下町の悪ガキ
カィーンと金属に石が当たる音が響く。
「つつつーっ。誰だ!いまこいつぶつけたヤツぁっ!」
見ると冒険者風の男が兜を押さえて頭を振り、怒りにこぶしを振り上げている。手には親指大の小石があった。
一瞬、通りを歩く人々の足が止まり、喧騒が引いて静寂が広がる。
が、男が腰に下げた戦斧の柄を握るのを見てみんな慌てて目をそらし、足早に去っていく。
「やめときなよ、ジャック。子供の悪戯さ」
隣を歩く魔術師風の女が戦士の男の袖を引く。
「あ゛あ゛?」
鬼の形相で周囲を威圧していた戦士の男が怒りのままに魔術師を睨みつける。
「は?」
こちらからは見えないが魔術師の女から底冷えするような迫力が伝わってきた。
「あ、いや、違うんだ、クララ。これはその、俺を狙った連中をだな……」
「うーん、どうやら石つぶては兜の耳当て部分に命中したようですね。ダメージも音による聴覚障害が主でしょうか。おっと」
半歩下がった位置にいた優しそうな顔の男性があごに手を当ててジャックと呼ばれた男の状態を検分している。どうやら同じパーティの僧侶、ヒーラー役のようだ。
彼が身を引いたタイミングで、ガシッと肉を撃つ音がして、クララの掌底がジャックのあごに入る。
「はぐぅ」
脳を揺らされたジャックのひざがカクンと落ちる。
「おやおや」
「町なかで騒ぎを起こすんじゃないって注意したよね。その封蝋を破ったら問答無用で豚箱行きなんだから。まったく。ここは王都なのよ。いつまでも田舎町と同じ気分でいるんじゃないわよ」
そのまま崩れそうになるジャックに肩を貸して僧侶が支えながら冒険者一行は通りを去っていった。
おお、怖い怖い。
俺は建物に体を預けるようにして避けていた通りに戻って歩き出した。
ついでに小声で魔法を唱える。
「『視線感知』」
ほどなくして建物と建物の間にある路地裏から攻撃性の視線を感じ取る。
「『不撓の盾』」
小型の丸盾ほどの魔法陣の盾が展開し、視線の方向から飛んできた石つぶてを弾き落とす。
「やべっ、見つかった」
バラバラと路地裏の奥へと逃げだす軽い靴音が響く。俺は足音を追って薄暗い路地裏に駆け込んだ。
「『素早さの加護』、『妖精の羽根』」
なまけているとはいえ、元冒険者だ。それなりに体は使える。路地裏に逃げ込んだ連中に追いつき、壁を蹴って頭上を追い越す。魔法で軽くした体は空中できれいに弧を描いて襲撃者たちの前に降り立った。
路地の先は建物に囲まれた小さな広場になっていて、ちょろちょろと水の流れ出る水場もあった。
「げげっ。回り込まれた」
「だからやめようっていったのにー」
「『からみつく蔓』」
石畳から緑色に光るまぼろしのつる草が伸びて少年たちに足にからみつく。
「うわー、この人本気だよ、魔法使ってる!」
しゃがみ込み涙目になる男の子、尻もちをついて後ずさる少年、二人をかばうように立ちふさがる一番年長と思われる男子。
「悪ガキが三人か」
「何しやがる!」
「それはこっちのセリフだ。いきなりこんな石ころ投げつけてきて。当たったら大ケガするぞ」
「フン、大人のくせにビビったのか」
先頭の悪ガキが憎ったらしい顔で嘲笑う。
「当たり前だ。いろいろ経験を積んだ分、大人は慎重になるんだ。もしこれが目に当たったら?通りかかった馬車馬に命中して暴走したら?弾がそれて赤ん坊を抱いたお母さんに当たったらどうする?」
「ヘ、ヘン。そんなドジ、踏むもんか」
「だからおまえはガキなんだよ。想像力が足りねーんだ」
俺の言葉の何かが癪にさわったのか、目つきに怒気がこもる。
「うっせー、オジン。知ってんだからな。おまえ、ギルさんところの古道具屋の店番だろ?魔法使ったって怖かねーぞ。おまえ、初級レベルのヨワヨワの魔法しか使えねぇんだろ。下町じゃ有名だぞ。賢者だけどポンコツだってな」
ぐさっ。たった一度で三回ヒット分の悪口を吐くとは。
「オジンじゃねぇ。お兄さんだ。俺はまだ三十手前だぞ」
唯一反論できそうな部分だけ抵抗してみる。
「クソジジイじゃねーか。やーい、ポンコツ賢者」
むかー、口の減らないガキだ。
「大人が子供に手を上げていいのか?魔法を使ったって警吏にいいつけてやる」
やれやれ。
「おまえが言うように俺の魔法は初級レベルの弱いものに限られるからな。このくらいじゃ捕まりはしないよ。それより俺も知っているぞ。おまえ、靴屋のところのトビーだろ」
「ひゃー、バレてるよ」
悪ガキ仲間の一人が目を丸くして驚く。
「ばか、黙ってろ」
リーダーの悪ガキが手をひらひらさせて後ろの連中に黙っているように指示する。
「それがどうしたんだよ」
イタズラの実害が出ていないのでトビーは強気に出るつもりらしい。
「お母さんにいいつけてやってもいいんだぜ。息子が本物の冒険者にちょっかいを出して、武器が抜かれそうな騒ぎになったってな」
「ひえぇぇ」
尻もちをついていた少年が悲鳴を上げる。トビーの顔から血の気が引いた。
「お母さんのお仕置きはどんなものかなぁ。物置監禁の刑か?それとも一週間晩飯抜きの刑かな?」
「ず、ずるいぞ。そんな大げさに言うなんて」
「勘違いするな。おまえがやったことは、一歩間違えればそういう事態になりかねない重大なことだったんだ。なんでも子供のいたずらで済むと思うな」
大人の本気の叱責に、びくっとトビーが首をすくめる。
「ちょっとそれを貸してみろ」
俺はトビーから手作りのスリングショットを取り上げる。
周囲を見渡して倒れたビンを拾い上げ、水場の縁に立てる。
「いいか、よく見てろ」
俺はトビーのスリングショットに小石をセットしてグッとゴムを引き付ける。
「『鷹の目』、『的中の加護』、『オークの怪力』。むんっ」
大人の力で引かれたスリングショットは広場の端から端まで風を切って飛び、ビンに命中して二つに砕いた。
それはまさしく、冒険者が攻撃手段として用いうる威力を示していた。
あっけにとられて目と口をまん丸に開いた三人の悪ガキに言い聞かせる。
「おまえたちが使った道具は本気で扱えば武器になる代物なんだ。いたずらに人に向けていいものじゃない。ましてや相手は冒険者だ。気の荒い連中も多い。警吏が来る前にぶちのめされても文句は言えないぞ」
「……だけど、あいつ、ジジをからかったんだ。迷惑だったけど仕事中だから我慢したってジジが言ってた」
自分が危険なことをしたという反省と、悪い大人を成敗したかったという悔しさでトビーの瞳に涙が盛り上がる。
「あー、なるほどね」
「あいつ、強そうだし、直接文句言っても通じなさそうだったから、だから……」
「ふむ。自分より強い相手に対して遠隔攻撃を選択するのは理にかなっているな。だけど石つぶてはやりすぎだ」
「はい。ごめんなさい」
ちゃんと反省して謝れるのはよいことだ。
「それ、とりあげちゃうの?」
しゃがみこんでいた男の子が俺の手にあるスリングショットを見つめていった。
その瞳は純粋に宝物を奪われる悲しみに沈んでいる。
「まあ、なんだ。弾が柔らかければ問題ないだろう。ゴム弾とか……」
「ゴム弾、ってなに?」
尻もちをついていた少年が興味深そうに聞いてくる。
「んー、弾力があって、あたってもそれほど痛くない……って、この世界にそんなものはないか。よし、安全な弾ができるまでこいつは俺が預かる。あとで店に取りに来い」
「えーっ」
「嫌ならおふくろさんに預ける」
じろりとにらむ。
「……わかったよ」
「それとな、今度あの冒険者にも謝っておけ」
「えーっ」
トビーが嫌そうに顔をしかめる。
「悪いことをしたんだ。きちんと謝ること。それに、下町の評判にもかかわるんだぞ。おまえのせいで、この町は乱暴者が住んでいるって言われてもいいのか?」
「それは……困る」
自分が悪いことをしたのを謝るのはいいが、相手の悪さをとがめられないことに納得がいかない表情だ。
「そうだな。あの戦士に謝るときは、魔術師の女の人が居るときにするんだ」
「どうして?」
「男は女の子にかっこいいところを見せたいって思うものだろう?女の子の前では、子供のいたずらを笑って許す度量を示すってわけだ」
「なるほど」
「そんで、ついでに……」
俺はトビーに秘策を授けた。
「わかった、兄ちゃん。おれ、謝ってくるよ」
「がんばれ」
トビーがニカッと笑って走り出す。仲間の二人も後を追った。その笑顔はとても反省した人間の表情ではなく、新たなイタズラに胸を躍らせるものだった。
手を振って見送る俺の表情も似たようなものだったろう。
「さて、と。用事を済ませて戻らないと……」
いいことをしたと清々《すがすが》しい思いできびすを返した俺を太いだみ声が呼び止める。
「ちょっと待ちな」
振り向くと建物の裏口に立ってにこやかな顔に青筋を張り付けたオヤジが立っていた。
「あのビン、うちの売り物なんだが?」
あ……
「す、すみません」
平謝りに謝ってビンの代金を支払った挙句、割れたガラスの始末までさせられたのだった。




