僕とプリムラ
「はぁはぁはぁはぁ、もう無理。もうマジで動けない、キッツ……」
その日の夜。疲れ果てた僕はベッドに倒れこんだ。
クリスタと戦った時、あの覚醒モードでの動きに体がついて行かず、全身バキバキの筋肉痛だ。明日とか絶対学校にいけない。明後日も行けない。後、今後もずっと行けない。
「あ~………このまま…………眠む…………」
「おっきてー!!」
「ごふっ」
いい具合に眠れそうな瞬間を邪魔するようにプリムラが僕の上に飛び乗って来た。
「なにすんだー!!」
「うきゃー!」
プリムラをひっぺ返し、枕を叩きつける。
「起こすならもっと優しくしてよ! こっちは全身筋肉痛なんだから!」
「こんな感じ?」
「それエロ漫画!!!!!!!」
プリムラが見せてきたのは幼馴染の女の子が朝、寝ている男の子にエッチないたずらをしようとしているシーンだった。
「何でもってんの!?」
「委員長が貸してくれたよ?」
「淫乱風紀委員!!!」
「でも、週刊誌だよ?」
「じゃ、大丈夫だね。――とはならないんだよ! 返してきなさい!」
「でもでもぉ、委員長がこれを読めば今後の生活に役立つって」
「実生活で役立つことなんて何一つないフィクションだよ!」
「そうなの? けどね、委員長にさ。今日からレンタローんちに住むって言ったら渡されたよ?」
「なんでその流れでその漫画を渡す委員長はやっぱりろくでも……え? 今なんて言った?」
「ん? 今日からレンタローんちに住むって」
「はぁ!?」
「あーしはレンタロー専属のコンサルタントだよ? 住み込みって契約に書いてあったと思うけど?」
「コンサルって何かの冗談じゃなかったのか!?」
「え~? あーしそんなこと言ってないけど?」
「マジかよ……」
魔王候補関連で適当な口実で僕に接触してきたんだと思ったけど、そうではなかったのか?
「って! そうだ! 魔王候補! あんな目に会ったんだ。ちゃんと説明してもらうぞ!」
「お、やる気満々だねぇ」
「違う! また訳も分からずに巻き込まれるのがごめんだって話だ!」
「ん~でも説明って言ってもあらかた伝えたと思うけど?」
「まさか、あれで説明責任を果たしたつもりなのか?」
プリムラによって魔王の魔力を覚醒させられた後、その使い方を付与魔法で付与された。
その際、魔王候補についての情報も脳内に付与されていた。
だから、僕も今朝よりは状況を把握できている。
五十年に一度、次期魔王を決める魔王選定戦が行われる。
時期が近付くと魔王の魔力を持った子供が四人生まれる。
その四人が魔王候補と呼ばれる。
体にはトランプの模様を模した痣が刻まれる。
僕の場合は右肩にクローバーの痣がある。
そして、トランプになぞられる様に各スートにはナンバーズと呼ばれる12人の守護者が定められる。
クリスタの場合はハートの2《デュース》といったように番号が与えられる。
魔王候補たちは各自でその守護者たちを集め、魔王選定戦を戦い抜き、生き残った者が魔王となる。
僕がエンチャントされて知った情報はこのくらいだ。
「人間である僕が魔王候補に選ばれた理由とか、プリムラの目的とか、他にもいろいろ分かんないことだらけなんだぞ」
「そんなこと言ったってー。あーしでも知らないことは知らないんだもーん」
「コンサルタントは何でも知ってるんじゃなかったのか?」
「あはー! それ言っちゃう~?」
どこまでもとぼけた奴だ。
「そんなこと言っても、レンタローが魔王候補に選ばれた理由なんてあーしは知らないもん。神様が適当に決めたんじゃない? あみだくじとか」
「かみぃ~? そんなものいるわけないじゃん」
「そうでもないよ? 勇者軍には神から遣わされた天使族がいるしぃ~、あとは魔王に選ばれた人には神と謁見する機会が与えられるって噂もあるみたいだし?」
「んじゃなに? 僕はそのいるかもわからない神を恨めばいいの? この最悪な展開に巻き込まれるようになった憎悪をぶつければいいの?」
「ま、恨んだところでレンタローが魔王候補であることは変わんないんだけどね~。あはは」
「笑い事じゃないって! だいたいプリムラの目的は何なんだよ! コンサルタントとか適当なこと言って僕に近づいて来たのはさ」
「乙女の秘密を探っちゃダメなんだぞ?」
「まじめにやってくれ! こっちは真剣なんだぞ!」
「はいはい、真面目にね。じゃ、こっちかな」
そう言ってプリムラは指をパチンと鳴らす。
すると、プリムラの容姿が徐々に変化していく。
派手だった金髪は銀色に変色していき、締まりのないヘラヘラ顔もキリッとした鋭い瞳に変わっていく。
手足も段々と伸びていき、その姿はほとんど別人。
「これが私の本当の姿だ」
声質すらも全くの別人になっていた。
先ほどまでの舐め腐った喋り方ではない。変な緊張感がそこにはあった。
「もしかして魔法? でも、プリムラの魔法は付与魔法だろ? 変身魔法なんて使えるのか?」
魔法の属性は生まれながらに一つと決まっている。
火なら火、水なら水。その系統の魔法しか扱うことが出来ない。
プリムラは付与系統の魔法しか使えないはずだ。
「疑似人格や仮装を付与する魔法だ」
「そんな魔法聞いたこともないよ」
「だろうな。これは私が開発した付与魔法だ」
「開発……?」
さらっととんでもないこと言わなかったか?
魔法が研究しつくされた現代では、新しい魔法を発表するだけで莫大な報奨金が貰える。
それこそ一生遊んで暮らせるレベルのものだ。
「私の正体を知られるわけにはいかないからな。仮の姿で動くしかなかったんだ。それでもハートの魔王候補には勘づかれているようだがな」
「プリムラって何者なの? もしかしてすごい家柄とか?」
「むしろその逆だ。とはいえ、そこはさほど重要なことではない。私がなぜ憐太郎の元に訪れたのか。まずはそこから話すとしよう」
プリムラは無遠慮に僕の机の上に座り込み話し始めた。
「私の目的は憐太郎を魔王にすることだ。だが、今の憐太郎はまだ魔王の魔力を覚醒させておらず、扱えない。そんな状態で他の魔王候補に見つかれば、魔王選定戦前に暗殺される恐れがあった。だから、私は姿かたちを変え、憐太郎と接触することにした」
「それがコンサルタント?」
「そうだ。そして、魔王選定戦までに憐太郎を使い物になるよう教育していく予定だったが、クリスタに補足されてしまった。仕方なく予定を早めて憐太郎を強引に使い物になるようにした」
「強引にって……。あれ僕死ぬ可能性あったんだよね? しかも勝手に寿命使われたし。プリムラが戦うんじゃだめだったの?」
「憐太郎が一人で戦えると見せつける必要があった。でなければ、私が傍にいないタイミングを狙われるだけだからな」
プリムラの言うことには一理ある。
色々めちゃくちゃやってくれちゃってるところはあるけれど、一応僕のことは考えてくれているみたいだ。
なら、気になることはあと一つだけだ。
「プリムラはどうして僕を魔王にしたいの?」
魔王に仕える魔女ともなれば将来安泰といってもいい。
地位や名声、富など欲しいがまま。
けど、今の彼女を見ると、そのどれも興味がなさそうに見える。
金や地位なんかのために戦うタイプには見えない。
だからきっと、彼女なりの理由があるのだろう。
「それはまだ言えない」
「僕に信用がないから?」
「違う。だが、まぁこれだけは確実に言える。たとえどんな手を使っても憐太郎を魔王にする」
彼女のその言葉に嘘はない。
直感でそう確信した。
だから僕もちゃんと伝えようと思う。
「――僕は、魔王にはならない」
プリムラは僕を魔王にするために。
僕は魔王にならないために。
そんな、僕とプリムラの妙にかみ合わない物語が始まった。




