↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/14

第10話 紅蓮の思い

 言葉も出ない咲久耶(さくや)を紅蓮(ぐれん)がじっと見つめる。


「側室では不服か?」

「いえ、あの」


 紅蓮が本気だと悟り、咲久耶はへどもどした。

 正室である自分が求婚されるという、まさかの事態に混乱している。


 だがもちろん、咲久耶を沙羅(さら)という侍女だと思っている紅蓮は知るよしもない。


「それとも俺の妻になるのは嫌か」


 咲久耶はしっかと手首をつかまれた。

 痛くはなかったが、絶対に逃がさないという強い意志を感じ咲久耶はたじろいだ。


「俺を見ろ、沙羅」


 戸惑いうつむいていた咲久耶は、おずおずと紅蓮と目を合わせた。


「心が通じ合っていると思っているのは俺だけか?」


 顔をのぞき込まれ、咲久耶はびくりとした。


(すごく熱い眼差し……)


 紅蓮が本気なのが否が応にも伝わってくる。

 咲久耶はごくりと唾を飲み込んだ。


「いえ、あの。でも、もう側室はいらっしゃいますよね? 真璃枝(まりえ)様が……」

「形式だけの側室だ。高原(たかはら)家のごり押しでな」


 紅蓮がため息をつく。


「第一皇子などと崇められても自由などない。託宣で選ばれた正室、政治的配慮による側室。俺は何なのだ」


 紅蓮が悔しそうに顔を歪める。


「俺は王家存続のための駒か」

「紅蓮様……」

「国を守っていく責務には殉じる。だが、一生を共にする相手すら自分で決められないのは看過できない。俺も一人の人間だ。愛する者を妻にしたい」


 ぐっと手に力が込められる。


「そう思わせてくれたのはおまえだ。俺が自分から妻にしたいと思ったのはおまえだけだ」


 紅蓮がつかんでいた手首から手を離す。そして改めてそっと手を握ってきた。

 温かく大きな手に包まれる心地良さに咲久耶は驚いた。


(触れられても全然嫌じゃない。私、やっぱり紅蓮様のことを……)


「とはいえ、俺には正室がいる。そんな男からの求婚など信じられないだろな」


 紅蓮がじっと目を見つめてくる。


「すべてが明らかになれば、おまえを正室にしたいと思っている」

「えっ!」


 思わぬ言葉に咲久耶は声を上げた。


「ダメか?」

「いえ、でも、託宣で選ばれた正室の方は……」

「あれは刺客(しかく)だ」


 苦々しそうに言う紅蓮に、咲久耶は思わず反駁しそうになったがぐっとこらえた。


(なんで? 私は刺客じゃない!!)


 だが、そう叫ぶわけにはいかない。

 咲久耶はなんとか感情を抑え、静かに尋ねた。


「なぜそう思われるのですか?」

「まず不自然だ。これまで縁遠かった小国の姫が選ばれるなどと」


 咲久耶は五行思想を思い出した。


「でも咲久耶姫も名前が『木』の性質ですよね? 火の紅蓮様と相性がいいのでは?」

「確かにな。だが、毒のある花はいらぬ」

「どういうことですか?」


 不穏な言葉に咲久耶はドキドキした。


(私が毒花だというの?)


「真波(まなみ)国に大金が流れた形跡があった」

「!!」


 思いがけない言葉だった。紅蓮が静かに続ける。


「貧しい小国だ。金に目がくらむ者がいてもおかしくない。王かもしれない」

「そんな!」


(父はそんなことしない! むしろ私を心配して、嫁入りをためらっていた!)


 だが、今の自分では反論できない。


「そもそもいったい誰がお金を真波国に?」

「うまく隠蔽していたが、黒幕は父の側室である雪埜(ゆきの)だと思う」

「雪埜様……」


 第二皇子の母で野望を持っていると噂の人物だろう。


「雪埜が自分の手のものを陰陽寮に送り込んでいるのも確かだ。つまり、託宣の真偽も疑わしい」


 なんとなく紅蓮が想像していることがわかった。


「つまり、紅蓮様を殺すために偽の託宣をして、金で雇った真波国の姫を刺客として送り込んだと思われているのですね」

「そうだ。この縁談自体が雪埜の企みだと俺は思っている」

「……」

「剣士で妖術師の俺を殺すのは至難の業(わざ)だ。だから、女を近づけて油断させる。以前の縁談では毒を盛られた。失敗したとわかって刺客は自害したが、あれも雪埜の企みだろう」


 事情がわかった今、紅蓮が咲久耶を疑うのもわかる。だが、それは間違っているとはっきりわかる。


(だって結納金以外もらっていないし、そもそも私は刺客じゃないもの)


 だが、紅蓮がこれほど確信を持っているということは、誰かはわからないが真波国の人間が雪埜に買収された可能性が高い。


(いったい誰? 何のためにお金を受け取ったの?)


 親族や高官の顔が浮かぶ。これまで親しかった人々を疑うのはつらかった。

 対岸の火事のように見ていた王位継承権争いに、真波国も巻き込まれているのかもしれない。


 咲久耶はぞっとした。

 貧しいが平和な故郷が戦火に巻かれるかもしれない。


(やっぱり早く真波に帰らないと!)


 決意を新たにした咲久耶だったが、あることに気づきハッとした。


「私は疑わないのですか?」


 紅蓮がじっと咲久耶を見つめてくる。


「紅蓮様に近づいて一緒にお茶をしている新入りの侍女なんて怪しすぎるじゃないですか!」


 自分を追い詰める言葉だとわかっていたが止まらなかった。

 紅蓮が肘をついてじっと咲久耶を眺める。


「勧められた茶菓子をガツガツ食べる刺客がいるか」

「……っ!」


 毎日夢中でお菓子を食べていた咲久耶は顔が真っ赤になるのを感じた。


「それはっ……油断させるためかも」

「おまえは素直でいい子だ。見ていればわかる。隙だらけだし」


 紅蓮がふっと口角を上げる。


「でも! あまりに気を許しすぎです!」

「それはおまえの方だろう。最初は緊張していたが、今は気を抜いてぱくぱく何でも食うし、うかつな言葉を吐く」


 おかしそうに紅蓮がくっと笑った。


「刺客というのはやはりどこか気を張っているものだ。前の縁談の相手がそうだった。そういう気配は隠しきれない」


 紅蓮が上目遣いに見てくる。


「それともあれか。おまえは刺客なのか」

「違います!」

「なら、結婚してくれ」


 ずばっと言われ、咲久耶は絶句した。なんと返していいかわからない。


「あの、時間をください。私……」

「そうだな。性急すぎた」


 紅蓮がそっと目を伏せる。

 ホッとしたのも束の間、いきなり抱きすくめられて息が止まった。


「あ、あのっ……」


 そう言ったきり言葉が出ない。

 どれだけ愛しく思ってくれているのか、密着した体が雄弁に語っていた。


(私のことを妻にしたいって紅蓮様が言ってくれた……)


 涙がにじむ。


(これが沙羅ではなく咲久耶への言葉だったら、どんなによかっただろう……)


 永遠に続くかと思われた抱擁だったが、しばらくして紅蓮はそっと体を離した。


「俺は本気だ、沙羅」


 燃えるような熱い眼差しが注がれる。


「考えていてほしい。俺の妻になることを」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。