グミ弾(1)
「ふぅ」
今日も大変だったな。
古道具屋に戻り、カウンターにしている書斎机のイスに深く座る。
カバンから預かったスリングショットを取り出す。
Y字型の枝の皮を丁寧に剥がして処理してある。きちんと木材を乾燥したうえでオイルを塗りこんだ仕上げだ。子供の手仕事とは思えない仕上がりに、この世界では十歳を過ぎたらもう仕事を習い始めるんだということを思い出す。
「一生懸命作ったんだもんな。簡単に取り上げられるものじゃないか」
とはいえ、このままでは危険すぎる。
というわけで、前生の知識フル回転で解決しよう。
「ゴム弾か。しかし、樹脂の扱いとか、詳しく知らないしなぁ」
ただ、一つだけ思い当たる候補がある。
グミだ。
きっと食べたことがあるだろう(前生で)。クマの形をした、黄色や赤や緑の半透明をしたお菓子で有名なあのグニグニした物体だ。
グミの語源はゴムだと聞いたことがある。
ゼラチンに水あめを混ぜてこねるとグミが出来上がるらしい。
俺は作ったことがないが、前生で妹がよくお菓子作りをしていたのでぼんやりとした知識はある。
そしてこれはもう一つ別口の雑学だが、ゼラチンは豚の皮を煮込んで作る膠を精錬して不純物を徹底的に取り除いたものだそうだ。
つまり、膠と水あめを混ぜて成型すればゴム弾のような弾力のあるグミが作れるはずである。
膠はこの世界でもいろいろな分野で接着剤として使われている。
本の製本や家具、靴をはじめとした革製品などなど。うちの古道具屋でも商品の修理材料としてストックしている。
道具棚の引き出しから膠の板を取り出す。
それを小刀で細かく砕いて金属の器に移し水に浸す。
水で戻すのに一時間くらいかかるので、今日のところはこれで帰ることにした。
夕食にありつこうとジジの定食屋に向かと、店の前から若い男の張り上げる声が聞こえた。
「ほんと、もうしわけありません、したっ」
直立不動の姿勢から見事な九十度の最敬礼。
「いやいや、分かりましたから。気にしませんとは言えませんが、あなたの誠意は伝わりました」
「じゃあ」
「ええ。娘も大丈夫と言っていますし」
「ありがとうございますっ」
「変な巡り合わせになってしまいましたが、今後とも御贔屓ください」
「はいっ、通わせていただきますっ」
何度もぺこぺこと頭を下げながら帰っていく。
何か調子のいいことを言ったのか、隣を歩く女性に頭を小突かれている。
昼間の戦士と魔術師だ。
「どうやらトビーのほうはうまくやったようだな」
扉の前で去っていく冒険者たちの背中を見ながらにやりと笑う。
「何をうまくやったって?」
「あ」
「あ、じゃないわよ。ラズ。何か余計なことをしたでしょ」
「何のことだか……あー、晩ご飯、まだ残ってる?」
この店のディナータイムの定食は『晩ご飯』という名前でメニューに乗っているのだ。
「もう。残してあるわよ、ラズの分」
「ありがたい」
「そう思うなら後でちゃんと説明しなさいよ」
眉間に険を浮かべたままのジジに案内されていつもの席に着く。
すぐにほかほかと湯気を上げる美味しそうな料理が出てきた。
「お、うまそう」
手を出そうとした皿がずいっと遠ざかる。
テーブルの向かいに座ったジジが皿を引いたのだ。
「ちゃんと説明して」
あう。晩飯を人質に取られては分が悪い。俺は昼間にあったことを洗いざらい白状した。
「で、ただ謝るだけじゃトビーも気が済まないだろうと思ったから、トビーがあの冒険者に謝るときに仲間の魔術師に聞こえるように、なぜ石つぶてをあてたか説明してやれって言ったんだ」
「あきれた。子供に何を教えてるのよ」
「子供って、ジジもついこの間まではトビーたちを引き連れて駆けずり回ってたじゃないか。あいつはジジの一番の子分なんだろ?親分が不快な思いをしたから仇を取ろうとした心意気に応えてやったんじゃないか」
「子分だなんて。あれは近所の子供たちの相談役っていうかまとめ役をやってただけだし。それにもうあたし十三歳よ。そんな子供っぽいことからは卒業したんだから」
十三歳はまだ子供だと思うけどなあ。
「まあ、俺もジジが嫌な思いをしないようにしておきたかったし。謝りに来たんだろ、あの冒険者?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、素直にトビーの心意気を受け取っておけよ」
「もう、勝手なんだから」
「おーい、ジジ。油売ってないでそろそろ洗い場のほう、手伝ってくれ」
「はーい。いかなきゃ」
「うん。ああ、そうだ。ここって水あめ、あるか?」
「なあに、のどの調子でも悪いの?」
「いや、ちょっとな。古道具屋の作業で使おうと思ってさ」
「水あめを?変なの。……父さんに聞いてみるわ」
ジジの店の晩ご飯定食はいつも通りうまかった。
帰りがけにジジが厨房から出てきた言った。
「うちで水あめは使ってないって。ハチミツならあるけど……」
「ハチミツか。それで代用できるか。ハチミツならうちの店にもあるから大丈夫だ。ありがとう」
「まいどあり。また来てね」
「ああ、ごちそうさん」




