横川サバイバル大作戦
この作品は、「碓氷峠の見習い機関士 」の番外編です。
「……腹が、減った」
その言葉は、絶望的な重みを持って、高崎機関区横川派出所の事務室に響いた。
声の主は、黒石数馬先輩だ。 普段は筋肉の鎧をまとった豪快な機関士だが、今は事務室の長机に突っ伏し、干からびたナマコのような状態でピクリとも動かない。
「……私もです。もう、限界です」
私――神尾あずさも、向かいの席で力なく同意した。 胃袋が空っぽすぎて、キリキリと痛む。 視界が微妙に霞んでいるのは、低血糖のせいだろうか。
「情けない声を出すな。酸素の無駄だ」
窓際で腕を組んでいた杉浦北斗先輩が、冷たく言い放つ。 しかし、その顔色はいつもより蒼白で、眉間のシワは深く刻まれている。 彼もまた、極限状態にあるのだ。
今日は、魔の火曜日。 この横川派出所にとって、一年で最も恐ろしい「厄日」だった。
事の発端は、今朝のことだ。 夜勤明けの朝食を楽しみに、いつものように「おぎのや」へ向かった私たちは、固く閉ざされたシャッターの前で膝から崩れ落ちることになった。
そこには、達筆な文字でこう書かれた張り紙があったのだ。
『親戚の結婚式に出席するため、本日より二日間、臨時休業いたします ——店主』
「な、なんだとォォォッ!!」
黒石先輩の絶叫が、秋の空に虚しく吸い込まれていった。 私たちにとって、「おぎのや」の釜めしは生命線だ。 それが二日間も断たれる。 しかも、派出所の冷蔵庫は、昨夜の夜食で食い尽くされて空っぽ。 カップ麺の買い置きも底をついている。
「落ち着いてください! 軽井沢まで行けば……!」
私が提案しようとした瞬間、事務室の無線が鳴った。 輸送指令からだ。
『本日、信越本線・高崎〜軽井沢間は、架線および線路の集中保守工事を実施しています。夕方一七時まで、全列車運休。線路閉鎖を行なっています。お客様への周知徹底を……』
トドメだった。 電車も動かない。 さらに悪いことに、派出所の公用車であるハイエースは、今朝から整備士の南波さんが「エンジンのオーバーホールだ!」と言って分解してしまい、バラバラの鉄屑と化している。
食料なし。 移動手段なし。 ここは、関東平野のどん詰まり。 山に囲まれた、陸の孤島。
私たちは完全に、兵糧攻めに遭っていた。
◇
「……餓死する」
黒石先輩が、うわごとのように呟いた。
「俺の筋肉が……分解されていく……。プロテイン……糖質……」
「うるさいな」
北斗先輩が苛立たしげに貧乏ゆすりをする。
佐久間区長に至っては、「多恵さんがいない横川なんて、クリープのないコーヒーだ……」と呟きながら、区長室に引きこもってしまった。
「あずさちゃん、これ食べる?」
整備士の南波義人さんが、ポケットから何かを取り出した。 あめ玉かと思って期待したら、六角ボルトだった。
「鉄分補給にはなるけど……」
「いりません!」
私はボルトを突き返した。
「ああ……コンビニに行きたい……」
私は天井を仰いだ。 ここから一番近いコンビニは、峠の下、二駅先の松井田にある。 距離にして約六キロ。 普段なら電車ですぐだが、歩けば一時間以上かかる。 今の空腹状態で往復二時間の行軍は、遭難のリスクすらある危険な賭けだ。
「……待てよ」
ふと、南波さんが眼鏡をクイッと持ち上げた。 その瞳の奥で、怪しげな光が閃いたのを、私は見逃さなかった。
「松井田に行けば、食い物があるんだな?」
「ええ、ありますよ。お弁当もおにぎりも、肉まんも!」
私が答えると、南波さんはニヤリと笑った。
「フフフ……。車がダメなら、『鉄路』を行けばいいじゃないか」
「は?」
北斗先輩が顔をしかめる。
「電車は動かないんだぞ。線路閉鎖中だ」
「だからこそ、だ」
南波さんは立ち上がり、私たちを手招きした。
「来い。俺が密かに開発していた、秘密兵器を見せてやる」
◇
機関庫の奥深く。 普段は立ち入らない資材置き場の暗がりに、ブルーシートを被せられた「それ」はあった。
「ジャーン! 名付けて、『碓氷式・人力四重連型・買い出し1号』だ!」
南波さんがシートを勢いよく剥ぎ取る。 舞い上がる埃の中に現れた物体を見て、私たちは絶句した。
「……なんだ、これは」
北斗先輩が呻くように言った。
それは、保線作業員が使う「軌道自転車」――要するに、線路の上を走るトロッコ自転車だ。 だが、ただのレールスターではない。
廃車になった自転車のサドルとペダルが、無理やり四つ、直列に溶接されている。 それぞれのペダルはチェーンで連結され、後輪を駆動する仕組みらしい。 前カゴには「おぎのや」のロゴが入ったプラスチックケースが取り付けられ、ハンドルの真ん中には、なぜかEF63の警笛がガムテープで固定されている。
「4人乗り改造ママチャリ……いや、トロッコ?」
私が恐る恐る尋ねると、南波さんは胸を張った。
「ベースは廃棄処分になったレールスターだ。そこに、放置自転車のパーツと、俺の技術力を融合させた。四人の脚力を合わせれば、理論上は時速四〇キロオーバーも可能だ!」
「バカかお前は」
北斗先輩が呆れ果てた声を出した。
「そんなガラクタで本線を走る気か? 見つかったら始末書どころじゃ済まないぞ」
「大丈夫だ! 今日は『線路閉鎖』だぞ? 電車は絶対に来ない!」
南波さんは悪魔の囁きを続ける。
「区長には、『新型車両の極秘走行試験を行うため、線路使用の許可を願います』と申請書を出しておいた。……ハンコはもらってないが、事後承諾でいける!」
「犯罪だろそれ!」
北斗先輩がツッコミを入れるが、南波さんは無視して黒石先輩に向き直った。
「どうだ、黒石。このまま座して死を待つか、それともこの『買い出し1号』で松井田のコンビニへ殴り込みをかけるか!」
「……行く」
黒石先輩が、ゆらりと立ち上がった。 その目は血走り、獣のような光を宿している。
「コンビニ……肉まん……唐揚げ弁当……!」
「黒石さん!?」
「止めるな北斗! 俺は生きるために食うんだ! そのためなら、悪魔のトロッコだろうが何だろうが漕いでやる!」
黒石先輩の気迫に、北斗先輩がたじろぐ。 そして、私のお腹も、タイミングよく「グゥ〜」と盛大な音を立てた。
「……あずさ」
北斗先輩が私を見る。 私は涙目で頷いた。
「行きましょう、先輩。……私、おにぎりが食べたいです」
北斗先輩は天を仰ぎ、深くため息をついた。
「……分かった。一蓮托生だ。ただし、誰にも見つかるなよ」
こうして、高崎機関区横川派出所の威信(と食欲)をかけた、極秘作戦が幕を開けた。
◇
「総員、乗車!」
南波さんの号令で、私たちは『買い出し1号』に跨った。
配置は以下の通りだ。
先頭(1号車):私、神尾あずさ。 役割は前方監視と、対向物への警鐘。一番体重が軽いので、先頭の風除けには向かないが、視力の良さを買われた。
二番手(2号車):杉浦北斗先輩。 司令塔。全体のペース配分と、ブレーキ操作を担当する。
三番手(3号車):黒石数馬先輩。 メインエンジン。このマシンの動力の八割を担う、人間機関車。
最後尾(4号車):南波義人さん。 メカニック兼リアウエイト。何かあった時の修理担当。
「いいか、横川から松井田へは25パーミルの下り勾配だ。行きは楽だが、スピードが出すぎる危険がある。ブレーキ操作に集中しろ!」
北斗先輩が指示を飛ばす。
「おうよ! 飯のためなら、エベレストだって下ってやるぜ!」
黒石先輩がペダルに足をかけた。 太ももの筋肉が、作業ズボンを裂かんばかりに膨れ上がる。
「出発進行ォォォッ!!」
「オラァァァッ!!」
黒石先輩の咆哮と共に、ペダルが踏み込まれた。 ギシッ! とチェーンが悲鳴を上げ、鉄の車輪がレールを噛む。
ゴロゴロゴロ……!
独特の走行音を立てて、空腹1号は動き出した。 最初は重かったが、数メートル進むと急激に軽くなる。 そう、ここは峠の入り口。 松井田方面へ向かって、緩やかな下り坂になっているのだ。
「速い! 速いです!」
風が頬を打つ。 あっという間に、派出所の建物が後ろへ遠ざかっていく。 重力と黒石先輩の馬鹿力が合わさり、私たちは自転車とは思えない速度で加速していく。
「ヒャッハー! 最高だぜぇ!」
南波さんが後ろで奇声を上げている。
「調子に乗るな! カーブだ、重心をイン側に倒せ!」
北斗先輩が叫ぶ。 私たちは体を左に傾ける。 カント(傾斜)のついたレールの上を、車輪がスムーズにトレースしていく。 この一体感。 まるで、四重連の機関車になったようだ。
「快適……! これなら、すぐに着きますね!」
私が笑顔になった、その時だった。
「おい、マズいぞ! 前方、踏切だ!」
北斗先輩の声に、ハッとして前を見る。 西松井田の手前にある、国道と交差する大きな踏切。 遮断機が下りている……わけがない。電車は来ないのだから。
しかし。
カン、カン、カン、カン……!
突如、警報機が鳴り響き、遮断機が下り始めた。
「ええっ!? なんで!?」
「しまった! この車両、車輪が鉄製だから、軌道回路を短絡させちまうんだ!」
南波さんが叫ぶ。 つまり、信号システムが「列車が来た」と誤認して、自動的に踏切を作動させてしまったのだ。
国道18号を行き交う車が、遮断機の前で停車する。 ドライバーたちが不思議そうに線路を見ている。 「電車なんて来るはずないのに」という顔で。
そこへ、猛スピードで突っ込む、いい大人四人が乗った改造自転車。
「見られる! 通報されるぅぅぅ!」
私は顔を覆った。
「隠れても無駄だ! 堂々としてろ! 『緊急点検』の顔をするんだ!」
北斗先輩が無茶苦茶な指示を出す。 私たちはとっさに表情を引き締め、キリッとした顔で敬礼しながら、踏切を通過した。
「「「点検よしッ!!」」」
シュオオオオオ……!
唖然とするドライバーたちの視線を置き去りにして、私たちは風のように駆け抜けた。
「し、心臓に悪い……」
踏切を過ぎて、私はハンドルに突っ伏した。
「まだだ神尾! 次は鉄橋だ!」
碓氷川を渡る長い鉄橋。 遮るもののない吹きっさらしの場所だ。 横風が、容赦なく車体を叩く。
「うわあああ! 揺れる! 落ちるぅぅ!」
ここでパニックになったのは、高所恐怖症気味の黒石先輩だった。 彼が暴れたせいで、車体がガタンガタンと大きく左右に揺れる。 脱線する!
「動くな筋肉ダルマ! 重心を低く保て!」
南波さんが黒石先輩の背中を叩く。
「風に逆らうな! 柳のように受け流せ!」
「怖い怖い怖い! 下が見えるぅぅ!」
「目をつぶって漕げ! 脚だけ動かせ!」
私たちは悲鳴を上げながら、必死のバランス制御で鉄橋を渡りきった。 命からがら、とはこのことだ。
そして。
「見えた……松井田駅だ!」
前方に、駅のホームが見えてきた。 私たちはブレーキをかけ、側線へと滑り込んだ。
キーッ……。
停車した瞬間、全員が地面に崩れ落ちた。
「つ、着いた……」
「よし、隠蔽工作だ」
南波さんが手早く車体を草むらに隠し、枯れ草を被せる。 私たちは作業着の埃を払い、駅前のコンビニへとダッシュした。
「いらっしゃいませー」
店員さんの呑気な声。 そして、棚に並ぶお弁当、パン、おにぎりの山。 そこは、まさに天国だった。
「うおおおおお!」
黒石先輩が野獣のように棚に襲いかかった。 カゴに次々と放り込まれる肉まん、あんまん、カレーまん。 唐揚げ弁当、ハンバーグ弁当、カツ丼。
「ちょ、先輩! 買いすぎです!」
「うるせぇ! 帰りの燃料が必要なんだよ!」
北斗先輩も、冷静な顔をして高級プレミアムロールケーキを三つカゴに入れている。 南波さんは、なぜか栄養ドリンクの棚を買い占めている。 私も負けじと、おにぎりとサンドイッチを確保した。
店員さんが「何かの炊き出しですか?」という目で見ていたが、気にしている場合ではない。 私たちは両手いっぱいのレジ袋を提げ、勝利の凱旋気分で駅へ戻った。
だが。 本当の地獄は、ここからだった。
◇
「……重い」
帰路。 松井田駅を出発して数分後。 私の口から、絶望的な言葉が漏れた。
行きは下り坂だった。 ということは、帰りは当然、上り坂になる。 しかも、大量の食料(荷物)と、店先で少し食べた分だけ体重が増えている。
「くっ……進まねぇ……!」
黒石先輩の呼吸が荒い。 ペダルが、鉛のように重い。 いつもならEF63がモーターを唸らせて登るような坂道を、私たちは人力で登っているのだ。 その過酷さを、身を持って知る。
「みんな、頑張って! あと三キロよ!」
私は先頭で声を張り上げるが、速度は歩くのと変わらないくらいまで落ちていた。
「ハァ、ハァ……。ロクサンって、いつもこんな苦労をしてたのか……」
北斗先輩が汗だくになりながら呟く。
「そうさ……。だから俺たちは、ロクサンを大事にしなきゃいけねぇんだ……」
南波さんも死にそうな声だ。
その時。 カーブを曲がった先で、信じられない光景が目に入った。
「!?」
前方約一〇〇メートル。 オレンジ色のベストを着た集団が、線路を歩いている。 本物の保線作業員だ。
「マズい! 本職だ!」
北斗先輩が叫ぶ。 隠れる場所はない。 ブレーキをかけて戻れば怪しまれるし、そもそも坂道発進なんて不可能だ。
「ど、どうします!?」
「強行突破だ!」
南波さんが叫んだ。
「全員、ヘルメットを目深に被れ! 視線を合わせるな! 『極秘任務中の特殊部隊』のオーラを出せ!」
「無理があります!」
「やるしかないんだ! あずさ、警笛だ!」
言われるままに、私はハンドルのホイッスルを吹いた。
ピーッ!
保線員たちが振り返る。 怪訝な顔。 そりゃそうだ。線路閉鎖中に、自転車に乗った四人組が、コンビニ袋をぶら下げて坂を登ってくるのだから。
「挨拶だ! 声を揃えろ!」
すれ違いざま、北斗先輩の号令で、私たちは一斉に叫んだ。
「「「お疲れ様ですッ!!」」」
ビシッ! と敬礼。 そのあまりの堂々とした態度と、鬼気迫る形相に、保線員たちは反射的に敬礼を返してしまった。
「お、お疲れ様です……?」
「……(今の、何だ? 新型の検測車か?)」
彼らが呆気に取られている間に、私たちはカーブの向こうへと姿を消した。
「抜けた……!」
「危なかった……寿命が縮んだぜ」
だが、安堵したのも束の間。 最大の難所、横川駅手前の上り勾配が牙を剥いた。
「ぐ、ううう……!」
黒石先輩の足が止まりかけた。 スタミナ切れ(パンク)だ。 一番重いギアで漕ぎ続けてきた太ももが、限界を迎えたのだ。
「ダメだ……筋肉が……痙攣している……」
「黒石! ここで止まったら終わりだ! 坂道発進はできないぞ!」
北斗先輩が叫ぶが、車体はズルズルと減速し、今にも止まりそうだ。 いや、逆走し始めている。
「空転する……!」
私の脚力では、これ以上支えきれない。 もうダメか。 そう思った時、南波さんが叫んだ。
「ATS(自動列車停止装置)、作動!」
「は?」
南波さんは口で「ジリリリリリ!」と警報音を真似ると、私のポケットにねじ込んであったチョコレートを引っこ抜き、黒石先輩の口に無理やり押し込んだ。
「緊急燃料投入! 強制解除だ!」
「んぐっ!?」
黒石先輩がチョコを噛み砕く。 糖分が脳と筋肉に行き渡る。
「確認、よしッ!」
黒石先輩の目がカッと見開かれた。
「うおおおおお! 筋肉が、復活したァァァ!」
復活したメインエンジンが、凄まじいトルクでペダルを踏み込む。 チェーンが悲鳴を上げ、車輪がスリップ寸前でレールを食む。
「いける! このまま押し切れ!」
「1、2! 1、2!」
私たちは声を合わせた。 四人の呼吸が一つになる。 これぞ、協調運転。 汗と涙と、コンビニ弁当への執念が生み出した、奇跡のシンクロだ。
「見えた! 横川駅だ!」
夕暮れの光の中に、懐かしい駅舎が見えた。 私たちは最後の力を振り絞り、ホームへと滑り込んだ。
◇
「……生きて、帰ったぞ……」
派出所の裏口に『買い出し1号』を隠し、私たちはボロボロになって事務室へ戻った。 全員、足がガクガクと震え、生まれたての子鹿のようだ。 だが、その手にはしっかりと、戦利品のコンビニ袋が握られている。
「ただいま……戻りました……」
私がドアを開ける。 さあ、宴の始まりだ。 肉まんを食い、おにぎりを貪り、コーラで乾杯するんだ。
しかし。
「あら、みんなお帰りなさい!」
事務室には、予想外の人物がいた。 「おぎのや」の看板娘、荻野優香さんと、女将の多恵さんだ。 二人とも、綺麗なドレス姿だ。
「ゆ、優香さん? なんでここに?」
「結婚式が思ったより早く終わったから、タクシーで帰ってきちゃったの」
優香さんは満面の笑みで、机の上を指差した。
「見て! 式場の料理がすごく美味しかったから、折詰にしてもらってお土産に持ってきたのよ! あと、引き出物の高級バームクーヘンも!」
そこには、コンビニ弁当など比較にならない、豪華絢爛な御馳走の山があった。 伊勢海老、ステーキ、鯛の塩焼き。 部屋中に広がる、極上の香り。
「みんな、お腹空いてるでしょ? さあ、食べて!」
多恵さんが優しく微笑む。
「あれ? その袋はなぁに?」
優香さんが、私たちの手にあるコンビニ袋に気づいた。 中から覗く、潰れた肉まんと、安っぽいおにぎり。
私たちは顔を見合わせた。 そして、無言でそっと袋を背中に隠した。
「……なんでもないです」
北斗先輩が、震える声で言った。
「さあ、いただこうか。……せっかくの、御馳走だ」
「はい……」
私たちは席に着き、豪華な折詰弁当を開けた。 美味しい。 涙が出るほど美味しい。 けれど、箸を持つ手がプルプルと震えて、うまく料理が掴めない。 筋肉痛だ。
「あらあら、みんな震えてるわよ? 寒かったの?」
「い、いえ……武者震いです」
黒石先輩が、涙を流しながら伊勢海老をかじる。 その横で、南波さんがこっそりと、隠したコンビニ袋の肉まんをポケットの中で握りつぶしていた。
窓の外では、夕闇に包まれたレールが静かに光っている。 線路は続くよ、コンビニまで。 けれど、幸せの青い鳥(美味しいご飯)は、意外と近くにいたのかもしれない。
私たちは、筋肉痛の足を引きずりながら、心に誓った。 「もう二度と、自転車で峠には挑まない」と。
翌日。 謎の筋肉痛で全員がロボットのような動きになり、点検に来た保線員さんに「昨日、変な集団を見ませんでしたか?」と聞かれて、全力でシラを切ることになった。




