと暗人は昨今の光の連邦軍の一般兵の素行に苦言を催す。
昨今、世界各地での光の連邦軍の兵士達による横暴は激しさを増していた。
恫喝、詐欺、暴力、差別、横領・・・連邦軍の兵士であれば重い厳罰に処されることが無く、住民達は日々怯えて過ごしていた。
連邦軍の兵士を闇側の人間が裁くとなると国際問題になりかねない。下手を打てば戦争への引き金になる可能性も視野。
闇側が手をこまねいて対処しかねているこの状況を打開し、改善する事こそストリームカイザーに課せられた使命なのだ。
「ふむ。思えば連邦軍が発足してから光の世界の雰囲気は変わりましたな。皇帝のアンドロメダ様も最近はめっきり表舞台に出てくることもなくなりましたし・・・」
「あの爺さんは今や連邦の傀儡みてぇなモンだろう。まぁ、俺の憶測でしかないんだがな・・・」
「以前ニュースで見かけましたが今の連邦軍は優秀な指導者が指揮しているとか・・・」
「宰相のポラリス・・・だったか。だがそんな優秀な人材がいたのなら過去の大戦でその名を轟かせてると思うんだがなぁ。ど~も俺はソイツも怪しいと見てしまう」
「なんにせよ尻尾を掴むのは困難を極めるでしょうなぁ」
ストリームカイザーは自身の考えを暗人に共有する。
しかしながら本来、王宮とは関係ない部外者であるただの執事にこのような機密情報を話すのはシンプルなコンプライアンス違反だ。
が、ストリームカイザーにとって暗人は信用に値する協力者であり、悩み事を相談できる数少ない”友”だ。
それは暗人にとっても同じであり、聞き及んだ事を口外する事などこれまでの人生で一度たりとも無かった。
「ってなワケで、光側の立場でありながら貴重な連邦軍の情報を提供してくれるってんだからインフィーの奴には悪いが今日は謁見を取らせてもらった。無論罠の可能性もあるがリスクは止むを得ないだろう」
ストリームカイザーはリスクとリターンを加味した上でこの選択を取っていた。
暗人も納得した様子でストリームカイザーの言葉に耳を傾けていた。
「それに連邦の情報ってなると、訪問者もそれなりのリスクを背負ってるだろうしな。どちらにせよ無下には出来んさ」
「左様ですか。しかし、坊ちゃまは今日この日を大変楽しみにしておりました。気丈に振舞っていましたが内心ショックを受けておいででしょう」
「なァに、アイツは母に似てしっかりしてるからな。この程度の事じゃへこたれたりしねぇさ」
ストリームカイザーはククッと笑い、最後のウィンナーを口に運び、ゴクリと飲み込む。
「それに・・・お前も知ってるだろう?アイツの中に封じられている闇の力をよ。いつまでも俺が見てやらなくても勝手に強くなるさ」
「しかしあの封印はお嬢様がその身を挺して封印した力-チカラ-。あの力と向き合うにはまだまだ時間がかかるでしょうな」
「心配いらねぇさ。その内インフィーは俺より強くなり、このヘル・イン・ザ・ダークネスを背負って立つだろう。何せ俺と・・・アイツの息子だからな!」
グビィッ!
そう言うとストリームカイザーはコーヒーを勢いよく飲み干し、ニカっと笑う。
その表情は息子であるインフェルノカイザーを心の底から信じている表情だった。
それを見た暗人は微かな笑みを浮かべると空になった食器を片付け始めた。
「それはそうと旦那様、お時間はよろしいので?」
「あん?・・・ってオイィィィィ!!もう8時半過ぎてんじゃねぇか!!!ヤベェゆっくりしすぎた!!」
ストリームカイザーは時計をチラ見すると慌てた様子で飛び上がり、ドタバタしながら洗面所に向かう。
「何も準備してねぇじゃねぇか俺ェ!悪ぃけど服用意しといてくれ暗人ォ!!」
洗面所から聞こえる慌ただしい声はまるでヘル・イン・ザ・ダークネスの大魔王と思えない程の情けない懇望であった。
暗人はフフっと笑うと手慣れた様子でストリームカイザーの仕事着を用意し始めるのであった。
しかし、平和な時間とは裏腹に、時計の針は刻一刻と”あの事件”への時間を刻んでいた。
そう。時計の針が戻ることは、もう二度とないのだ・・・。




