魔女王降臨
メイさん? なんで?
僕は真っ赤に染まったリリアナを抱きかかえながら、頭の中がぐちゃぐちゃになるのを感じていた。
だって、さっきまで捕まっていたはずじゃ。
今飛んできたのはなに?
どうしよう、リリアナはこのまま死んでしまうのか?
一度に起こったことが多すぎて理解が追い付かない。
「憐太郎。落ち着け」
プリムラに肩を叩かれ、呼吸が止まっていたことに気が付いた。
一度大きく息を吸い、ゆっくり吐く。
「もう大丈夫。ありがとう」
脳に酸素が行き渡り、少しずつ冷静さを取り戻す。
「あれはメイさん……じゃないよね」
改めて目の前に立つ女性を見ると、間違いなくメイさんだと分かる容姿だ。
けれど、雰囲気がどことなく違うと思わせる。
「よく分かったな。人間よ」
メイさんの声で、まったく別の誰かがしゃべっていた。
「あれはいったい誰なんだ?」
答えを期待したわけではない独り言に近い、問い。
意外にもそれは彼女自身の口から発せられた。
「クルス・ルインズワース・セレスティアナイト。魔女王と行ったほうが通りがいいか?」
聞き覚えのない名前。
けど、魔女王と言われれば嫌でもその正体に気づく。
「メイさんの母親か?」
「誠に残念だがな。こんな出来の悪いのが娘だとは思いたくはないが」
「一体なんでこんなことをするんだ!」
他にもいろいろ聞きたいことはあった。
メイさんの体に入っているわけとか、メイさんは生きているのかとか、ホムンクルスを作ろうとしていたのはあんたなのかとか。
けど、今はそれらはどうでもよかった。
自分の腕の中にいる彼女に対する扱いに憤りを隠せなかったからだ。
「当然であろう? 人間など手を組もうとしたのだから。魔女の風上にも置けない。これは罰だ。彼女には昔からそう教育していたのだけれどね」
クルスは退屈そうに自分の爪を眺めていた。
「だからって、殺そうとする必要はないじゃないか!」
「当たり前だろう。だから、急所は外してある」
吐きそうだ。
ここまで嫌悪感を抱く存在には初めて会った。
こんなのが魔女の長だなんて、リリアナがあんな風に育ったのも納得だ。
「あんただけは絶対に許さない。メイさんを返してもらうぞ」
「下等種族の分際で生意気な。どのみち貴様のような魔王候補はここで殺すがな」
クルスはメイさんの右手を高く上げ、振り下ろす。
「“海竜の叛乱”」
すると地面から膨大な海水が噴き出し、高波となって僕たちを襲う。
「なっ!」
周囲一帯を飲み込もうとする大規模魔法に足が動かなかった。
いや、例え動けたとしても回避は不可能。
咄嗟にリリアナを庇って強く抱きしめる。
いつもこうだ。
肝心なところで僕は役立たず――。
「“青の弾丸”」
いつものように諦めかけたとき、聞きなじみのある声に顔を上げる。
すると、青い炎が高波と衝突し、膨大な水蒸気が発生して辺り一面白い煙に覆われた。
「お待たせしました。ご主人」
煙が晴れると同時に僕の前に現れたのは、体中に包帯を巻いたままの梗夜君だった。
「梗夜君!? なんで!」
「いや~、おじさんは止めたんだけどね」
気の抜けた声と共に遅れてやってきた風真さんは小さくため息をついていた。
「意識を取り戻したと思ったら、君のところに行くって聞かなくて」
「いやいやいや、梗夜君は安静にしてないとダメじゃない?」
「もう完治したんで心配無用です!」
「頭からめっちゃ血が出てるけど……」
「こ……れはあれです! 夕飯の準備しているときにトマトを潰しちゃいまして!」
明らかに言い淀んでいたけど。
でも、これ以上追及するのは野暮ってものだろう。
「リリアナ様!」
そして、さらに遅れてシスティがリリアナに駆け寄って来た。
どうやら僕とリリアナの魔法が衝突したときの余波で遠くに飛ばされていたようだ。
「リリアナはまだ生きてる。すぐに手当てを」
彼女もボロボロではあるが、リリアナを任せるには適任だろう。
「ぞろぞろと。どれだけ群れても下等種族であることは変わらんだろうに」
クルスは忌々し気に僕らを見下していた。
「てめぇババア! いくらなんでもこれはやりすぎだろ!」
「梗夜君、あれはメイさんじゃないよ。母親が体を乗っ取ってるみたいなんだ」
「ババアのババア……つまり、スーパーババアってことですか!」
「うん? いや、まぁ……うんそれでいいよ」
説明が面倒なのでとりあえずそう言うことにした。
といっても僕自身、メイさんの体に何が起きているのかを正確に把握できてはいない。
「あれは神経信号をジャックして、体の主導権を乗っ取る魔法じゃな」
「し、白撫!?」
プリムラに背中を支えてもらいながら起き上がった白撫は鑑定眼を使ってメイさんの体を解析していた。
「幻想級、いや下手すれば神話級の魔法じゃ。じゃが、無制限に誰の体でも乗っ取れるわけではなかろう。本体が近くにいない遠隔操作であればなおさらじゃ。乗っ取る条件は――」
白撫は瞳から血が流れ出すほどに鑑定眼を酷使し、クルスの魔法を看破する。
「それなりに近しい者……血族、いや親もしくは子に対してのみ有効と見た」
白撫の言葉にクルスは眉をひそめる。
どうやら、白撫の鑑定は正確のようだ。
「海鮫の噛砕”」
これ以上白撫の鑑定眼に見られるのを恐れたクルスが有無を言わせず魔法を放ってきた。
鮫を模した海水が白撫を嚙み千切ろうと迫ってくる。
「付与魔法“巨大化”」
アクセサリーを大鎌サイズに巨大化させたプリムラがクルスの魔法を切り裂いた。
しかし、クルスはそれにかまわず魔法を連続で放ってくる。
プリムラも負けじとそれらを軽々と切り伏せていく。
その間に白撫が鑑定眼でクルスの魔法をさらに見抜こうとしていた。
「おそらく雷属性の魔法じゃ。水の魔法はメイが持つ属性じゃろうから……あやつが乗っ取った体の魔法属性しか使えないようじゃ」
「ってことは雷魔法は使えないってことか。でもそれが分かったところで、どうすればいいんだ?」
梗夜君や白撫はもうまともには戦えないだろう。
僕も魔王の魔力の覚醒状態が終わってしまい、もう魔法が使えない。
プリムラや風真さんは余力がありそうだけど、メイさんの体を気遣えば本気で攻撃は出来ない。
魔法を解除できる方法さえ分かればいいのだが……。
「ごほっごほっ……」
咳を口で押える白撫だったが、その手のひらにはべっとりと真っ赤な血が付着していた。
白撫の魔力はもうほとんどない。
これ以上無理はさせられないし、一体どうすれば。
「雷属性……神経信号、か」
プリムラの代わりに白撫を支える役割を交代した風真さんが白撫を気遣いながら質問をする。
「神経を伝って命令を出してるってことだよね?」
「そうじゃ」
「ならさ、例えばその神経信号の伝達速度を遅らせるとどうなるんだい?」
「動きは鈍くなり、それを補うために魔力の消費量が跳ね上がるじゃろうな。そんなことが可能ならばじゃが」
白撫は風真さんの問いには答えたが、それは暗に不可能だと言っていた。
「ってことは魔力消費量が上がれば、嫌でも魔法を解除するしかないよね?」
「じゃから、そんなことできるわけが……」
否定的な白撫に対し、風真さんはいつの間にか手にしていた一冊の本を彼女の目の前に持ってきた。
「そ、それは!」
珍しく白撫が動揺していた。
風真さんが手にした本の表紙は黒くくすんでいて、少しばかり不気味な雰囲気だった。
「もしかして、この状況で読書でもするつもりですか!? 文学少女でもそんな攻撃効きませんって!」
「そうだぞおっさん。今は遊んでる場合じゃねぇって」
僕と梗夜君は風真さんが手にしている本が何なのか知らない。
いつものふざけた風真さんならこの状況でも冗談を言うのかもしれない。
そう思っていたが、白撫はそうではなかった。
「これは魔導書じゃ。世界でたった7冊しか存在しない、魔法を封じ込めた本。じゃが、これは勇者パーティのメンバーしか持ちえないはずじゃ。追放されたおぬしは――まさか!」
「勇者軍を抜ける時に返さないでこっそり持ちだしてきちゃった」
てへっと舌を出して悪びれる様子のない風真さんに対し、白撫は大きくため息をつく。
「ねぇ、それなんなの? 説明してよ」
「そんな時間はない。とにかくお前さんらはこやつが魔法を時間を稼ぐのじゃ」
確かにそんな時間はないのは分かるけど、めっちゃ気になる。
それに時間を稼ぐって言っても僕にはもう魔法は使えない。
「ほれ、プリムラからこれを預かっておる」
そう思っていたら、白撫からタブレットを手渡された。
「なんで!? これはさっき落としたはずじゃ」
それにリリアナとの戦闘でショッピングモールは粉みじんになった。だから、もうなくなったものだと。
「プリムラが拾っておいたようじゃ」
「けど、これって意味あるの? もうほとんど魔力が残ってないんだけど」
「そうじゃろうな。もって五分とプリムラは言っておった。じゃが、それだけあれば十分じゃろ」
白撫には算段があるようだった。
それはおそらく風真さんが持っている本が関係しているんだろうけど、それの説明をする時間はないと言われてしまった。
なら、信じよう。彼女を。
「梗夜君、援護はお願い」
「任せてください!」
「風真さん、あとでちゃんと説明してくださいね」
「うん、約束するよ」
僕はタブレットから取り出した丸薬を口に含み、クルスと戦うプリムラの元へ駆ける。
「さぁラスボス倒して、ハッピーエンドだ」
奥歯で丸薬をかみ砕き、再び魔王の魔力を覚醒させた。




