執念で見つける
グレンの帰巣本能は凄まじいのです。
数カ月後、ワーズウェント南方の国の辺境にて、大きなお腹のジェシカの前にボロボロの男が現れた。
凌辱を受けた身で王子妃は続けられない。
黙って身を引き、誰も知らないところで生きていこうとジェシカは決意した。
そして本当に身籠っていた。
もしかしたらグレンの子かもしれない。
いや、違うかも……。
それでもお腹の中に命がある感覚に、不思議な感慨が込み上げる。
ここで、命が育っている。
幸い流れ着いた先の辺境の村で、愛馬ルーフェと引き換えに小さな小屋と当面の生活費は工面できた。
産まれたときから世話をしていたルーフェを手放すのは本当に辛かったが、どのみち満足に世話をする事も出来なくなる。
幸い大きな商隊のお頭に気に入られて可愛がってくれそうだった。
商隊が来るときに会えそうだった。
日に日に大きくなるお腹に激しい悪阻。子どもを産むということがこれほど大変だとは思わなかった。
小さな小屋で一人寝起きするのも寂しく、舞い散る枯葉を見るだけで涙が止まらない事もあった。
一人で子どもを育てる。簡単に考えていたけれど、大変な事なんだと身に沁みた。
でも、できなくてもやらなくては。
自分で選んだことなんだから。
身重の一人暮らしを気にかけご近所のパン屋の女将が度々様子を見に来てくれるし、あとは産まれるのを待つばかりだった。
妊娠は初めての事ばかりで不安にもなったが、お腹の子はあちこちを蹴りまくりとにかく元気なようだ。右を蹴ったかと思えば即座に左も。流石自分の子。機敏だ。
これだけ大きければそろそろ産まれるのでは?と今か今かと日々過ごしていた。
早朝、井戸の水が入った桶を家に運んでいる途中に、目の前に立ちはだかるようにその男は現れた。
ボロボロであちこち破けた服は泥がこびりついてカピカピになっている。髪はほこりまみれで絡まり、何だかぺっとりしている。
そして、何よりもそのただならぬ異臭!妊娠してから臭いで悪阻に苦しめられたジェシカには致命的な臭さだ。たまらず鼻をつまんでしまう。
男は、何やらこちらに向かって唸っている。
ギョッとしたジェシカはお腹を庇いながら腰から短剣を抜き構えた。鼻をつまみながら剣を構える様はかなりおかしいだろうがそれどころではない。
「寄るな!僕に何の用だ!」
このお腹では戦えない。
静止を聞かなければヤルしかない。
「お…、お……!」
男の頭はボサボサで、顔が隠れ表情が見えないが、こちらを凝視し唸りながら震えだした。
「やっと…やっと会えた…!ジェシカ!」
「え…!」
その声は、見た目と裏腹に若々しい。そして、ひどく懐かしい。
顔と思しき当たりからボタボタと雫が落ちる。
「僕を捨てないでくれ!一生のお願いだ!その子は僕の子だ!誰が何と言おうと僕たちの子なんだ!もう絶対に離さないから!」
男はそう言って盛大に泣き出した。
「まさか、あなたグレン!?グレンなんですか!?」
ジェシカは、目の前のボサボサの垢まみれの一見老人のように見える貧相な男を凝視した。
信じられない…。いや、頭が理解を拒否している。
グレンはキラッキラな、皆が密かにあこがれの王子様だった。
サラサラの銀髪に紫の瞳。鉄面皮だが時折見せる儚げな微笑みで令嬢から熟女に至るまで、みな、ほぅ…とため息をついたものだ。
表向き男として同じくお嬢様方に絶大な人気を誇っていたジェシカを妃に迎えることになり、社交界は大打撃。皆ハンカチをぬらしたと後で幼なじみの侍女から聞いた。
その、グレンが。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、くっさい汚い身なりで飛びかかってきた。
「うわっ!」
とっさにお腹を庇い避けてしまい、グレンの足がもつれ地面に転がる。
「うわぁああっ!ジェシカ、逃げないでくれえっ」
グレンはジェシカの足にすがりつき盛大に泣いている。足元からぷうんと臭いが立ちこめ、慌てて鼻をつまみ直す。
色々酷い。………と。
「あ………っ」
避けた時に変な力が入った。お腹の上の方でぶちっと音がして、ばしゃーっと足を伝って生温かい水が落ちる。
ジェシカは呆然とグレンと足元の水たまりを見下ろした。
「嘘……。破水!?あ……痛………っ!う、産まれる!?」
「えええっ!?」
ジェシカはお腹を抱え、その場にうずくまった。
グレンはひたすらオロオロオロオロして一緒にその場にうずくまる。
ジェシカは脂汗をにじませながら言った。
「グレン…臭くて耐えられない…っ!あいたたたたたっ!」
ようやく巡り会えた最愛のその人に…全力で拒否されてしまったグレンであった。
グレンは騒ぎを聞き駆けつけたパン屋の女将につまみ出され、着替えを渡され、川で身体を洗って頭を冷やしてこいと言われ…戻ってようやく陣痛に苦しむジェシカの枕元に行くことができた。すでにお日様は天高く昇っていた。
「もう、臭くない、かな?」
臭いと拒絶されたことにショックを受けたグレンは、何度も何度も川に入り直して身体を洗った。
身体が冷え切って青ざめ、ガタガタ震えている。
「うう…確認する勇気がない…。本当にグレン、なんですね…。あたたたたっ」
グレンがおずおずと差し出した手を、ジェシカは物凄い力で握った。
かなり痛いが、こうして触れられる事の嬉しさのほうが遥かに大きい。
「うん…すごい探したよ。ルーフェを見つけて、それでようやく…」
「そうか、ルーフェに…」
初めて出会ったのも、ルーフェがきっかけだった。
感謝してもしきれない…。
「お願いだから、もう逃げないで…」
グレンは握った手を自分の頬に引き寄せ、またポロポロと涙を流した。
「……無理。今逃げたくても無理。無理だから!あだだだだっ痛い!痛いーっ!」
ジェシカはそれどころじゃないと言わんばかりに絶叫した。
呼吸は浅く、汗をびっしょりかいて苦しそうだ。
「ジェシカ!頑張れ!頑張れ!!」
数分おきに陣痛の波が襲ってくる。
グレンは汗を拭いたり、腰をさすったり、お茶を飲ませたりして励まし続けた。
そして夜になってようやく赤ん坊の泣き声が辺りに響き渡った。
なんと双子だった。二倍蹴られていたわけだ。
黒髪と銀色の髪の男の子だった。
かごの中で仲良く並び、もぞもぞしている小さな赤ん坊に、グレンとジェシカは顔を見合わせて泣き笑いした。
すっかりキャラ崩壊です。容姿全振りだったのに(笑)
見た目のイメージはムーミンのスティンキーみたいな感じです。
随分と放浪を続けたある日、商隊にいたルーフェと出会い、ようやくジェシカを見つけることができました。
もう少し続きます。




