やりたいこと
――7年後。
「やあ、少年。今日からボクは30代突入しちゃったよ。もうおじさんだよ~」
「……そうですね。では、次の任務がありますので」
燕時はそう素っ気なく返答する。
――――――足りない。まだ足りない。
――さらにその1年後。
「聞いてよ、少年! おじさん、ついに娘が出来たんだ! 可愛いぞ~」
「……おめでとうございます。これから任務がありますので、お祝いはまたの機会に」
疲れ切った表情の燕時はフラフラした足取りでその場を去る。
――――――もう少し。もう少しなんだ。
誰も先輩を推薦しないのなら、私が勇者パーティに入って、あの人を勇者にして見せる!
凌也の野望を聞いたあの日から、燕時は勇者パーティに入る為、無茶を覚悟でひたすら任務をこなしていた。
その無理は誰が見ても明らかだった。
体はボロボロ、まともに寝ていないせいか顔色は悪い。
心配して、凌也が声をかけるが、「大丈夫です」の1点張り。
そして、燕時のその無謀が認められたのは彼が35歳になった時。
彼は風真本家に呼び出された。
「風真家頭首の座を捨てると聞いた時は我々も驚かされた」
そこには風真家の上役5名が燕時の前に腰かけていた。
「だが、我々としても勇者パーティに風真家の人間を忍ばせられるのは僥倖である」
「……はい」
「お主の評判はこちらでも聞き及んでおる。文句なしの成果だ」
「しかし、このままお主を勇者パーティに入れることに疑問を持つ派閥がいることも理解しておるな?」
「そこで、その者たちを納得させるためにある依頼をこなしてもらいたい」
「彼らからの仕事だ。なに、そんな難しいものではない」
「勇者軍に魔族と内通している者がおる。そやつを暗殺しろ」
その日の夜。
内通者が密会する場所と時間の情報を風真家から貰い、その場で待ち伏せをしていた。
しばらくすると、勇者軍の軍服を着た女性と黒い羽の生えた魔族がやって来た。
2人が情報のやり取りをし、他に人が来ないことを確認した燕時は一瞬にして2人の首を跳ね飛ばした。
その後、誰にも気づかれないように首だけを回収し、その場を去る。
「よし、これで……」
内通者を暗殺したことを報告し、燕時は正式に勇者パーティへの配属が決まった。
「先輩! ついにやりました! わた、し……は……?」
いつものように執務室へ向かったが、そこに凌也の姿はなかった。
「先輩、どこに……?」
燕時は勇者軍本部内をくまなく探す。
「あ、やっと見つけました」
本部から少し離れた丘の上。そこに凌也は1人で立っていた。
「先輩、こんなところで何をしているんですか?」
「……ん、ああ、少年か」
もう少年じゃないです。そう言い返そうとしたが、凌也の瞳から流れる涙を見て、それを飲み込んだ。
視線を少し下に向けると、そこには誰かのお墓があった。
「すみません、お墓参りの最中でしたか」
「いや、気にしなくていいよ」
「大事な人だったんですか?」
「嫁の墓だよ」
「え、亡くなっていたんですか。すみません……そうだとは知らず」
凌也が結婚していたことは知っていたが、相手がすでに亡くなっていたことを知らなかった燕時は頭を下げた。
「知らなくて当然だよ。だって、おじさんも知ったのはついさっきだからね」
「…………え?」
「昨日の夜、何者かに殺されたそうだ」
「…………っ!」
その瞬間、ぶわっと嫌な汗が噴き出る。
――――違う違う! そんなわけない!!!
最悪な予感が頭をよぎる。
「ここは戦争の最前線。人の死には慣れていると思っていたんだけどね」
凌也がロケットに入った写真を見つめながらそう呟く。
燕時は否定したかった、自分の脳裏に浮かぶこの最悪の結末を。そのためにそっとその写真を覗いた。
「……あ、……あぁ…………」
現実を突きつけられた燕時は倒れるように膝をつく。
「ご、ごめんなさい……先輩……わ、たし……は……」
「少年?」
「……私はまた、間違ってしまったのですね…………」
「なんの、話だい?」
「風真家では一人前の忍者になる為の試験があるのです。それは育ての親である師匠の暗殺。それが成せれば実戦に投入されます。逆に成人までに達成できなければ、才能なしと判断され処分されます。風真家の子はみな、生きるために親を殺すのです。
長い魔族との戦争の中、世界はより強い兵士を欲している。だから、このようなことは風真家だけでなく、世界中どこでも行われている。
それが間違いだと分かっていても、私ではどうすることもできなかった。
でも、先輩がこの世界を変えてくれるならと、期待して。そして、急いてしまった。
そのせいで、過ちを犯してしまった。
そうですよね。暗殺対象のことくらい事前に調べますよね。
私はそれを怠ってしまった。
……違いますね。わざと調べなかったのです。相手のことを知ってしまったら、躊躇ってしまうから」
燕時は地面に頭を叩きつける。
「先輩の奥さんを殺したのは私です」
「…………そうか」
凌也は小さく呟き、燕時の頭に手を置いた。
「話してくれてありがとう。なら、少年のためにも絶対勇者にならなきゃな」
そう言って、笑っていた。
「さて、そろそろ戻らないとな。天使様にまた怒られちゃうな」
そして、何事もなくその場から去ろうとする。
それが辛くて、苦しくて、耐えられなかったから。だから、燕時は自分の心臓に向かってクナイを突き刺そうとした。
「っ!」
しかし、寸でのところで凌也がクナイの刃を掴んで止めた。
「それだけはダメだ」
凌也の手から血が流れ落ちる。
「妻を殺したことは目をつむろう。だが、死んで逃げるのだけは許さないぞ」
その直後、凌也は血を吐いて倒れた。
「先輩! げ、解毒薬を……!」
燕時の武器には全て毒が仕込まれている。今のクナイも例外じゃない。
燕時はその解毒薬を凌也に渡そうとするが。
「あ……」
敵に取られては意味がないと、いつも解毒薬は持ち歩いていなかった。
「へ、部屋に行けばありますから!」
燕時は凌也を背負い宿舎へ向かう。
「……いいか、少年。もし、おじさんがこのまま死んだとしても、後を追うな」
「心配いりません。先輩は死なせませんから」
「いいから、聞け」
キュッと燕時の肩を掴む。
「やりたいことがあるなら、生きるべきだ。少年」
「それは前にも言いましたが、私にやりたいことなんて」
「この世界を変えたいと思っていたのだろう? その為に無茶して勇者パーティに入ったんじゃないか」
「違います。あれは先輩を勇者にするために……」
「おじさんを勇者にして見たかった景色があったんだろう?」
「でも、それは先輩がいなければ叶いません」
「やると決めたのなら最後まで諦めるべきではないよ……男の子だろ?」
「勝手なこと言わないでください!」
それから凌也は何も言わなくなった。
「先輩! 聞こえてますか! 先輩!!!!!!!」
喉が張り裂けそうなほど叫ぶが、返事はない。
「なんですか……先輩。なんで何も言わないんですか。また二日酔いですか? 今日はちゃんといろはす持ってきてますよ。だから、返事をしてくださいよ……先輩……」
そして、3年後。燕時が勇者パーティを追放され、日本に来てすぐの頃。
「人払いの結界? ここ日本なのに、なんだ? 面白そうだし、酒のつまみに覗いてこ~」
燕時が訪れたのは川越の住宅街。
中立国である日本で人払いの結界が使われることはほとんどない。だから、それに気づいた燕時は野次馬根性でその結界内に入っていった。
「え? あれってセレスティアナイト家の王女様じゃない?」
そこには両手足を拘束されたメイと3人の魔女がいた。
「思いがけず、大物発見。この情報どこに売ろっかな~」
その光景を見て、燕時には助けるという選択肢はなかった。
だから、面白半分で見ていた。対岸の火事として、自分とは関係ないものとして。
けれど。
―――やりたいことがあるなら、生きるべきだ。メイ。
メイを助けるように割って入った憐太郎。その姿にかつての上司が被って見えた。
「…………竜胆先輩?」
燕時が惹かれるにはそれだけで十分だった。
――初めて彼を見たとき、夢を見てしまった。
―――魔王の娘を連れてきたとき、期待してしまった。
――――ハートの魔王候補と戦ったとき、確信してしまった。
「少年なら、きっと、この千年続く人間と魔族の戦争を、終わらせられる」
「何を言っているのですか! 私は千年間ずっと見てきました。それは叶わないのです。歴代の勇者たちは誰もそこへ辿り着けませんでした。そして、それはあなたの慕う先輩も同様です」
「そうだね。でも、千年出来なかったからと言って、明日出来ないとは限らないよ」
「っ!」
燕時は巻物から鎖鎌を呼び出し、構える。
「これが今のボクがやりたいことだよ」




