グミ弾(2)
翌日、店に出てさっそく作業に入った。
水で戻した膠を熱して溶かす。
温度をコントロールしやすいように魔法の炎で鍋を温める。
「『マジック・コンロ』」
最弱の炎魔法をさらに弱火にしたものを円形に並べて均一に熱を与える魔法だ。いわゆる生活魔法だね。
実はこの魔法、超がつくほど高度な技術で実現している。
俺の魔法は弱い方向には精巧な制御が可能だ。コンロのひとつひとつの炎が最弱の炎魔法を制御したものだ。それを四十個円形に並べて同時詠唱している。
低レベルの俺がどうして同時詠唱などという高度な技を使えるか。
それがこれ、『前借りリング』の効果である。
正式名称は確か『デデキントの指輪』だったと思うが、由来はわからない。俺がギルバートの店に初めて来たときにはもうすでに倉庫で埃をかぶっていたアイテムだ。
この指輪は使用者の一定時間後の魔法を前借りして同時詠唱できるというとんでもないアーティファクト級のマジックアイテムだ。
だが、致命的な欠点がある。使用者の魔力を一気に全部使ってしまうのだ。
普通、魔術師は一晩ゆっくりと休むことによって魔力を最大値まで回復できる。
だから次の日一日分の魔力を消費してこの指輪を使えば、自分の使用できる最大魔法二発分を同時発動できる。とんでもない破壊力だ。四日分を使えば四倍の、八日分を使えば八倍の威力である。
だが、気を付けなければならない。
八倍の魔法を使うと八日間は魔法が使えないままなのだ。魔術師職にとってこれは致命的である。魔法の使えない魔術師はただの一般人なのだから。
ダンジョンの最奥部で、あるいは強大な魔物と相対したフィールドで、最後の必殺技としてこの指輪の力を使ったとして、そのあと数日間、魔術師はただの一般人として最恐の魔境を生き延びねばならない。
リスクと効果。
それを考えたとき、この指輪を使いこなせると考える者は現れなかった。
そうして伝説級のマジックアイテムはポンコツアイテムと同じ棚にしまわれたまま、ひっそりと時間を過ごしていたのである。
その指輪が俺の指にはまっている。もちろん、代金は払っている。いくら本当の店主がいないからって勝手に店の在庫を私物化するなんて許されるわけがない。ただまあ、従業員価格というか、原価というか、仕入れ値で譲ってもらえることになっている。それと、これも従業員の特権なのだが……分割払い、つまりローンだ。いいじゃないか。前借りリングなんだし。
この指輪と、もうひとつの俺の相棒、『ネイピアの指輪』の効果を組み合わせることで初めて『マジック・コンロ』の魔法が実現するのだ。
『ネイピアの指輪』も世間からはポンコツアイテムの評価しかない。
この指輪は装着者の魔力を瞬時に最大値まで回復させる、これまたアーティファクト級の効果を持つ。だがこいつもポンコツ呼ばわりされるだけの欠点を持っている。
回復した魔力量に応じて、待機時間が指数級数的に増大するのだ。
マジックポーション一本分なら数秒で回復する。
が、これが数本分となると次に使えるのは一時間後だ。
ハイポーションだと数週間。大魔導士クラスの全快復なら下手すると数年間は使い物にならないのである。
だが、俺の魔力程度なら一秒で回復する。つまり俺は『ネイピアの指輪』をはめている限り、ほぼ無限に魔法を使い続けることができるのだ。(ただし初級レベルに限る)
毎秒上限までリセットされるMPと、毎秒前借りできる魔法。そしてそれらの同時詠唱を可能にする大賢者並みの魔法制御技術。これらが重なったとき、小さな炎を四十個重ねた『マジック・コンロ』の術式が実現可能となるのだ。
……まあ、料理くらいにしか使えないんだけどね。
「確か、ゼラチンは焦がさないように湯せんで溶かすんだったよな」
外鍋に水を張って魔法の炎で八十度程度を保つように温め、鍋に浮かせた金属の中の膠をつつきながら溶かしていく。
いい感じに溶けたところでハチミツを投入。分量の比率がわからないのでいくつかに分けて実験する。
ハチミツを混ぜてこねた膠の器を今度は冷水に浸してゆっくりと冷ます。
人肌程度に覚めたところで手に取って丸める。
「うん、いい感じだ」
少しべたつくが、もう少しハチミツを減らすか、仕上げに粉をまぶせばいけるだろう。
ほどほどの硬さと弾力のある玉が一つ出来上がる。
そのレシピをメモ書きして悪ガキどもに渡す用に小箱に入れて棚にしまった。
「ラザルスさん、こんにちは」
ずいぶんと殊勝な挨拶である。クソジジイからえらく出世したものだ。
「やあ、来たな。準備できてるぞ」
トビーは期待に満ちた表情でカウンターに真っすぐ駆け寄る。後ろの二人は初めて入る古道具屋の店内を目を丸くして見回している。
「これがスリングショット専用の弾、『グミ弾』だ」
俺が小箱から数個のべっこう色の丸い玉を取り出す。一番うまくできた玉は光に透かすと琥珀色に透けて見えた。
「これが?」
トビーが目を寄せてつまんだ玉を指先でグニグニと圧迫している。
「なんだかいい匂いがするね」
「飴みたい」
「口に入れちゃだめだぞ。腹をこわすからな」
「すげぇや、グニグニしているけどつぶれないし、床に当てたら少し跳ね返ってくる」
「これならあたってもそれほど痛くないし、軽いから飛距離も出ない。まあ、近くに置いたブリキ缶とか友達同士でかくれんぼしながら打ち合う遊びに使えばいい」
「ありがとう、ラザルスさん」
「よせよ、くすぐったい。ラズでいいよ。ジジもそう呼んでるし」
「うん、わかった。ラズ」
早速試し打ちをしに行こうとする悪ガキどもを呼び止める。
「ちょっと待て。失くしてもいいようにグミ弾の作り方を教えてやろう。おまえんちは靴屋だよな?ならきっと膠はたくさんあるだろうから親父さんに分けてもらえ。ハチミツは、まあ、お母さんに相談しても食べ物をおもちゃにするなって叱られるかもしれないな。どうしても手に入らないようなら俺のところに来い」
悪ガキ三人にグミ弾の作り方を教えたが、マスターしたのは賢そうな少年だけだった。彼は製造過程を目をキラキラさせて観察していたから、将来モノづくりか、もしかしたら錬金術方面の職に就くかもしれない。
それからしばらくして、下町でスーパーボールのようなおもちゃがみられるようになった。
同時に台所のハチミツの減りが速くなったという謎の現象が井戸端で語られるようになった。




