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陸軍の金塊を追え

この作品は、「碓氷峠の見習い機関士 」の番外編です。

ことの始まりは、秋晴れの休日に投稿された、たった一つのSNSソーシャル・ネットワーキング・サービスの書き込みだった。


『ヤバい……。碓氷峠のめがね橋の下で、とんでもないもん拾った。これ、ガチの金貨じゃね? 菊の御紋入ってるし……埋蔵金確定!? #碓氷峠 #埋蔵金 #徳川じゃないよ』


添付された写真には、レンガ造りのアーチ橋の下、清流のほとりで泥にまみれながらも鈍い黄金色の光を放つ、一枚の古銭が写っていた。 そこには確かに、皇室の象徴である十六八重表菊じゅうろくやえおもてぎくの紋章が刻印されていたのだ。


この投稿は、瞬く間に拡散された。 「旧日本軍の隠し財産ではないか?」 「松代大本営へ運ばれるはずだった軍資金では?」 「現代の徳川埋蔵金だ!」


ネット上の憶測は尾ひれをつけ、都市伝説となり、やがて熱狂的な欲望へと変わった。


そして、次の週末。 静かな山あいの碓氷峠は、かつてない喧騒に包まれていた。


「どいてください! 危険ですから線路内には立ち入らないで!」 「押さないで! ここからは入れません!」


私たち、高崎機関区横川派出所の職員も、本来の業務を放り出して警備に駆り出されていた。 めがね橋周辺には、スコップやツルハシ、金属探知機を持った一攫千金狙いの人々が殺到し、さながらゴールドラッシュの様相を呈している。


「……あずさちゃーん! 埋蔵金どこー!?」 「優香ちゃーん! 金貨持ってるー!?」


ファンなのかトレジャーハンターなのか分からない集団の叫び声に、私は拡声器を持って声をからしていた。


「ありません! 金貨なんて落ちてませんから、帰ってください!」


「けっ、国鉄が独り占めする気だろ!」 「国民の財産だぞ! 解放しろ!」


怒号が飛び交う。 違法駐車の列は国道18号線を塞ぎ、旧線跡の遊歩道「アプトの道」は人波で埋め尽くされている。 事態を重く見た警察と国鉄本社は、ついに「めがね橋周辺の昼間立ち入り禁止」という強硬手段に出た。


夕暮れ時。 ようやく人々が強制退去させられ、静寂が戻ってきた横川派出所の事務室で、私は死んだ魚のような目をしてお茶をすすっていた。


「……疲れました」 「俺もだ。筋肉が……筋肉が悲鳴を上げている」


向かいの席では、黒石数馬先輩が机に突っ伏している。 自慢の筋肉も、暴徒と化した群衆を抑える壁としては消耗が激しかったようだ。


「まったく、平和な峠が聞いて呆れるぜ」


杉浦北斗先輩が、不機嫌そうにコーヒーのプルタブを開ける。 その横で、整備士の南波義人さんが、スマホの画面を見ながらブツブツと呟いていた。


「でもよぉ……本当にあったらどうする? 一枚で数百万だぞ? それがザクザク出てきたら……」


「南波さん、まだ言ってるんですか」


私が呆れて言うと、南波さんは眼鏡を光らせて反論した。


「火のない所に煙は立たねえ! あの写真のリアリティ、偽造じゃ出せねえ質感だぞ!」


「はいはい。夢を見るのは寝てからにしてください」


私が冷たくあしらおうとした時、事務室の扉がガラリと開いた。


「――夢、か。あながち、ただの夢物語とも言い切れんぞ」


入ってきたのは、元輸送指令長の小野寺盛雄さんだった。 伝説のスジ屋(ダイヤ作成者)であり、私たちの指導官でもあるこの人が口を開くと、場の空気がピリリと引き締まる。


「小野寺さん? どういうことですか」


北斗先輩が尋ねると、小野寺さんはパイプ椅子に座り、遠い目をして語り始めた。



「お前たちは、『松代大本営まつしろだいほんえい』というのを知っているか」


小野寺さんの問いに、歴史好きの宮城裕太先輩が反応した。


「ええ。太平洋戦争の末期、本土決戦に備えて、長野県の松代に皇居や大本営を移そうとした極秘地下壕のことですよね」


「そうだ。昭和19年から20年にかけて、その建設資材や重要物資を運ぶために、この信越本線は昼夜を問わず貨物列車が走っていた」


小野寺さんは、懐から古びた手帳を取り出した。


「当時、俺の先輩だった機関士から聞いた話だ。……昭和20年7月某日。豪雨の夜のことだ」


外では、まるで話に合わせるかのように風が唸りを上げている。


「その夜、東京から信越本線屋代やしろ駅を経由して河東線の松代駅へ向かう予定の、『特種貨物』を積んだ列車が、碓氷峠を越えようとしていた。積荷の中身は極秘。だが、噂では『天皇家の財産』や『国家の重要機密』が含まれていたと言われている」


私たちは、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「列車は、めがね橋――第三橋梁に差し掛かったところで、土砂崩れに巻き込まれた。……数両の貨車が脱線し、谷底へ転落したんだ」


「て、転落……!?」


「ああ。豪雨で増水した碓氷川に、貨車ごと飲み込まれた。……戦後の混乱期だ。回収作業は十分に行われず、事故の記録さえも有耶無耶うやむやにされた」


小野寺さんは、派出所の奥にある書庫を指差した。


「だが、ここには残っている。当時の当直日誌の片隅に、『特種物資散乱、回収不能』の文字がな」


シン……と静まり返る事務室。 南波さんが、震える声で言った。


「じゃ、じゃあ……あの金貨は……」


「その時の積荷の一部が、70年の時を経て川底から顔を出した……としても、不思議ではないな」


「うおおおおおおっ!! マジかよ!!」


黒石先輩がガバッと立ち上がった。 その目は、パチンコで大当たりを出した時以上に血走っている。


「あるんだ! 本当に埋蔵金があるんだ!」


「おい、落ち着け」


北斗先輩が制止しようとするが、もう遅い。 南波さんも完全に理性のタガが外れている。


「計算だ! 貨車一両分の積載量を15トンとして、それが金塊だとしたら……億じゃねえ! 兆の世界だ!」


「兆……!」


私も、思わず計算してしまった。 兆円あれば、何ができる? EF63を一生ピカピカに維持できる予算どころか、国鉄の借金を返してもお釣りが来るかもしれない。


「探すしかねえ! 俺たちの足元に、宝の山が眠ってるんだ!」


黒石先輩がスコップを掴んで飛び出そうとする。 その時。


「――待て、馬鹿者ども」


小野寺さんの低い一喝が響いた。


「え?」


「欲に目がくらめば、足元をすくわれるぞ。……それに、現場は立ち入り禁止だ。鉄道員ぽっぽやが規則を破ってどうする」


小野寺さんの眼光に射抜かれ、黒石先輩たちはシュンと縮こまった。


「昔話はあくまで昔話だ。……真面目に働け」


小野寺さんはそう言い捨てると、悠然と帰っていった。 残されたのは、行き場のない欲望を持て余した私たちだけだった。



その日の深夜。 宿直室で寝付けずにいた私の元に、南波さんが訪ねてきた。


「……おい、あずさちゃん。起きてるか」


「南波さん? どうしたんですか、こんな時間に」


「見てくれ。これだ」


南波さんが掌を開く。 懐中電灯の光に照らされて、小さな粒がキラリと光った。


「これ……金!?」


「しっ! 声がでかい!」


南波さんはニヤリと笑った。


「警備の隙を見て、ちょっくら川岸の砂をさらってみたんだ。……そしたら、これだよ」


それは、米粒ほどの大きさの、金色の結晶だった。 実態はただの黄鉄鉱パイライト――いわゆる「愚者の金」だったのだが、深夜のテンションと欲望に支配された私たちの目には、純度100%のゴールドに見えた。


「すごい……! 本当にあるんですね!」


「ああ。これを見ろ」


南波さんが広げたのは、自作の「埋蔵金分布予想図」だった。


「小野寺さんの話を元に、当時の水流と地形変動をシミュレートした。……本命はここだ」


指差されたのは、めがね橋の真下、巨大な岩の陰になっている淀みだ。


「ここなら、重い金貨が堆積している可能性が高い。……だが、昼間は警備が厳重で近づけねえ」


「じゃあ、どうするんです?」


そこに、暗闇からヌッと人影が現れた。 黒石先輩、宮城先輩、そして北斗先輩だ。


「……夜なら、誰にも見つからねえ」


黒石先輩が、スコップ片手に不敵に笑う。


「おいおい、俺まで巻き込むなよ」


北斗先輩はやれやれといった顔だが、その手にはしっかりと軍手が握られている。 彼とて、男の子だ。宝探しというロマンには抗えないらしい。


「移動手段はどうするんです? 車じゃ目立ちますよ」


私が尋ねると、南波さんが親指で機関庫の方を指した。


「あるぜ。……最高の隠密車両がな」


こうして、横川派出所公認(非公式)の「松代埋蔵金発掘隊」が結成された。


機関庫の奥、ブルーシートの下に隠されていたのは、以前のイベントで南波さんが改造した車掌車「ヨ3500形」だった。 中は広いし、道具も積める。何より、線路の上を走れる。


「編成は、プッシュプルだ。先頭にEF63形24・25号機。真ん中にヨ3500。最後尾に11・12号機」


北斗先輩がテキパキと指示を出す。


「今日は線路閉鎖せんろへいさだ。保線作業という名目で指令には通してある。……行くぞ、野郎ども!」


「「「おう!!」」」


深夜二時。 闇に紛れて、異形の編成が横川駅を音もなく発車した。 目指すは、碓氷第三橋梁――めがね橋。



列車は、漆黒の闇の中、碓氷峠を登っていく。 普段の業務とは違う、背徳感と高揚感が入り混じった奇妙なテンション。


「到着。……新碓氷川橋梁上だ」


北斗先輩の合図で、列車は静かに停車した。 場所は、第2トンネルと第3トンネルの間。 谷を挟んで向こう側に、レンガ造りのめがね橋が月明かりに浮かび上がっている。


「よし、降下開始!」


私たちはヨ3500から飛び出した。 装備は万端だ。ヘルメット、強力ライト、そして各々の欲望。


「こっちだ。橋脚の点検用に、作業員が使う通路がある」


南波さんの先導で、私たちは新線の路盤脇にある保守用階段を下り始めた。 急な斜面に沿ってジグザグに設置された階段。 その先には、谷底の碓氷川へと続く、獣道のような点検用道路が伸びている。


「足元に気をつけろよ。滑ったらタダじゃ済まねえぞ」


黒石先輩が先頭で薮をかき分ける。 ザッ、ザッ、ザッ……。 川音が近づいてくる。 そして、私たちはついに、めがね橋の真下、河原へと降り立った。


「うひょー! 寒いけど、宝の匂いがするぜ!」


南波さんが、背負っていた巨大な機械を下ろした。 掃除機のモーターと、扇風機の羽根、そして洗濯機のホースを合体させたような、フランケンシュタインのごとき奇怪なマシンだ。


「紹介しよう。『南ちゃん式・砂金吸い込み選別機(ダ○ソン1号)』だ!」


「……名前、怒られませんか?」


私のツッコミを無視して、南波さんはスイッチを入れた。


ブオオオオオオオオッ!!


深夜の渓谷に、爆音が響き渡る。 ダイ○ン1号は、猛烈な勢いで川底の砂利と水を吸い込み始めた。


「すげぇ! これなら一網打尽だ!」


宮城先輩が歓声を上げる。 しかし、その十秒後。


ガガガッ! プスン……。


「あ」


ホースに手頃な大きさの石が詰まり、モーターから黒煙が上がった。


「……南波さん」


「……想定の範囲内だ。予備のバッテリーが……あちっ!」


結局、ハイテク機器は開始早々に沈黙した。 私たちは無言で、持ってきたザルとスコップを手に取り、地道なパンニング(選別作業)を開始した。


ジャラジャラ……チャプチャプ……。 冷たい川水に手を浸し、砂を洗う音だけが響く。


「……ねえ、みんな」


沈黙に耐えかねて、私が口を開いた。


「もし、本当に金貨が見つかったら、何を買います?」


「そりゃお前、俺は決まってるぜ」


最初に食いついたのは、やはり黒石先輩だった。


「パチンコ屋を一軒買う。……いや、自分専用のトレーニングジムを作るか。最高級のプロテイン飲み放題だ」


「筋肉とギャンブルですか……ブレないですね」


「僕はねぇ」


宮城先輩が、夢見るような目で夜空を見上げる。


「ニコン一眼レフカメラに、高級レンズ。それと、世界中の鉄道を撮りに行くファーストクラスのチケットだ。……スイスの登山鉄道、乗ってみたいなぁ」


「俺は、自分の設計した夢の電気機関車を実作する!」


南波さんが修理中のダイソ○1号を叩きながら叫ぶ。


「出力1万キロワット! マッハで走る電気機関車だ!」


「レールが溶けますよ」


北斗先輩が呆れながらツッコむ。


「先輩はどうなんですか?」


私が聞くと、北斗先輩は少し考えてから言った。


「……俺は、新しい車のパーツかな。あいつ(愛車)のエンジン、そろそろガタが来てるし」


「堅実ですねぇ。……あずさちゃんは?」


「私はですね!」


私は立ち上がり、夜空に向かって宣言した。


「最高級のカルナバ蝋ワックスをドラム缶で買います! そして、ロクサンを毎日ピッカピッカに磨き上げるんです! ……あと、美味しい釡めしをお腹いっぱい食べたいです」


「……お前、それが兆円の使い道か?」


全員から呆れられた。 いいじゃないですか。夢くらい見させてくださいよ。



しかし、現実は甘くない。 二時間ほど作業を続けたが、出てくるのは錆びた釘や空き缶のプルトップばかり。 金貨はおろか、南波さんが拾ったような黄鉄鉱さえ出てこない。


「……おかしい」


南波さんが腕組みをして唸る。


「理論上は、ここに溜まるはずなんだが……」


彼は周囲の地形を見回し、ハッとした顔をした。


「待てよ。70年も前の話だぞ?」


「え?」


「金は比重が重い。だが、70年間の大雨や増水で、川の流れが変わっている可能性が高い。……もし、ここよりもっと下流に流されていたとしたら?」


南波さんの視線が、川の下流、闇に沈むその先へと向けられた。


「……碓氷湖うすいこだ」


碓氷湖。 別名、坂本ダム。 めがね橋からさらに下流にある、人造湖だ。


「あそこの湖底だ! 川から流れてきた全ての土砂は、あそこに沈殿する! つまり、全ての財宝はあそこの底に眠っているんだ!」


「なるほど! ダムが受け止めてるってわけか!」


黒石先輩が膝を打つ。


「よし、移動だ! 目標、碓氷湖!」


私たちは慌てて道具をまとめ、再び点検用道路を登り、列車に乗り込んだ。 列車を少し横川方面に移動させ、今度は碓氷湖畔へと降りるルートへ。


湖畔は、不気味なほど静まり返っていた。 月明かりに照らされた湖面は黒く、底知れない深さを感じさせる。


「浅瀬を狙うぞ。……流れ込み付近だ」


私たちは、膝まで泥に浸かりながら、湖底の泥をさらい始めた。 冷たい。 臭い。 そして、重い。


「くそっ、何で俺たちがこんなドブさらいを……」


北斗先輩が弱音を吐きかけた、その時だった。


カチン。


黒石先輩のスコップが、何か硬いものに当たった。 石ではない。金属的な感触。


「……おい! あったぞ!」


黒石先輩の声が裏返る。


「何かある! 金属だ! デカイぞ!」


全員が駆け寄る。 黒石先輩が泥の中から引き上げたのは、直径10センチほどの、金属の円盤だった。 泥にまみれてはいるが、月明かりを反射して、鈍い金色に輝いている。


「金だ……! 金の円盤だ!」


「でかした黒石! 菊の御紋はあるか!?」


南波さんが泥を拭き取るために、円盤を湖水で洗う。 私たちは固唾を飲んで見守った。 泥が落ち、本来の姿が現れる。


金色に輝く真鍮の肌。 そして、そこに刻まれた文字。


「……ん?」


宮城先輩が、ライトを近づけて文字を読み上げる。


「『横川』……『熊ノ平』……?」


菊の御紋ではない。 そこにあったのは、見慣れた駅名の刻印だった。


「……これ、金貨じゃない」


宮城先輩が、拍子抜けした声で言った。


「『タブレット(通票)』だ」



「タブレット?」


あずさが首をかしげる。


「ああ。昔、単線区間で列車同士が衝突しないように使っていた『通行手形』だよ」


宮城先輩は、その真鍮製の円盤を、ドーナツのような革製のキャリア(ケース)にはめ込む動作をした。


「これは、そのキャリアに入れる金属製の玉……通票だ。アプト式の時代、ED42たちがこれを持って、横川と熊ノ平の間を行き来していたんだ」


「なんだよぉぉ~! 金じゃねえのかよぉ~!」


黒石先輩が、その場に崩れ落ちた。 南波さんも、○イソン1号を抱えて呆然としている。


「……何やっとるんだ、お前ら」


背後から、呆れたような声がした。 ビクッとして振り返ると、そこにはジャージ姿で犬の散歩をしている小野寺さんが立っていた。 なぜこんな時間に、こんな場所にいるのかは謎だが、とにかく見つかってしまった。


「あ、いや、その……夜間巡回でして……」


北斗先輩が苦しい言い訳をする。 小野寺さんは、私たちが持っている真鍮のタブレットを見て、鼻で笑った。


「埋蔵金探しでもしていたのか。……バカもんが」


「で、でも小野寺さん! 貨車が落ちたのは本当なんですよね!?」


南波さんが食い下がる。


「ああ、それは事実だ。だがな」


小野寺さんは、目の前の碓氷湖を指差した。


「この碓氷湖(坂本ダム)ができたのは、いつだか知っているか?」


「えっ?」


「事故があったのは昭和20年。この碓氷湖ができたのは昭和33年……つまり、当時はここはただの川だったんだよ」


小野寺さんは、残酷な真実を告げた。


「ダムなんてない。遮るものはない。……あの時の豪雨だ。流された物資は、鉄砲水に乗ってここを素通りし、もっと下流の松井田、いや、烏川からすがわの方まで流れていっちまっただろうよ」


「えええええっ!?」


「今頃は太平洋の藻屑か、あるいはどこかの河川敷の土の下だ。……ここを掘り返しても、出るのは空き缶と、昔の鉄道のガラクタくらいだ」


最初に発見された一枚の金貨は、たまたま岩の間に引っかかって、70年間耐え抜いた「奇跡の一枚」だったのだ。 それ以外の全ての財宝は、とうの昔に海へと消えていた。


「……終わった」


私の億万長者計画が。 黒石先輩のパチンコ屋が。 南波さんの夢の機関車が。 音を立てて崩れ去った。



全員が泥だらけになって、その場に座り込んだ。 徒労感と、寒さと、空腹。 最悪の夜だ。


しかし。 北斗先輩は、宮城先輩からそのタブレットを受け取り、掌の上でもてあそんだ。


「……でも、こいつは本物だ」


「え?」


「金貨じゃねえけど……アプト式の時代、ED42たちが命がけで運んでいた、安全の証だ」


北斗先輩は、ずっしりと重い真鍮の塊を見つめた。


「何十年もの間、この湖の底で眠っていたんだな。……誰かが落としたのか、あるいは廃止の時に捨てられたのか」


その言葉に、私もタブレットに触れてみた。 冷たくて、硬い。 でも、どこか温かみを感じる。 かつて、この峠を登り降りした先人たちの、汗と誇りが染み込んでいるような気がした。


「金貨よりも……私たちにとっては、こっちの方が『お宝』かもしれませんね」


私が呟くと、宮城先輩が頷いた。


「そうだね。これは、鉄道の歴史そのものだ。お金じゃ買えない価値がある」


「……ちぇっ。金にならなきゃ意味ねえよ」


黒石先輩は悪態をつきながらも、どこか憑き物が落ちたような顔をしていた。


「まあ、夢は見られたからよしとするか」


南波さんも、壊れたダ○ソ○1号を背負い直して立ち上がった。


「帰るぞ。……夜が明ける」


小野寺さんが促す。 東の空が、白み始めていた。



数日後。 横川派出所の事務室の棚には、きれいに磨き上げられた真鍮のタブレットが飾られることになった。 金銭的な価値はゼロに近い。 でも、鈍く光るその円盤は、私たちに「大切なこと」を思い出させてくれる。


一攫千金の夢よりも、泥にまみれて働く日々の尊さを。 そして、私たちが守っているこの鉄路の重みを。


「あーあ。ワックス代、また自腹で貯めなきゃなぁ」


私は、雑巾でEF63の車体を磨きながらぼやいた。


「文句言うな。働け、働け」


北斗先輩が、私の頭を軽く小突いて通り過ぎる。 その手には、いつもの缶コーヒーと、点検ハンマー。


ブオオオオオオオオ……!


今日も、機関車のブロアー音が峠に響き渡る。 変わらぬ日常。 厳しいけれど、愛おしい職場。


「……はいッ!」


私は元気よく返事をして、相棒の青い車体を磨き上げた。 本当の宝物は、どこかの土の下ではなく、この泥だらけの現場にあるのだと、今は胸を張って言える気がした。

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