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第12話 沙羅と咲久耶

 信じられないという表情で紅蓮(ぐれん)が見つめてくる。


「なっ……なぜ」


 絶句した紅蓮だったが、往来だということに気づいたようだ。


「東屋(あずまや)に来い。話を聞かせてもらう」

「はい……」


 咲久耶(さくや)が瀬奈(せな)を抱き起こすと、屋敷から様子を見に来た使用人たちが出てきた。

 彼らに瀬奈を託すと、咲久耶は庭へと向かった。


 まだ騒然としているものの紅蓮が妖魔を倒したことが知れると騒ぎは落ち着いてきた。

 東屋に向かうと憮然とした紅蓮が座っていた。


「本当に沙羅(さら)……おまえが咲久耶なのか」


 咲久耶はうなずくと、紅蓮がため息をついた。


「なぜ侍女の振りをしていたんだ?」

「振りをしたわけではなく、この服しかないからです」

「どういうことだ」


 咲久耶は着物をすべて奪われ、侍女の古着を与えられたことを話した。


「そんなことが……」


 紅蓮が口に手を当て呆然としている。


「確かに俺はおまえと距離を取った。だが、着物や日用品は潤沢に与えたはずだったが……」


 紅蓮の目の届かないところで立場の弱い正室がどんな目に遭うか想像できなかったようだ。


「そなたは他国の姫だ。侍女たちもそれくらいわかっていると思ったが……」


 側室の真璃枝(まりえ)の指示がなければ侍女たちもここまでしなかったかもしれない。

 真璃枝という後ろ盾が侍女たちを増長させたのだろう。


「私は家に帰りたくて、それで護符を作って売ってもらおうと考えたんです。護符用の花を摘みに来たときに紅蓮様に会いました」

「あれは……母屋(おもや)に飾る花ではなかったのか」

「嘘をついたのは申し訳ありません。でもあなたは私の味方ではない。ですから真実は言えませんでした」


 気持ちをはっきり告げると紅蓮が頭を抱えうつむいてしまった。


「おまえが咲久耶……ということは、咲久耶姫は刺客ではなかったのか」

「はい。真波(まなみ)国の人間を買収した話も初耳でした。少なくとも私の家族ではありません」

「では託宣は真実だったということか」

「それはわかりません」


 陰陽寮の内部で何が起こっているのかは知らない。

 もしかしたら託宣が操作され、咲久耶が選ばれた可能性もある。黒幕の目的はわからないが。


「そうか……おまえが飢えていたのも嫌がらせのせいか」

「……」


 安易に肯定はできなかった。紅蓮の静かな怒りが伝わってきたからだ。

 剣士でもある紅蓮は苛烈な一面を持っている。

 侍女たちがどんな目に遭うかわからないと思うと口にするのは憚(はばか)られた。


 だが、紅蓮はすべてを察したようだった。

 紅蓮が深く頭を下げる。


「本当にすまない。すべて俺の判断の甘さと浅はかさが招いた事態だ。俺がおまえを放置していたせいで、つらい目に遭わせてしまった」

「紅蓮様が疑われる気持ちもわかりますので……」


 なぜ自分を放置していたのか、紅蓮の事情を知っているだけに責めることはできなかった。

 彼も自分の命がかかっていたのだ。


「咲久耶」


 紅蓮がそっと手を握ってきた。

 見つめてくる漆黒の目には、驚くことに怯えがあった。


「どうやって詫びたらいいかわからない……」


 かすれた声だった。


「紅蓮様……」


 ぐっと手に力が込められる。


「おまえは故郷に帰りたいのか」

「……」


 咲久耶は一瞬返答をためらった。故郷に帰りたい気持ちと紅蓮のそばにいたい気持ちがせめぎ合っている。


「放置されたままなら帰りたいです」

「では、俺が――これまでの失態を反省し、そばにいて大事にするなら考え直してくれるか?」


 紅蓮がまっすぐ見つめてくる。

 その熱い眼差しに咲久耶はたじろいだ。


「俺は正室のおまえに求婚するなど間抜けなことをしてしまったが……あの時の気持ちは本当だ」

「紅蓮様……」

「俺が心から妻にしたいと思ったのはおまえだけだ」

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