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魔王エターナル 〜世界のバグを片付ける免疫系に転生したので、戦わずに優雅にお掃除いたします〜  作者: マスター


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第4話:街の煌めきと、見えない歪み

エコ工場へのリフォームお掃除を終え、可愛い相棒「ぽんぽぽ」と一緒に、ようやく人間の街を目指して歩き出したマリ。


今回は、異世界の文明と初めて接触する「街編」のスタートです!

普通の女子高生マリとしての等身大の視点と、異世界ならではの生活、そして商業都市の華やかさの裏に隠された「次のバグ」の予兆を、どうぞお楽しみください!

「……ねぇ、ぽんぽぽ。私、そろそろ本当に限界かもしれない」


トボトボ、と情けない足取りで小川沿いの獣道を歩きながら、マリは隣を跳ねるように進む若草色の相棒に話しかけた。


「きゅ、きゅー?」


頭の上のタンポポを揺らしながら、ぽんぽぽが心配そうにマリを見上げる。

前回の工場リフォーム大作戦を終えてから、新しくなった清流の流れを頼りに歩き続けること、およそ数時間。大樹の玉座からもらった不思議な木の実のおかげで、体力自体は驚くほど保っていた。足の疲れもそこまでない。

だが、それとこれとは話が別だった。


「体力が持つのは嬉しいんだけどさ……脳が『ジャンクなもの』を欲してるのよ。ハンバーガーとか、ラーメンとか、せめてお醤油の味……! あの大樹の木の実は最高に美味しかったけど、なんていうか、カロリーとか背徳感が足りないの!」


そう、十七歳の女子高生の胃袋は、健康的な栄養素だけで満たされるほど生優しくはないのだ。現代日本の豊かな(そして塩分と脂質にまみれた)食文化に慣れきったマリにとって、数時間のハイキングは、精神的な意味での餓死を確実に進めていた。


そんなマリの泣き言に付き合うように進んでいると、徐々に周囲の景色が開け始めた。

鬱蒼としていた巨木の森が少しずつ遠ざかり、代わりに人の手によって整えられたらしき、なだらかな街道へと繋がっていく。


「あ……! 見て、ぽんぽぽ! 建物が見える!」


街道の先、小川が大きな河川へと合流する開けた平原に、石造りの高い防壁で囲まれた巨大な都市が姿を現した。

防壁の向こうには、レンガ造りの美しい赤い屋根の家々がひしめき合い、中央にはひときわ高い、時計塔のような建物がそびえ立っている。街の入り口にあたる巨大な鉄の門の前には、多くの馬車や、見たこともない荷獣(巨大なトカゲのような生き物)を連れた商人たちが列を作っていた。


「やったぁ! ついに人間の街だ! これで文化的な生活に戻れる……!」


歓喜の声を上げるマリ。しかし、ふと足元を見ると、ぽんぽぽが門の手前でピタリと足を止め、耳をペタンと伏せて怯えたようにマリのジーンズの裾に隠れてしまった。


「あ、そっか。ぽんぽぽは森の生き物だもんね。こんなに人がたくさんいる場所は怖いのかな?」


「きゅぅ……」


「わかった。無理についてこなくて大丈夫だよ。ここまで案内してくれてありがとうね」


マリがしゃがんでそのもこもこの頭を撫でると、ぽんぽぽは名残惜しそうにマリの手のひらをペロリと舐め、街道脇の茂みへと素早く隠れていった。ただ、完全に去ったわけではなく、草むらの隙間から黄色いタンポポの花だけを覗かせて、マリの様子をじっと見守っている。


「よし。一人になっちゃったけど、まずは街に入って情報収集、それとお腹を満たす方法を考えなきゃ」


マリは服装を整えた。ライトグレーのパーカーにジーンズ。異世界の人々から見れば、かなり奇妙な「異国の旅人」に見えるだろうが、幸いにも第1話でやってきたあの冒険者たちも服を着ていた。全裸で放り出されるよりは数万倍マシである。


大きな鉄の門へと近づくと、革の鎧を着て槍を持った、絵に描いたような「門番の兵士」が二人、鋭い視線を投げかけてきた。


「おい、見かけない顔だな。どこの街の者だ?」


(うわ、やっぱり呼び止められた! 身分証明書とかないよ、どうしよう……!)


内心で大パニックを起こすマリ。だが、ここで怪しい動きをすれば即座に不審者として捕まってしまう。現代の学校の校門で、遅刻しそうになって風紀委員の先生の前を通り過ぎる時のように、マリはできる限り自然な(そして少し困ったような)笑顔を作った。


「あの、遠くの村から旅をしてきたんですけど……途中で魔物に襲われて、荷物を全部無くしてしまって。身分を証明できるものも、お金も、何もないんです……」


これは嘘ではない。トラックという名の鉄の魔物に襲われ、全財産(日本円で八百五十円とスマホ)以外の全てを失ったのは厳然たる事実だ。女子高生ならではの、少し涙目の名演技である。


門番たちはマリの奇妙な服装と、確かに嘘を言っているようには見えない(というか、本当にただの無害そうな少女にしか見えない)様子を見て、お互いに顔を見合わせた。


「ふむ……確かに嘘をついているようには見えんな。服装は妙だが、魔力もほとんど感じられん、ただの一般人の子供か。だが、通行税の免除はできんぞ。商業都市『バルドニア』に入るには、銅貨三枚が必要だ」


「銅貨三枚……」


やはり、タダでは入れてもらえないらしい。マリの財布の中には日本円しかない。硬貨を見せても「なんだこの平たい金属は」と言われて終わるだろう。

万事休すか、とマリが肩を落としたその時、門番の一人がマリの手元に目を留めた。


「おい、お前が持っているそれは何だ? 見たことのない細工だが……綺麗なガラスだな」


門番が指差したのは、マリが右手にしっかりと握りしめていた、画面の割れたスマートフォンだった。

アルミと強化ガラスでできた現代の精密機械は、異世界の人間の目には、極めて精巧で未知の『魔道具のガラクタ』、あるいは『高価な美術品』に見えたらしい。


(え? スマホ? ……あ、そっか! これ、こっちの世界じゃ超激レアアイテムになるんじゃ……!?)


マリの頭の中に、不穏な「ラノベ的商才」が閃いた。現代の技術の結晶を売れば、大金が手に入るかもしれない。だが、画面が割れていて電源も入らない鉄の板だ。下手に詐欺として訴えられるのも怖い。


「あ、これですか? これは……私の故郷に伝わる、中身の壊れてしまったお守りなんです。とっても珍しい金属とガラスでできているんですけど……もしよければ、これで街に入らせてもらえませんか?」


マリは思い切ってスマホを差し出した。現代日本との唯一の繋がりを手放すのは少し寂しかったが、背に腹は変えられない。飢え死にするよりはマシだ。


門番はスマホを受け取り、その滑らかな手触りと、割れているとはいえ美しい画面の加工技術に感嘆の息を漏らした。


「ほう……確かに、ドワーフの業物でもこれほど精密な細工は見たことがないな。魔力は通っていないようだが、素材としての価値はありそうだ。よし、通行税の代わりに、これを預かる。中へ入りな」


「ありがとうございます!」


無事に門を通過し、マリはついに商業都市バルドニアの内部へと足を踏み入れた。


「うわぁ……!」


門をくぐった瞬間、目の前に広がったのは、圧倒的な熱気と活気に満ちた世界だった。

石畳の広い大通りの両側には、色鮮やかな旗を掲げた商店がずらりと並び、果物、肉、衣服、そして怪しげな光を放つ魔石などが山積みにされている。「安いよ、安いよ!」「東の国からの仕入れだ!」と、威勢の良い商人たちの声が飛び交い、多くの人々が行き交っていた。

中には、耳の尖ったエルフのような姿の人や、小柄で筋肉質なドワーフのような姿の人も混じっている。まさに、夢に見たファンタジーの街そのものだった。


しかし、歩みを進めるにつれて、マリの感動は、女子高生としての別の「本能」によって上書きされていった。


クンクン。


「……何これ、めちゃくちゃいい匂いがする……!」


大通りの一角から、ジューシーに焼き上げられた肉の香ばしい匂いと、スパイスの効いた独特の香りが漂ってきた。見れば、屋台のおじさんが、串に刺した大きな肉の塊を豪快に炭火で焼いている。


「食べたい……でも、お金がない……」


スマホを通行税として物納してしまったため、今のマリは一文無しだ。いくら匂いを嗅いでも、お腹の虫が激しく自己主張をするだけで、悲しみが深まるばかりだった。


(まずは、どうにかして働くか、お金を稼ぐ方法を見つけないと。ラノベの定番なら『冒険者ギルド』だけど、今の私は攻撃力ゼロの一般人だしなぁ。お掃除の依頼とか、ないのかな……)


そんなことを考えながら、あてもなく街を彷徨っていると、大通りから一本外れた、少し落ち着いた雰囲気の広場へと出た。

そこには、立派な大理石で造られた、街の象徴とも言える巨大な『噴水』があった。

噴水の中央には、水を司る女神らしき美しい彫刻が鎮座しており、その手元から、勢いよく水が噴き出している――はずだった。


「……あれ? なんか、変な感じ」


マリは噴水に近づき、その水面を覗き込んだ。

確かに水は流れている。街の人々も、その水を使って洗濯をしたり、馬に水を飲ませたり、中にはそのままバシャバシャと顔を洗っている人もいる。街の貴重なライフラインなのだろう。


だが、マリの胸の奥が、ほんの少しだけ「チクリ」と痛んだ。


魔王エターナルの能力はログインしていない。しかし、先ほどの工場での経験を経て、マリの感覚は、世界の「水の流れの不自然さ」に対して、普通の人よりも遥かに敏感になっていた。


噴水から湧き出ている水は、一見すると透明に見える。

だが、よく見ると、水面にかすかな『濁り』があり、どこか不自然に粘り気があるように感じられた。さらに、噴水の底の石には、うっすらとだが、あの公害工場の排水口で見かけたものと酷似した、黒いヘドロの初期症状のようなものがこびりつき始めている。


「ねぇ、お姉ちゃん。このお水、最近ちょっと変な味がするの」


ふと横を見ると、小さな女の子が、母親らしき女性のスカートを引っ張りながら、水瓶に入った水を指差していた。


「コラ、めっ。そんなこと言っちゃダメでしょ。このお水は、偉い魔導士のギルバート様が、街のために地下から綺麗に引き上げてくださっている、ありがたい『聖水』なんだから。感謝して使いなさい」


「でも……前より、苦いよ?」


「気のせいよ。さあ、早くお家に帰るわよ」


母親は女の子の手を引いて、そそくさと歩き去っていった。

周囲の人々も、水に対する違和感を薄々感じつつも、それを口にすることを恐れているかのように、見て見ぬふりをして通り過ぎていく。


マリは、噴水の縁にそっと手を触れてみた。

頭の中に明確な因果マップは現れない。けれど、彼女の直感が、街の地下深くから響いてくる、微かな大地の『悲鳴』を捉えていた。


(この水……綺麗に見えるように、表面だけ強い魔法で無理やり『漂白』されてる。でも、根本的な汚れは全然消えてない。それどころか、地下の魔法の回路が、水を無理に循環させすぎて、どんどん限界に近づいてる……!)


あの森の上流にあった工場と同じだ。

人間の都合で、世界の自然な巡り(理)をねじ曲げ、その場しのぎの魔法で誤魔化し続けている。その過剰な欲求のツケが、この街の「命の水」をじわじわと蝕んでいるのだ。


「……やっぱり、ここにも『世界のバグ』があるんだ」


マリが深刻な表情で噴水を見つめていた、その時だった。


「おい、そこを出歩いている怪しい服装の小娘。そこで何をしている?」


背後から、低く、傲慢な響きを持った声がかけられた。


振り返ると、そこには、艶やかな純白の魔導衣を身に纏い、頭にはこれ見よがしに豪華な宝石が埋め込まれた杖を持った、中年の男が立っていた。男の周囲には、数人の立派な鎧を着た私兵たちが控え、周囲の一般市民たちは、男の姿を見るなり一斉に道を譲り、頭を下げている。


(うわ、なんかめちゃくちゃ偉そうな人が来た……!)


「私が、このバルドニアの全水路の管理統括者であり、偉大なる上級魔導士、ギルバートである。お前、見かけない服装だな。先ほどから、この神聖な噴水を不躾に睨みつけていたようだが……我が完璧なる水管理システムに、何か不満でもあるのかね?」


ギルバートは、細い目をさらに細め、マリを値踏みするように見下ろした。その全身からは、自身の魔力と地位に対する、絶対的なプライドと傲慢さが隠しきれずに溢れ出ている。


マリは直感した。

この男こそが、この街の水脈を歪め、表面だけを魔法で取り繕って私腹を肥やしている、今回の『世界のバグ』の引き金(中心人物)であると。


「あ、いえ……別に不満なんて。ただ、このお水、少しだけ苦いっていうか……底の石が汚れてるな、って思っただけです」


マリはあえて、等身大の女子高生として素直な感想を口にした。

その瞬間、ギルバートの顔が、怒りでピキリと凍りついた。


「……何だと? 無知なる迷い人が、我が至高の魔導芸術を侮辱するか! この水は、私が膨大な魔力を注ぎ込み、完璧に清められた聖水だ! 底の汚れなど、ただの自然の悪戯に過ぎん! これ以上の不敬な言動は、街の治安を乱す罪として捕縛するぞ!」


私兵たちが一斉に槍を構え、マリを威嚇する。

周囲の市民たちは、巻き添えを食うのを恐れて、さらに遠くへと引き下がっていった。


(うわぁ、典型的な汚職役人ムーブ! 逆ギレ早すぎでしょ! 本当のことを言われたからって、権力で握りつぶそうとするなんて、大人のすることじゃないわ!)


心の中で盛大に突っ込むマリだったが、今の自分には彼らを退ける力はない。ここで戦えば、魔王になる前にただの犯罪者として地下牢行きだ。


「すみません! ただの勘違いです! 失礼しましたー!」


マリは深々とお辞儀をすると、私兵たちが動くよりも早く、脱兎のごとくその場から走り去った。テニス部で鍛えたスタートダッシュが、ここ一番で役に立った。


「ふん、身の程を知らん小娘め。追う必要はない、ただの野良犬だ」


背後からギルバートの冷笑が聞こえたが、マリは振り返らずに、大通りの路地裏へと滑り込んだ。


ハァ、ハァ、と息を切らしながら、薄暗い路地裏の壁に背中を預ける。

安全な場所まで逃げ切れたものの、一文無しのまま、街の最高権力者の一人に目を付けられてしまうという、最悪のスタートとなってしまった。


ぐうぅぅぅぅぅぅ。


そして、空気を読まない胃袋が、再び盛大な悲鳴を上げる。


「はぁ……。お腹は空くし、街の水はバグりかけてるし、偉そうな魔導士には睨まれるし……。これから私、どうなっちゃうの?」


路地裏の地面にへたり込み、膝を抱えるマリ。

その時、路地裏のゴミ箱の陰から、カサカサと小さな音が響いた。


「きゅー……」


「え……? ぽんぽぽ!?」


驚いて顔を上げると、そこには、街の外に置いてきたはずのぽんぽぽが、口に何かをしっかりと咥えて、マリの元へとトコトコと歩いてくる姿があった。

ぽんぽぽがマリの足元にポトリと落としたのは――先ほど、街の屋台で見かけた、あの香ばしくて美味しそうな『お肉の串焼き』だった。


「これって……もしかして、私に持ってきてくれたの?」


「きゅっ!」


ぽんぽぽは自慢げに胸を張った。どうやら、マリがお腹を空かせて困っているのを察して、街の喧騒を掻き潜り、屋台からこっそりと(おそらく野生の勘で上手いこと)調達してきてくれたらしい。泥棒はいけないことだが、今のマリにとって、この一本の串焼きは、神の恵みそのものだった。


「ありがとう、ぽんぽぽ……! いただきます!」


マリは串焼きを手に取り、思い切りかぶりついた。

口の中に広がる、濃厚な肉汁と、野生味溢れるスパイスの風味。現代日本の高級肉とは違うけれど、今までの人生で食べたどんな料理よりも、圧倒的に美味しく、体中に染み渡っていくのが分かった。


一切れの肉が、マリの心に再び強い灯火を宿す。


「ぷはぁ、美味しかった……! 生き返るよ……」


口の周りを拭い、マリは再び薄暗い路地裏から、あの巨大な噴水がある広場の方を見据えた。

ギルバートという男が、自分の利益のために水脈を弄くり回し、街の環境パラメーターを限界まで歪めている。このまま放置すれば、いずれこの街の水は完全に腐り果て、大災厄となって文明ごと崩壊してしまうだろう。


(普通の少女の私には、あの男を引きずり下ろすことはできない。……だけど、環境の汚染が臨界点を超えれば、また『あの日』が来る)


世界の免疫システム、魔王エターナル。

彼女が再びログインするその時は、そう遠くない。


「待っててね、ギルバート。その歪んだ大人のバグ、私が綺麗に『お片付け』してあげるから」


小さな相棒のぽんぽぽをそっと抱き上げ、マリは不敵な、しかしどこか楽しげな微笑みを浮かべた。

商業都市バルドニアの裏で蠢く、水脈のバグ。その調律のカウントダウンが、静かに始まろうとしていた。

第4話をお読みいただき、本当にありがとうございました!


初めて人間の街『バルドニア』に到着したマリ。スマホを通行税の代わりにするという荒技で入場したものの、一文無しの現実は厳しく……。しかし、可愛い相棒ぽんぽぽのファインプレー(?)によって、どうにか最初の飢えを凌ぐことができました。


そして、街の象徴である噴水で目撃した、新たな「世界のバグ」。表面だけを魔法で綺麗に見せかけ、利権を貪る上級魔導士ギルバートとの最悪な出会いを経て、マリの片付け魔としての闘志が再び燃え上がります。


次回、じわじわと臨界点へと近づく水脈の汚染。街の人々が異変に気づき、パニックに陥る中、ついに『魔王エターナル』がバルドニアの街へと降臨します!

戦わない無双、街中での優雅なお掃除劇はどのように幕を開けるのか……?


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成:ミニ(Gemini)

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