助けてって言いなよ
「いっつー……」
魔力が尽き、元の状態へと戻った僕は全身を襲う激痛に苦悶の声を漏らす。
ショッピングモールの八割は先ほどのやり取りで消し飛び、辺りには大きなクレーターが出来ていた。
そのなかほどに僕は座り込んでいた。
視線の先ではリリアナが力なく倒れ込んでいた。
どうやら、白撫の作戦通りにいったみたいだ。
それでも結構ギリギリだった。
プリムラがリリアナの隙を作ってくれなきゃ危なかったかもしれない。
「上出来だ」
そんなことを考えていたら、ちょうどプリムラが僕の後ろに立っていた。
「それで、これからどうするか考えはある?」
敵の頭は倒した。
でもこれで終わりじゃない。
僕たちの目的は敵を殺すことではなく、今後、僕らに手出しさせないことだ。
正直な話、こっから先どうするかを全く考えていなかった。
勢いに任せてここに乗り込んできてしまっただけだからね。
でも、不思議とプリムラなら何とかしてくれるんじゃないかと思っていた。
「それなら――」
プリムラが何かを言おうとしたその矢先。
リリアナが立ち上がりゆっくりとこちらに近づいて来た。
その足取りは不確かでゆらゆらと揺れながら、それでも着実に一歩一歩進み、プリムラの目の前で立ち止まる。
プリムラは逃げるようなことはせず真っ直ぐに彼女を見る。
「なんで……」
リリアナは小さく呟くと同時に右手でプリムラの胸倉を強く掴んだ。
プリムラはそれを黙って受け入れていた。
「なんで――なんで、私の隣にいてくれなかったのよ……」
今にも消えいりそうなか細く震えた声でプリムラに訴えかけるその少女の瞳には涙が溜まっていた。
「才能のない私じゃなく、あなたが魔王候補に選ばれるべきだった。何度もそう思ったわ」
彼女の胸の内から溢れ出すのは涙だけではなかった。
プリムラに対する想いが、次々と彼女の口からこぼれだす。
「でも、それは選べるものではないから。仕方ないと受け入れた。だけど! それならあなたは私の隣にいるべきだったのよ! そこにいる人間じゃなくて、私を選ぶべきだったのよ。あなたが魔女であるなら、そうすべきではないの?」
彼女の問いにプリムラは答えず、黙って次の言葉を待っていた。
「私には重すぎるわ……。魔女の未来を背負う覚悟も力も私にはない。それでも私のために頑張ってくれている彼女たちのためにも、私は魔王になって魔女への迫害だけでも何とかしたいと、そう思ってる。それはあなたも同じじゃないの?」
魔女の迫害。
プリムラからその話を聞くまではあり得ないと思っていた。
けど、実際にそれは事実のようだ。
見た目は人間にもかかわらず、魔力が高いため魔族として扱われる彼女たちは、人間として扱われず、魔族たちからは人間扱いされる。
それでも魔界に住める理由はただ一つ。
魔王の魔力を覚醒させる力があるからだ。
魔界で魔女は魔力を覚醒させるためだけの道具として扱われている。
きっと彼女は、彼女たちはそれが許せなかったのだ。
だから、魔女の中から魔王を誕生させるために、ホムンクルスを作ったのだろう。
「あなたなら出来たでしょ? 才能に恵まれたあなたなら。私たち魔女を救える方法なんていくらでも思いついたはずよ。それなのに……どうして……」
悲しみと憎しみが混じり合ったか細い声。
彼女を見ていると昔の自分を思い出す。
魔法が使えず苦しみもがいていたあの日々を。
そして、一通りの魔法属性を試した結果、自分に魔法の才能がないと思い知らされたあの時。
僕は彼女と同じ顔をしていたのをよく覚えている。
声をかけるべきか悩んだ。
今の僕が何を言っても彼女には届かないだろう。
僕は彼女に勝った。
なら、彼女の眼から見たら僕は恨むべき相手に違いない。
逆の立場なら僕だって恨みがましく睨みつけただろう。
それでもこれだけは彼女に言わなくてはならない。
「プリムラに当たったところで何も変わんないだろ」
「――っ!」
僕の言葉にリリアナは歯を食いしばりながら睨みつけてきた。
不思議と怖くはなかった。
普段なら逃げていただろうが、今の彼女にそれほどの迫力は感じられなかった。
それはきっと、彼女がもう諦めてしまったからだろう。
「嫌なことから逃げればいい。僕は今までそうしてきたし、これからもそうするつもりだ。君もそうすればよかった。でもそうしなかった」
「それは――」
「守りたいものがあったんでしょ? どれだけ苦しくても、どれだけ辛くても、例え自分に力がなかったとしても、才能がなかったとしても、それでも魔女を助けたいと思っていたんだろ? だったら、プリムラに当たる前にやるべきことがあったはずだ」
そうだ。
彼女は僕とは違う。
自分の無力さを知ってなお、あがく強さがある。
けれど、こういう人たちは例外なく大きな欠点を抱えている。
「そんなものあったらやってるわ! もう、どうすることもできないから――!」
「――助けてって言えばいいだろ!!」
リリアナの眼が見開くのを見た。
まるで考えていなかったかのようなその表情にため息が出る。
そう、こういう人たちはいつもそうだ。
「自分が無力なのを知っていて、なんで一人で何とかしようとするんだ! 何でもやってやるって気概があるなら、誰かを頼りなよ! なんでそんな簡単なことが出来ないんだ!」
「そ、そんな人がいればお願いしているわ! でも! 魔女には誰も手を差し伸べないわ! 魔族からも人間からも疎まれる存在。それが――」
僕は彼女が言い終わる前に、右手を伸ばす。
「それは君の思い込みだ。少なくとも今ここに差し伸べられる手がある」
「……なん、で?」
「僕は最初から魔王になんて興味がない。巻き込まれたくもない。だから、君がさっさと魔王になってくれた方が僕としてはありがたい」
「違う。そうじゃない! それなら別の魔王候補だっていいはずよ。なんで、私なの」
「今目の前にいるのが君だからだ。ここで君が僕の手を叩けば、僕は別の魔王候補を魔王にするだけだ。選択権は君にある」
リリアナは何度も僕の手と僕の顔を見比べる。
指先がわずかに震えていた。
手を伸ばそうとしては止まり、また少しだけ前へ動く。
そのたびに彼女は何かを押し殺すように唇を噛み締めていた。
「私は……」
リリアナの手がゆっくりと僕の手の方にのびていく。
そうして、僕らの指先が触れ合う――。
「っ!!」
――刹那、突如として飛来した何かがリリアナの胸を貫いた。
「な、なんだ!?」
咄嗟に倒れ込むリリアナを抱きかかえる。
心臓から外れているようだが、彼女の胸から流れ出る血が止まらない。
「憐太郎」
どうしていいか分からず、慌てふためく僕にプリムラが静かに呼びかけてきた。
けど、彼女は僕を見ていなかった。
その視線は少し上を向いていて、つられるように僕もその方向へ顔を向ける。
すると、そこには――
「ど、どうして!」
メイド服に身を包んだ魔女――メイさんが立っていた。




