消えない記憶
――川越市内上空。
白い4枚の羽をはためかせルミエルは空を駆ける。
「だいぶ、騒がしいですね。さて、主犯は…………っ! この魔力は!」
空から川越市内を俯瞰していたルミエルが闇の魔力を感知する。
「こっちの方ですね」
駅から少し離れた田園で憐太郎たちを見つける。
「あそこに倒れている少女は、竜胆の娘? と、あれはオイル社! あの問題児たちも関わっているのですか! この街は一体どうなっているのですか!?」
真澄とサクヤを含めたオイル社の人たちを見て、ルミエルは頭を抱える。
「そして、一番の問題はあの少年ですね」
彼女の視線の先には肩から闇の魔力を放出している憐太郎の姿があった。
「彼は病院で見た顔ですね。まさか、魔王候補だったとは。人間で魔王候補、どうりでクローバーだけ見つからないはずです。……これは日本への勇者軍増員を考えた方がいいでしょうか? いえ、色々考えるのは彼らを捕えてからにしましょう」
ルミエルは憐太郎めがけて勢いよく滑空していく。
「!」
が、目の前に一本のクナイが行く手を遮るように飛んできたため、急停止する。
「誰ですか!?」
ルミエルはクナイが飛んで来た方へ睨みつける。
「へいへい、そこおねえさん。おじさんとお茶してかない?」
軽薄そうなセリフを吐くのは、電柱の上に立つ甚平を羽織った男。
「……なぜ、あなたが邪魔をするのですか。風真燕時」
燕時の姿を見て、ルミエルは小さくため息をついた。
「勇者軍を追放された腹いせですか?」
「おじさんがそんなことする人に見える?」
「少なくとも人には見えませんね」
「あ、そもそも人として扱われてなかったんだ」
「軽薄そうな男は嫌いです。彼のような……なるほど、竜胆真澄ですか。あなたが私を邪魔する理由は」
「それも理由の1つではあるけどね~」
「なら、あなたがもっと早く手助けしていればよかったではないですか。そうすれば、このような事態にならなかったはずです」
「おじさんにそんな資格はないよ。それは君が一番知っているじゃないか」
「…………」
「先輩を……あの子の両親を殺したこの手じゃ、救えない」
「……まだ気にしていたのですね」
「心の傷が癒えることはないさ。それが人間だからね」
「では、このまま彼女を見殺しにするのですか? あそこにいるのは秩序の破壊者ですよ」
「そこは心配いらない。面白い少年に会ったんだ」
「少年? ……まさか! あなた!」
真澄、オイル社。彼女たちの傍にいる少年と呼べる人物はたった1人。
「元とは言え、勇者パーティに属していた人間が魔族側につくと言うのですか!!」
「仕方ないじゃないか。先輩と同じセリフを言う少年に、希望を抱いてしまったのだから」
――――23年前。風真燕時、14歳。
燕時が勇者軍に入隊した日。
彼は配属される部隊の宿舎に向かっていた。
「た、たすけ、て……」
その道すがら倒れている男性に出くわす。
軍服を着ていることから同じ勇者軍であることだけは分かった。
「…………」
しかし、燕時はその男性を無視して通り過ぎようとする。
「待ってくれ、そこの少年」
そんな燕時の軍服を倒れた男性が掴んで、止めた。
「み、水持ってない? ふ、二日酔いで……」
「……これでよければ」
燕時は小さくため息を吐き、仕方なしといった表情で鞄に入れていた水筒を手渡す。
「ごくごくごく、ぷはー! 水、うまー! これいろはす?」
「いえ、違います」
「え、そうなの? じゃ、次からはいろはすにして。ボクそっちが好きだから」
「はぁ」
どうせ次などないと思いつつ、燕時は空返事をする。
「っと、挨拶がまだだった。ボクは竜胆凌也。よろしくね、少年いや、――――風真燕時君?」
「っ! 何故、私の名を知っているのですか?」
「さっき掴んだ時に入隊証を拝借させてもらったよ」
そう言って、凌也はその盗った入隊証を見せびらかす。
「諜報部に入隊するのにセキュリティ意識が低いぞ~? あ、ちなみにボクが君の教育係になってるから。先輩、って呼んでくれていいからね?」
初対面にして、燕時はすでにこの人のことが嫌いになっていた。
「はぁ……」
そして、この先の勇者軍人生を想像して、大きくため息をつくのだった。
「少年~、お酒買ってきて」
「やあ、少年。これから、カジノに行かないか?」
「昨日、医療部隊に入った新人の子、可愛くなかった? 少年は誰がタイプ?」
こんな感じで凌也は毎日のように燕時にダルがらみをしていた。
「先輩、遊びすぎです」
燕時は諜報部の執務室で横になっている凌也を嗜める。
「えぇ~、別にいいじゃん。やることはやってるし」
「それは……そうですが」
仕事は真面目にこなしている。いや、他の人以上に成果を出しているため、そこに関してだけは、燕時は何も言えなかった。
「で、少年はそれ、何してるの?」
「武器に毒を仕込んでいるんです」
「殺意たっか! そこまでしなくてもいいでしょ」
「ダメです。もし、急所を外したら、情報を持った敵に逃げられてしまいます。確実に殺しておかないと。情報を漏らさないようにするのも諜報部の役目ですから」
「はぁ~、少年は真面目過ぎるんだよ。もっと、緩くいこ。そんなんじゃ、将来、頭首になった時、誰もついてこないよ?」
燕時は忍者の名門、風真家の次期頭首候補として名前を連ねていた。
神童と呼ばれ、その実力を買われ14歳と言う若さで勇者軍に入隊した。
「それにさ。やりたいことがあるなら、やるべきだよ。じゃなきゃ、生きてる意味なくない?」
「私は別にやりたいことなんてありません」
「え? 頭首とかも? 別にやりたくないってこと?」
「やれと言われればやります。命令にただ従うのみ、それが忍者ですから」
「つまんないねぇ~。よし、じゃあ、これからボクと一緒にやりたいこと見つけよう」
「ですから……」
「なら、上官として命令する」
「…………」
「それなら従うんでしょ、少年?」
「……はぁ。分かりました、考えておきます」
「やったやったぁー。ちなみに、ボクのやりたいことは……」
「どうせ、酒とギャンブルと女性ですよね」
「ま、それもそうなんだけど。それは一番じゃないかなぁ」
「石油王にでもなるんですか?」
「それもやってみたいなぁ。でも、現状はとりあえず、勇者になりたいかな」
「…………子供、ですね」
「えぇ~、みんなの憧れでしょ? 誰でも夢見るじゃん」
「ですから、その夢が子供と言っているのです。サッカー選手になりたい、パイロットになりたい、それと同じですよ」
「でもー、勇者になる為の試験に年齢制限ないじゃん?」
「名目上は、です。勇者になれば星属性を与えられます。その魔力になれる期間を考えたら、幼少期の子供に与えた方が、圧倒的に効率がいいです。実際に千年間ずっとそうじゃないですか」
「いいかい、少年。千年同じだからと言って、明日も同じとは限らないんだよ」
「そうですね。明日、特別顧問のルミエル様がいなくなれば、あり得るかもしれませんね」
「でしょでしょ」
冗談で言ったにもかかわらず、肯定してくる凌也に燕時は呆れていた。
コンコンコン。
その時、執務室の扉がノックされる。
「やべ!」
その音を聞いた瞬間に、凌也は逃げるように窓から飛び出した。
「失礼します。竜胆凌也はいますか?」
執務室に入ってきたのは今しがた話題に上がったルミエルだった。
「窓から出ていきました」
「……、あ、あの男……。危機感知能力だけは本当に高いですね……」
ルミエルは痛む頭を抑える。
「ルミエル様、何かあったのですか?」
「また、医療部隊の女性たちからクレームがありました」
「…………後でこちらから謝罪を入れておきます」
凌也が問題を起こし、燕時がその後始末をする。
そんな日常が続いたある日。
勇者試験が開催され、そこで凌也は受験者の中で最高成績を叩きだした。
「おめでとうございます、先輩。これで人類滅亡が早まりました」
燕時は皮肉を込めてそう言ったが、凌也はそれにツッコむことはせず、黙って成績通知書を燕時に渡す。
「? ……え、これって」
首を傾げつつ、その通知書を見た燕時は驚きを隠せなかった。
「ふ、不合格って……先輩の成績はどの候補生よりも高かったはずじゃ……」
「ネットで公表されている結果には細か成績は出ていないから、少年が知らなくても無理はない。前期の試験もね、ボクがトップだった。でも、結果は少年の知る通りさ」
「な、なんでですか?」
「試験だけでなく、現勇者パーティからの推薦も必要なんだ。たった1人だけでいいんだけどね。だけど、誰一人ボクを推薦してくれる人はいなかった」
「でも、成績は……」
「関係ないよ。だって、他の受験者はみんな、10歳に満たない子供。そんな中、23の男がいれば、成績なんて当たり前のようにトップになる。だから、ボクが正当に評価されるのは難しいんだよ」
「……それが分かってて、どうして勇者にこだわるんですか?」
「決まってるじゃないか。やりたいことをやるために必要だからさ」
「勇者になることがやりたいことではないのですか?」
「違うよ。勇者って言うのはね、通過点であってゴールではないんだ」
「じゃあ、一体……」
「それはね―――――――――」
「……なっ!」
それを聞いて、燕時は絶句した。
「……そんなこと不可能です。例え勇者になれたとしても無理です」
「出来る出来ないじゃないんだよ。ボクがやるって決めたんだ。だから――やるんだよ」
「どうして、そこまで……」
「世界を救うのに、理由なんていらないよ」
その時の凌也の表情を、燕時は決して忘れることはないだろう。




