第11話 襲撃
「咲久耶様?」
瀬奈の心配そうな顔に咲久耶はハッとした。
「ごめんなさい、ぼうっとしていて」
「いえ。あの持っていく組紐はこれで全部ですか?」
「ええお願い」
今日は護符ではなく花の組紐を預けた。
予想以上の売れ行きらしく、たくさんほしいと言われて喜んで作ったものだ。
「では、行ってきます!」
部屋を出る瀬奈に手を振り、咲久耶は飾り紐を取り出した。
「たくさん作らなくっちゃ!」
お金も少しずつ貯まっている。
(どれくらいあったら故郷まで帰れるかしら……)
ふっと紅蓮の顔が浮かんだ。
彼からの熱烈な言葉は今も鮮明に思い出せる。
(お金が貯まったら私は家に帰る)
紅蓮の求婚はひとまず考えないことにした。
(そうよ、だって侍女の振りをしているのに側室なんてなれるわけがない)
あれほど率直に愛を伝えてくれた紅蓮を騙してしまっているのだという事実に胸が痛む。
(いつもお茶やお菓子を用意してくれて……。あんなによくしてくれたのに私は身分も名も謀っている)
(ううん。元はといえば紅蓮様が私を放置するから――)
だが、紅蓮から事情を聞いた今、彼が咲久耶を警戒するのも無理はないとわかっていた。
(どうやったら嫌疑を晴らせるのかしら)
(この状態では絶対に無理ね)
このままいけば、誤解を解くことなく咲久耶は逃亡することになる。
(それでいいのかしら……)
ぐるぐる考えていると、組紐を編んでいる手にぴりっと痛みが走った。
「何……?」
胸騒ぎがすると同時に、遠くで悲鳴のような声が聞こえた。
「外!?」
しばらくしてドタバタと廊下を走る侍女たちの騒ぎが届いた。
「妖魔が出たんですって!」
「家から出ちゃダメよ! 扉を閉めて!」
緊迫した声に、咲久耶はハッとした。
(まさか――瀬奈が!)
ついさっき瀬奈は屋敷を出たばかりだ。
嫌なタイミングに一気に体温が下がった気がした。
(瀬奈!)
気づけば咲久耶は庭へと駆け出していた。
「きゃーーーっ!!」
外からひときわ大きい悲鳴が上がる。
さっきより近い。はっきりと若い女性のものだとわかる。
咲久耶は飛びつくようにして屋敷の塀によじ登った。故郷で野原を駆け回っていた咲久耶にはお手の物だ。
「ああっ!」
塀の上に上がると、道に倒れている着物姿の女性が見えた。
その近くで腰を抜かしているのは瀬奈だった。
そして、その前に白い大きな獣がいた。
(あれが――妖魔!?)
見たことのない大型の獣だ。狼にも狐にも見える。普通の獣ではないのが、ふさふさの長い尻尾が三つに分かれていることからも明らかだ。
妖魔とは邪悪な霊体が受肉することによって作られると言われている。
そのため、この世のものならざる異形となる。
「……っ!!」
獣の妖魔が瀬奈にゆっくりと近づいていく。
瀬奈は怯えて声も上げられず震えていた。
「ダメ!!」
咲久耶は塀を跳び越え道に降り立った。
懐に隠し持っていた花の護符を取り出す。
(効きますように!)
咲久耶は護符を妖魔に向かって投げた。
妖魔の体に触れると思われたとき、護符が弾け飛んだ。
(はじかれた!?)
咲久耶は手首に巻いた組紐を外した。
(お願い、効いて!)
妖魔に向かって思い切り投げつける。
「ギャッ」
組紐が当たった妖魔が顔を激しく振り、嫌がるそぶりを見せた。だがそれだけだった。
牙を剥いた妖魔の顔が咲久耶の方を向く。
「瀬奈! 逃げて!」
自分が囮になるしかない。
だが、足が震えて動けない。
(ああ、ここまでか……)
絶望で心が黒く染め上げられた時だった。
「沙羅!」
自分の名を呼ぶ声に、咲久耶はハッと振り向いた。
刀を手にした紅蓮が駆けてくるのが見えた。
「紅蓮様!」
紅蓮が手にした刀が炎を纏う。
思い切り踏み込んだ紅蓮の刀が妖魔を真っ二つにした。
気づけば妖魔の姿はかき消えていた。
「沙羅、大丈夫か!?」
紅蓮に腕をつかまれ、咲久耶は震えながらうなずいた。
「私は大丈夫です。瀬奈!」
座り込んでしまっている瀬奈に駆け寄る。
「瀬奈! 怪我は?」
「ない、です……」
瀬奈がぶるぶる震えながら涙ぐむ。
「ありがとうございました、咲久耶様。咲久耶様が助けてくださらなかったら私――」
「咲久耶だと?」
鋭い声に咲久耶はびくっとした。
「どういうことだ? なぜおまえが咲久耶と呼ばれるのだ」
怪訝そうだった紅蓮が、咲久耶の表情を見て顔色を変えた。
「まさかおまえ……」
「私は沙羅ではありません。侍女でもありません」
咲久耶は静かに紅蓮を見つめた。
「私はあなたの妻の咲久耶です」




