原初の魔法と罪封級魔法
「あなたの覚悟は分かりました。けれど、私は天使であり、勇者軍特別顧問です。このまま、はいそうですか、と引き下がることは出来ません。それにあなたから大罪魔法を回収しなければなりませんしね」
ルミエルも戦闘態勢に入る。
翼を大きく広げ、ヘイローは輝きを増す。
「ヴァルキューレシステム起動……イデアネットワーク接続……完了……申請……承認……出力制御……50%……解放」
ヘイローから天に向かって光の線が枝分かれしながら昇っていく。
それと同時に彼女の右手に凝縮された光が槍状に形成していく。
「招来せよ! 戦乙女の聖槍“ブリュンヒルデ”!」
ルミエルは全身光で構成された槍を握りしめ、構える。
「人間と天使、生物の格どころか存在の次元が違います。勝つつもりで?」
「死ぬつもりはない!」
燕時は鎖の部分は握ったまま、鎌をルミエルに向かって投げつける。
「無駄です」
キンッ!
しかし、それはルミエルに届く前に見えない壁によって阻まれた。
「“天の羽衣”か」
天使は神からいくつかの権能を与えられている。
その一つが天の羽衣。
あらゆる害ある攻撃を防ぐ絶対防御の布。
あれがある以上、燕時に彼女を傷つける手段はない。
「これは決まりきった結果にすぎません。あなたは時間稼ぎにもなりません」
どうせ攻撃は当たらない、そう高を括っている彼女は戦術、読み合い、そんなものを無視して真っ向から攻めてくる。
「さようなら」
ザシュっ!
ルミエルは躊躇なく燕時の胴体を切り裂いた。
「……………全く、本当にいやらしい手を使いますね」
ポンッ!
ルミエルが切った燕時は軽くけむりを吹き出し、その後、ただの木片に変わっていた。
「こっちだよ!」
「知っていますよ」
気づいた時には燕時の鎖鎌の鎖が腹部を捕えるように展開されていた。
あと少し、燕時が腕を引っ張れば縛り上げられる、そんな状況。
「無駄です。“天の羽衣”で全ての攻撃が無効化されます」
「じゃ、試してみようか!」
ガっ!と鎖を思いっきり引っ張るといともたやすく天使様を縛り上げられた。
「なっ!にっ!?」
そして、燕時は捕まえたルミエルを鎖が巻き付いたまま、一本背負いの要領で地面に向かって投げつける。
「舐めないでください。これくらい加護がなくとも!」
地面に叩きつけられる前に腕力だけで鎖を引きはがし、拘束を解く。
「血の気の多い女性ばかりでおじさん、少しショックだよ」
ルミエルは光の槍先を燕時に向ける。
すると、その先端部分に光の粒子が集まっていき、放たれる。
「裁きの後光“レギンレイヴ”!」
それに対処するため、燕時は印を結ぶ。
「水遁“水流壁陣”」
瞬時に形成された水の壁がルミエルの放った光線とぶつかる。
「っち!」
しかし、水の壁は光線を防ぎきれず、その後ろにいた燕時の右肩を光線が掠める。
「当然でしょう。これが天使の扱う“神秘”です。魔法はこの“神秘”を下界の生物でも扱えるように下方修正されたもの。いわば、“原初の魔法”と言ったところでしょうか」
「あいにくと、こっちが使ってるのは魔法じゃなくて、忍術なんだけど」
「変わりません。魔法も忍術も科学も人の身で扱うその全てが“神秘”に劣るのです」
「だろうね。でも、それは“神秘”を完全に引き出せたらの話だろう?」
燕時は右肩から流れる血を親指で掬い取る。
「“神秘”は強力すぎるが故、使用すれば地球環境に多大な影響を及ぼす。だから、下界での使用には制限がつく」
巻物を大きく開き、親指についた血で真一文字を描く。
「忍法口寄せの術“白虎”」
すると、巻物の中から白い毛並みの虎が顕現する。
「白虎!“白雷”だ」
「ガアアアアアアアア!!!!!」
燕時の指示に従い、白虎はルミエルに向かって、口から雷を吐き出す。
「あなたの言う通り、力に制限はかかります。ですが……」
ルミエルは光の槍を振り、その雷を叩き落とす。
「それでもまだ、私の方が上です」
「グルルルルㇽㇽガァッ!」
白虎は真正面からルミエルに飛び掛かる。
「残念ですね」
ルミエルは光の槍で白虎を貫く。
「あのような男に使役されるあなたに同情します」
一定のダメージが蓄積した白虎は霧散した。
「さて、次は…………いない?」
白虎の相手をしている間に燕時の姿が消えていた。
「逃げた? いいえ、あの男の場合、それはあり得ませんね」
ルミエルは周囲を見渡し、燕時の姿を探す。
その時、やけに空が暗いことに気が付いた。
「あれは雷雲……」
空を見上げると黒い雲が立ち込めていた。
「あれは彼の忍術? ですが、当の本人がどこにもいませんね。っ! 見つけました。ですが、なぜあんな遠くに?」
燕時は黒雲がかからない、晴れている場所にあるビルの上に立っていた。
「“神秘”は強力だ。たとえ制限があったとしても。だが、その制限のおかげで、僅かばかり手を届かせることが出来る。よーいどんで一斉に放てば“神秘”が勝つ。でも、力を集めて放出すれば、一つ上の次元に半歩近づける!」
「何をするつもりか分かりませんが、止めます!」
ルミエルは何やら準備をしている燕時めがけて、光の槍を投げつける。
「…………ふっ」
燕時は不敵に笑った。
「土遁“夢魔鏡”」
地面から巨大な鏡が出現する。
「“神秘”って言っても、あなたが使うのは光属性。その性質だけは変わらない」
「しま……っ!」
光の槍は鏡に触れた瞬間、軌道を変え、空高く打ちあがる。
そして、それは黒雲に吸い込まれる。
「防御を……!」
ルミエルは咄嗟に羽を前に持ってきて盾にする。
「遅い!」
ルミエルの“神秘”を吸収した黒雲がそのエネルギーを碧い雷に変換される。
「幻想級忍法・雷遁“天御雷”――」
黒雲に溜まった雷撃がルミエルに降り注ぐ。
「――“碧轟”!!!」
青緑の雷が白い羽を焼き焦がしながら、ルミエルを撃ち落とす。
「はぁはぁ……ルミエル様と戦ったらって話……先輩が良くしてたんだよねぇ~。上手くいってよかった……よ」
最後の忍術に全ての体力と精神力を詰め込んでいたため、燕時は既に満身創痍だった。
「これでピンピンしてたら、おじさん泣いちゃう」
「誰が、泣いちゃうですって?」
「っ!」
燕時が後ろを振り返ると、そこには傷一つない綺麗なルミエルが立っていた。
「服に汚れもないのは流石に傷つくなぁ……」
「残念ですが、ここまでです」
ルミエルは手にした光の槍を燕時に突き立て……。
「! それは!」
しかし、燕時の手を見てルミエルの動きが止まる。
彼の手には一冊の本が開かれていた。
――大罪魔法。
それは当然ルミエルも警戒はしていた。
発動のための魔力調整には時間がかかるため、その隙を与えないよう間髪入れずに攻撃を仕掛けていた。
けれど、それでも彼は戦闘中に魔力調整を終えていた。
「この国を滅ぼすつもりですか!」
クルスに対しても時間をかけて魔力調整をしていた。
しかし、本来であれば大罪魔法の発動にそこまで時間をかけて魔力調整をする必要はない。
では、何のためか。
それは被害を抑えるためだ。
大罪魔法は特殊な魔法であるため、一般的な魔法階級とは別の分類がなされている。
罪封級魔法。
その規模は天冠級に匹敵すると言われる。
魔力調整をし、規模を縮小させる。
特に燕時の持つ怠惰の大罪魔法は扱いを間違えれば、容易に一国を滅ぼしかねない代物だ。
だから、ルミエルは焦った。
戦闘中の魔力調整などたかが知れている。
中途半端な制御では日本という島国が地図から消えかねない。
「そこまでビビるなら、止めたらどうです? 出来ればだけどね」
「っ!」
突如として横からの強い衝撃を受け、ルミエルはたまらず吹き飛ばされる。
「こ、これは……」
体勢を立て直し、顔を上げるとそこにはルミエルと吹き飛ばした猪の姿があった。
それだけではない。
先ほど倒したはずの虎をはじめ、蛇や龍、馬など計12種の動物たちが燕時を守る様にルミエルを円形に囲む。
「幻想級忍法・口寄せ“天盤十二神将――方合会局”」
ルミエルは小さく舌打ちをする。
虎単体で呼び寄せたときよりも一体一体の能力が跳ね上がっている。
これが燕時の忍術。
会局とは占術などにおいて十二支が特定の組み合わで揃うことでエネルギーや性質が向上すること。
燕時はこれを忍術に転用することで、口寄せした動物たちの能力を底上げしている。
当然、発動には厳しい条件が課せられる。
一定の間隔で一定の位置に十二種の印を刻まなければならず、攻撃対象をその中心に配置する必要がある。
ルミエルとの戦闘中、魔力調整と並行して印を刻み、彼女を特定位置までおびき寄せたのだ。
ルミエルは十二体の動物たちの対応に追われ燕時の元まで近づけない。
その間に燕時は詠唱を開始する。
「――それは不死鳥。永遠の時を持つもの。
――それはウルスス。美しかったもの。
――それはタウルス。怪物にして神聖なるもの。
――それはエクゥス・アシヌス。愚鈍なるもの」
大罪魔法とはその名の通り大罪に由来した効力を持つ魔法。
燕時の持つ大罪魔法は怠惰。
この魔法によって生み出された鎖に触れたものは堕落させる――鎖に触れたあらゆるものの運動を奪う。
生物の動作はもちろん、物質を構成する分子の熱運動すらも著しく低下させる。その結果、対象は急速に熱を失い、凍結したかのような状態に陥る。
以前、クルスに対しこの魔法を使った際は神経信号の伝達を鈍らせるだけにとどめていた。
しかし、今回の相手は天使。前回ほど手加減する必要はない。
「――それは誰しもが抱く、抗うことなき倦怠。
――それは歩みを止める鎖。
――それは意思を鈍らせる枷。
――人よ眠れ。獣よ膝をつけ。神よ玉座を降りよ。
――すべてを堕落へ導く腐朽の鉄鎖」
詠唱が完了し、魔導書の黒き光が輝きを増す。
「“怠惰の鎖”」
魔導書から解き放たれた無数の鎖がルミエルを襲う。
ルミエルは羽を羽ばたかせ、懸命に鎖から逃れようとする。
しかし、伸びた鎖は周囲の空気を凍らせていき、ルミエルの退路を塞いでいく。
「仕方ありませんね。これだけは使いたくなかったのですが」
ルミナスの背に二十の槍が顕現する。
それらすべてが正面の一点に矛先を向け、光を収束させていく。
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主、その栄光は全地に満つ――」
一つに束ねられ、増幅された白き光が無数の鎖に向かって打ち放たれる。
「“熾天使の息吹”」
腐朽の鉄鎖と聖なる白光が衝突する。
どちらも譲らず押し合いになる。
しかし――。
「っく、やはりダメですか」
怠惰の鎖の効力によって白光は徐々に空中分解していき、押し返され始めた。
「はぁ、この場は負けを認めましょう」
ルミエルはゆっくりと瞳を閉じる。
同時にルミエルが放った光は霧散し、怠惰の鎖によって体を拘束されてしまった。
「それで、何ですか? これからセクハラでもするんですか?」
燕時が大罪魔法の能力を抑え、体に力が入らない程度にとどめていた。
そのため、ルミエルの口だけは達者にまわる。
「いくら熟女好きでも千歳以上年上はちょっと……」
「どうしてこういう時ばかりまともな反応になるのですか。はぁ、まぁいいです。それで私を生け捕りにして何をさせたいのですか?」
「少年のことを勇者軍に黙っててもらいたい」
「別にいいですが、いずれバレますよ」
「じゃ、しばらく手を出さないようにしてもらいたい。特に総督ちゃん《・・・・・》にはね」
「分かりました。手回しはしておくので拘束を解いてください」
「あ、ごめん。あともう一個」
「なんですか。とっとと済ませてください」
「少年の陣営に入ってくれないかな」
「は?」
ルミエルは天使であり、勇者軍の特別顧問をしている。
魔族側に寝返ることなどあってはならない。
「少年は人間だよ? なら、魔族側に寝返ることはないと思うけど?」
「だとしてもです。魔王候補には変わりありません」
「だから、こっちも条件を出す」
燕時は魔導書を閉じ、怠惰の鎖を解除する。
「どういうつもりですか?」
ルミエルは燕時から差し出された魔導書に視線を落として問い詰める。
「これを勇者軍に返す。その代わりとして、ルミエル様が少年に手を貸すって話です」
「!?」
ルミエルは逡巡する。
大罪魔法の損失は人類にとって大きな意味を持つ。
本来、人類と魔族の間には大きな戦力差がある。
魔力量が大きな要因ではあるが、身体能力だけを見ても人類は劣っている。
その戦力差を埋めるために魔法学の祖、アルバス・エルドリッジが開発したのが七つの大罪魔法だ。
たった七つの魔法だが、それだけで千年近くもの間、魔族との均衡を保つことが出来たのだ。
その一つが勇者軍の元を離れたとなれば、人類側が魔族に滅ぼされるのは時間の問題だ。
しかも、怠惰の大罪魔法は先日の魔王候補同士の争いで勇者軍から離れていることを魔族側に知られている恐れがある。
だから、ルミエルとしては一刻も早く燕時の持つ大罪魔法を回収し、次の使い手を探し出さなければならない。
人類の未来を思えばこそ、ルミエルの取れる選択肢は限られている。
「分かりました」
ルミエルは燕時から魔導書を受け取る。
「ですが、まだ入ると決めたわけではありません。少し様子を見させていただきます」
「うん、それでいいよ。どうせ気に入るから」
燕時の憐太郎に対する評価が高いことにルミエルは少しばかり気になっていた。
これはそれを確かめるためでもある。
「では一度、勇者軍に戻ります。大罪魔法の返却と総督への根回しのために」
ルミエルは魔導書を抱えて、飛び立っていった。
彼女の背中が見えなくなるのを確認してから、燕時はその場に倒れ込んだ。
「さすがに天使様。限界だぁ~」
気力体力魔力、全てを使い果たした燕時には立っていることさえしんどかった。
「けど、これでおじさんの理想に一歩近づいたかな」
燕時はそのまま深い眠りにつくのだった。




