聖約の抜け穴
魔界に住む住人は大きく二種類に分けられる。
魔族か魔物か。
その違いは知性にある。
魔物に分類される種族は言葉を発しない。
暴れまわるだけの動物と同じだ。
そんな魔物の中でもごくまれに知性を持って生まれてくる存在がいる。
デイヴィット・ゼルネギアスもその例外の一人。
本来、魔物であるゴブリンが知性を持って生まれた存在。
知性を持った魔族について魔法学の祖、アルバスはその法則を見つけていた。
『魔女に匹敵するほどの高い魔力を持って生まれた魔族には知性が宿る』
この法則に則って生まれたのがデイヴィットというゴブリンだった。
「あの子が本当に魔王候補なの? ゴブリンだし、どう見ても子供だよ?」
お世辞にも強いとは思えない。
流石の僕でも勝てそうかもって思えてしまうほどだ。
「そうか、なら、喧嘩を売ってきてみるといい。あのデイヴィッド相手に3秒たっても生きていたら、一生憐太郎の言うことを聞いてやろう」
「なるほど、よく分かった」
絶対反感買わないようにしよ。
「さてと」
とんっ、と飛び、円卓の中央に降り立つデイヴィッド。
「今決めろ。オレの軍門に下るか、ここで死ぬか」
え、マジ? 軍門に下る選択肢あるの? めっちゃ優しいじゃん。はいはーい! 僕、軍門に下りまーす。
「うぐっ」
威勢よく手を上げようとしたら、プリムラにおもっくそ手首掴まれた。
イタイ。
「ここはお子様の来るところではないわ。さっさと帰ってスプラでもやっていたらどうかしら?」
「それなら、みんなでやろ? アタイ最近始めたんだ。A+だよ。ちょー強いよー」
リリアナはデイヴィッドを煽り、シャーリィは見当違いなことを言い出した。
てか、A+はそんなに自慢できるものじゃない気が……。
「なら、全員ここで始末しよう。サツキ」
「ふふふ、承知いたしました。ボス」
不敵な笑みを浮かべるサツキさんの頭上には、魔法によって生成された水流が荒々しくうねっていた。
「その気なら乗るわ。今、虫の居所が悪いの」
一気にプレッシャーを跳ね上げたリリアナの左眼に闇の魔力が灯る。
「あーそういう話? なら、アタイも混ぜてよ」
リリアナと同じくやる気のシャーリィも円卓の上に乗る。
「えぇ……」
この人たち、本気で言ってるの?
僕はごめんだからね。戦う気ないからね。君たちだけで勝手にやってよね。巻き込まないでね。
「っう」
しれーっと、逃げようとしたが、プリムラに首根っこを掴まれてしまった。
てか、これはこれでいいの?
今日って魔王選定戦のルール説明聞きに来たんじゃないの?
勝手に始めていいの?
怒られない?
僕しーらない。
「やめないか、お前さんたち」
「「「!」」」
レイアさんの言葉と共に、獰猛な生物たちが僕たちを取り囲む。
サツキさんの背後にはヒョウによく似た生物である、ジャガー。
リリアナとシャーリィの足元にはそれぞれ、ヘビとワニ。
そして、僕のすぐよこにはオオアリクイが…………
いや、なんで?
僕は何もしてないじゃん。
てか、めっちゃ下で頬舐めてくるんだけど、なに?
もしかして、お前はアリと同等の存在って意味の高度な嫌味?
「このまま好き勝手暴れてもらってもいいが、聖約に抵触した瞬間、魔王候補の資格を剥奪することになる」
「聖約? この人たちと戦うのが? なんでよ。他の魔王候補を倒せば魔王になれるんじゃないの?」
「その魔王になるための条件をこれから話そうと、ここはそう言った場だ。招待状にそうあっただろう?」
「めんどくさいルールとかは嫌だよ。アタイ覚えられないからね!」
「だろうな。だから、魔王選定戦の聖約は2つだけだ」
一、支持率90%を達した者を次期魔王とする。
「支持率で決めるの? それってただの選挙じゃん」
「よかったな。まだ、貴様らには勝ち目のあるルールだ」
「なに? 喧嘩売ってるの? 買うよ? 借金してでも買い占めるから」
リリアナとデイヴィッドがまたバチバチ視線だけで争い始めた。
で、あの2人は一旦置いておいて。
支持率? なにそれ。
疑問に思っているとプリムラがタブレットの画面を見せてきた。
そこには今現在の支持率が載っていた。
スペード:37%
ハート:3.8%
ダイヤ:3.8%
クローバー:0.1%
全体的に低かったが、それよりも僕に票が入っていることに驚いた。
「なんで僕に入ってるの? もしかして、僕にも実は人気が……?」
「違うな。これはクローバーの魔王候補が人間だと知って投票したのだろう」
「え、なんで!? こういうのってふつう嫌われない!?」
「魔界には面白そうな方に入れる、そんな連中が一定数いるものだ」
「バカが! 大人しくデイヴィッドに入れておけばいいじゃん!」
「ふふ、いい心がけですね、少年。人の太ももを凝視するだけの不審者ではないということですね」
「え、あ、はい」
プリムラと話してたら、急に妖怪太ももお化けが話しかけてきた。
つか、ずっと太ももガン見してたのバレてたか。
でも、あんな極太生足さらしておいて見るなって方が無理だろ。逆に見ないのは失礼にあたるって。
だから、礼儀正しい僕はずっと見てますね。だって、紳士だから。しょうがないよね。
「ちょっと、憐太郎! どういうことかしら? 私ではなくてどうしてあんな子供の味方するの? 私を魔王にしてくれるって言ったじゃないの……」
「いや、別に味方ってわけじゃ……」
「そうね。アタイの味方をするなら、今度のライブの最前列チケットを上げてもいいわ」
「あ、それはいいです」
「なんでよ!!!!!!!!」
知らない人のライブとか興味ないし。変なマナーみたいなの押し付けられても嫌だし。
「ん? 待って、普通に話してたけど、急に距離詰めてきたね。さっきまで仲良くしません全員敵ですみたいな空気だったじゃん。なんで、そんな味方になってとか言い出すの?」
「あのルール聞いたらそうなるじゃん。支持率90%はほぼ無理だしね。もう嫌がらせかって感じ」
「そうなの?」
「現魔王は歴代魔王の中でも最も魔界の住人達からの信頼が厚いとされる人。けれど、そんな人でも、支持率はいいとこ80%。つまり、この聖約は現魔王を超えろと暗にそう言っている」
確かにそれを聞いたら難しそうだ。
まぁ、僕にとっちゃどれだけ合格ラインを低く設定されてても無理だから、割とそこに関してだけはどうでもよかった。
勝手にやってくれって感じ。
「ふん、バカだろ。貴様ら」
「何か言ったかしら? あんまり調子に乗ってると、うちのJにあなたの同人誌書かせるわよ」
うっわ、リリアナのやつこの世で最もやってはいけない脅しかまして来やがった。
あんな脅しに屈しない奴いないだろう。
だって、本人何もしてなくても勝手に黒歴史が量産されるんだぜ? 害悪ムーブだろ。
「90%だって? こんなの今日中にでも達成可能だろう」
「え、どうやって……」
「殺せばいい」
「え?」
「オレに票を入れている以外の有権者たちを全員殺せばいい。その時点で、オレの支持率は100%だ」
「なっ! 倫理観の欠如!!!」
最悪だ。このゴブリン。人間のやることじゃねぇ。……って人間じゃなくてゴブリンだった。いや、そう言う問題じゃない。
「だろうな。そういう輩が出てくることはこちらも想定済みだ。だから、2つ目の聖約だ」
二、魔王候補及びその幹部を含む有権者の殺害を禁ずる。この聖約に抵触した魔王候補は資格剥奪とする。
「資格の剥奪……」
「ふ~、これならむやみやたらに殺されないね。いや~、よかったよかった」
流石の僕も魔界の住人じゃないとはいえ、大量虐殺はよくないと思うんだよ。
そう簡単に死んでいい命なんてこの世にはないんだから。
「そうか……有権者の殺害を禁ずるか……」
デイヴィッドが何かを確認するかのように、聖約をもう一度口にする。
なんだろう。なんか手汗が……。この不安感はいったい……。
「逆に言えば、有権者じゃない連中には何をしてもいいわけだ」
スっとデイヴィッドさんがこちらに視線を向ける。
「っ!」
この胸を直接掴まれたような感覚……まさか、この人は……。
プルルルル、プルルルル、プル……。
僕のスマホが鳴る。
デイヴィッドの視線を気にしながらも電話に出る。
「ゼラか? そっちは早朝だろ? 何かあったのか?」
『うっ……う……』
うめき声か泣き声か、そんな漏れ出た声しか聞こえない。
だが、それだけでよくないことが起こっているのは分かった。
「ゼラは無事か? 他のみんなは?」
『し、白撫ちゃんが……』
「白撫? 白撫がどうかしたか? また実験ミスって爆発させたか?」
頼むからそう言ってくれ。
家吹き飛ばして寝るとこなくなっちゃったとか。それで困ってるとか。泣いてるとか。
……頼む!
『し、白撫ちゃんが死んじゃう! 早く助けて!!!!』
「なっ!」
僕は顔を上げてデイヴィッドの方へ視線を向ける。
「有権者であれば、魔王候補もその幹部も殺してはならない。じゃあよぉ、有権者じゃねぇ人間は魔王候補だろうがその幹部だろうが聖約には抵触しねぇよな?」
「まさか、君は……」
動揺する僕を見て、デイヴィッドは大きく口を開けて笑う。
「魔族がほとんどいない僕たちを全員殺すつもりなのか?」
「ふははははははは!!!! そうだ! 既にオレの作戦は開始されている」
「ダメだ。梗夜君にも竜胆にも他のみんなと連絡が取れない!」




