たった2%の戦果
「何故私を助けたのですか?」
プリムラによって、憐太郎たちから離れた位置へ避難させられたシスティは痛む体にむち打ち立ち上がる。
「あのままなら死んでいただろうからな。それよりもリリアナの心配をした方がいいのではないか?」
「…………問題、ありません」
「さっきは焦っていたようだが? 本当に平気か?」
「当然です。リリアナ様があのような男に負けるはずが……」
「勝ち負けの話じゃない。彼女の体の話だ」
「っ! あなた……知っていて……!」
憐太郎とリリアナの攻撃に巻き込まれない距離まで離れたプリムラは立ち止る。
「私たちホムンクルスは魔王候補を生み出すために作られた。だが、闇の魔力に耐えられる体には作られていない。いや、正確には闇の魔力に関するデータが少なすぎて、私たちの体でどこまで闇の魔力を解放できるか分からないと言ったところか。加えて、今の彼女の体は近接戦闘に特化させていて、闇の魔力の耐性が低くなっている。その状態で果たして体は持つのか?」
「確かにあなたの言う通りです。ですが、まだ、まだ許容の範囲内です。これ以上、戦いが長引かなければ……」
――――ピシッ……。
ほんの微かな音。
この激しい攻防の中、聞こえるはずのない小さな小さな亀裂の走る音。
けれど、システィはそれを聞き逃さなかった。
「リリアナ様!」
システィは空を仰ぐ。
目を凝らして見ると、リリアナの頬にひびが入っていた。
「そんな!? まだギリギリ許容範囲内のはず!」
「どうやら見誤ったようだな」
プリムラは抱えている白撫に視線を落とす。
「ま、まさか! ……い、いいえ。彼女との戦闘で消費した魔力量を考慮しています。久井目白撫との戦闘は、唯野憐太郎に闇の魔力を解放させる以上の戦果は……」
「MoT技術において欠かせない物質が存在する。ミスリルだ」
「い、一体何の話ですか?」
突然語りだすプリムラにシスティは困惑の表情を浮かべる。
「ミスリルの魔力伝導率はおよそ98%と言われる。流し込んだ魔力をほぼそのまま伝えることが出来るため、MoT技術で作られる魔法道具ではこれ以上ない物質だ。だが、逆に言えば、通常の魔法より消費魔力が2%ロスしているということになる」
「で、ですから、一体何を言っているのですか」
「例えばだ。例えば、人の体を魔法道具と同じように作り替えたとしたら。どうなると思う?」
「っ!!!」
そこでシスティはプリムラの言いたいことを理解した。
「リ、リリアナ様の体を改造させたと……? そんなこと……。そもそも人体に対してミスリルを埋め込んでも何も影響がないと数十年前に証明されていたはず……」
「その通り。生身の人間には何ら影響を及ぼさない。だが、ホムンクルスの場合はどうだろうな?」
「そこは確かに未知の領域、でも、だからこそ、この結果になることは彼女も想定外のはず」
「白撫には鑑定眼がある。リリアナの身体構造を見抜き、この結果を得られることは計算していただろう」
「だ、だが! 仮にこの結果が必然だとしても、リリアナ様にミスリルを埋め込み魔法道具と同じように改造する暇など……!」
「その暇はあっただろう?」
そう言って、プリムラは血で濡れた白撫の右手に触れる。
「リリアナ様の頬を触ったあの瞬間に……? いくら触れられたからと言ってそんな技術どこに……」
「さっきも言ったはずだ」
システィの言葉を遮り、プリムラは彼女の瞳を覗き込む。
「見誤ったようだな。と」
「……っ!」
「白撫は戦闘員ではなく、エンジニアだ。見た目は人であろうがホムンクルスは人工物、それに魔力が加われば魔法道具と変わらない。なら、彼女の専門分野だ」
「あの接触はリリアナ様の血を奪うだけでなく、人体改造を行うためでもあったというのですか!」
「ああ、たかが2%。それだけのロス。だが、君は言っていたな。ギリギリ許容範囲と。なら、問おう。この2%のロスは許容範囲か?」
「――――っっっ!!!!!!」
システィはプリムラの問いには答えず、すぐさまリリアナの元へ駆けていく。
――――ピシッ……。
「っ!」
そのひび割れる音を聞いて、リリアナは自分の頬に亀裂が入ったことに気づいた。
「……そう。ここが私の限界ということね」
螺旋状に放たれた闇の魔力は憐太郎の黒炎とほぼ互角、拮抗していた。
「それでも、ここは引けないのよ! 魔女の未来のために!」
体の限界など無視してさらに魔法の威力を高める。
「うっ……!」
徐々に押され始める憐太郎は苦悶の表情を浮かべる。
詠唱によって魔法の威力を高めてはいるが、リリアナの魔法は3属性複合に加え、練度も憐太郎より上。このままいけば、まず間違いなく押し切られる。
だが。
――パリンッ!
リリアナの左腕が魔力に耐えきれず砕け散った。
「しまっ……!」
片腕を失い、魔力の制御がおろそかになったタイミングを憐太郎は見逃さなかった。
残りの魔力を振り絞り、リリアナの魔法を憐太郎の炎が押し返す。
「やっぱり、私じゃ……」
彼女の瞳から涙があふれる。
リリアナの魔法は虚しく霧散し、黒炎が彼女をその涙もろとも飲み込むのだった。




