魔法のタネ(1)
その日、俺はウキウキした気分で通りを歩いていた。
「おや、ラザルスさん、ご機嫌な様子だね。何かいいことでもありましたか」
常連の酒屋の店主が掃き掃除の手を止めて声をかけてくる。
「こんにちは、エドガーさん。ええ、ちょっと商談がうまくいきまして」
「それはよかった。ぜひ今夜の祝杯はうちでお求めください。十年物のいいワインが入荷していますよ」
「それは楽しみだ。あとで寄らせてもらいます」
「ええ、お待ちしておりますよ」
「あら、ラザルスさん。今日は早いんですね」
「ええ、ちょっと冒険者ギルドに用がありまして」
商業地区との境にある旧城壁門手前で花屋の看板娘からも声をかけられる。
「何かいいことあったんですか?」
「え、わかります?酒屋のエドガーさんにも言い当てられたんだよなあ」
「うふふ、顔に出てますよ」
「そんなにわかりやすいですか?」
「ええ、とっても」
それから花屋の娘は作り置きしてあった小さめの花束を差し出して言った。
「ラザルスさんの幸せな気分をみなさんにおすそ分けしてあげてはいかがですか?」
やわらかな草色した細い茎に小さな白い花が無数についた可愛らしいブーケだ。
「この花の花言葉は『感謝』。可愛らしいお花は見ているだけで幸せな気分になりませんか?きっとみなさんにも笑顔が伝わりますよ」
「リリーさんにはかなわないなあ」
財布のひもを緩めて硬貨を取り出す。
「ありがとうございます」
リリーの笑顔に見送られて足取りも軽く城門をくぐる。門の脇に詰めている若い警ら隊員がなぜか舌打ちをして俺をにらみつけていたが俺は気づかずに通り過ぎた。
冒険者ギルドの扉をくぐる。
中は広いホールになっていて、採光の良い縦長の窓が明るい印象を与えていた。
いくつも並んでいる受付窓口にはむさ苦しい冒険者たちが順番待ちの列を作っている。俺は冒険者ではないので、一番端にある商用の受付窓口に向かう。
ぽつんとひとつだけ空いている窓口に行くと、いつものように『準備中』のプレートが置かれていた。俺が呼び出しベルを鳴らす前に受付嬢のアイリーンが窓口に現れる。
うーん、やはり出来る受付嬢は違うなぁ。
「いらっしゃいませ、ラザルスさん」
「こんにちは、アイリーン。報酬の受け取りに来たよ」
俺は証文を取り出してアイリーンに提示する。簡単な内容のチェックを行って、事務職員に手渡し支持を出す。
「出納係の承認をもらって用意してあるものを受け取ってきてちょうだい」
「わかりました」
俺の全魔法習得済みというチート知識を利用して、店に流れてきた珍しい古代のマジック・アイテムを鑑定しその結果を王都の魔法院に提出したのだ。
マジック・アイテム自体はすでに魔力が枯渇して再チャージもできない状態だったから商品としては考古学的な価値しかない代物だったが、刻まれていた魔術は現代に知られていない古代魔法陣のひとつだった。
もちろん俺には古代魔法が完全に理解できたが、この能力を知られるのはいろいろと都合が悪い。冒険者ギルド経由で骨董品に古代魔法陣が刻まれているようだとぼやかして報告し、王宮魔法院に買取を打診したというわけだ。
王宮魔法院は古代魔術の研究資料を手に入れて大喜び、俺も二束三文で買い取ったがらくたが大金に化けてホクホクというわけ。
にこにこしながら冒険者ギルドの手続きを待っていると、同じように笑顔で相対していたアイリーンが俺の手元の花束に気付いて話を向けた。
「あら、かわいい花束ですね」
「ああ、これね。来る途中に花屋さんに乗せられてつい買ってしまったんだ」
「まあ。リリーは素敵な娘ですものね」
あれ?アイリーンはリリーと知り合いだったのか。やっぱり女の子だから花屋とかよく行くのかな。
「俺があんまり浮足立っているものだから、幸運をおすそ分けしたらどうだ、って言われてね。そうだ。これ、アイリーンにあげるよ。花言葉は『感謝』だってさ」
「えっ」
アイリーンのいつも完璧な受付嬢の笑顔が一瞬驚いた表情になり、わずかに頬が染まる。
「受付のみんなで分けてくれよ。窓口に飾れば殺伐とした冒険者たちの気分も和むだろうし」
ああそういうこと、とアイリーンの表情が完璧な受付嬢の笑顔に戻る。
「男の俺が持ち歩くのも正直気恥しいし、周りの目がちょっと気にはなっていたんだ」
ちらりと周囲に目をやると、長い待機列を作っている冒険者たちから何やら変な目つきで見つめられていた。
「あの視線はそういう意味ではないと思いますけど。ありがとうございます。窓口に飾らさせていただきますね」
アイリーンが花束を受け取った瞬間、背中に無数の殺気がこもった視線を感じた。
やっぱり王都に来るような冒険者は強者が多いね。常在戦場とでもいうのか、普段から殺気立っているヤツが多いみたいだ。怖いからかかわらないようにしよう。
アイリーンが、受け取った花束を奥のほうへ運びながら小さくつぶやいた。
「カスミソウのもう一つの花言葉は『無邪気』っていうけれど、あの人にピッタリね」




