憐太郎VS.リリアナ
「何を……しまっ!」
憐太郎が白撫の手に口づけをした。
その突飛な行動に気を取られ、彼らの目的に気が付くのが遅れた。
「システィ! さがっ――」
すぐ後ろに控えていたはずのシスティの姿が消えた。
「え?」
咄嗟に振り向くとシスティ共々結界を蹴り抜いた憐太郎があった。
その右肩には真っ黒い魔力が灯っていた。
そう、彼は“魔王の魔力”を使っている。
「最終ラウンドと行こうか」
一撃でシスティの意識を刈り取った憐太郎がリリアナに向き合う。
リリアナは自分の左頬に触れ、そこから流れる血を拭った。
(やられた……!)
憐太郎はまだ魔王の魔力を完全に制御できていなかった。
プリムラの体液を摂取することで一時的に使える状態になる。
だから、彼がプリムラから受け取っていたであろう彼女の体液を含んだ何かを口に含ませないようにしていた。
それは最初の段階で結界の外に落ち、もうその力は使えなくなったと思い込んでしまっていた。
けれど、方法が一つだけあった。
それはリリアナ自身も気づいていなかった穴。
それを白撫は鑑定眼によって見抜いたのだ。
プリムラとリリアナは同一体である。
見た目だけでなく中身も同じ。血液さえも。
だから、白撫はリリアナの血液でも覚醒させられると確信していた。
さっきの戦いで白撫はリリアナの頬の血液を採取し、憐太郎に摂取させた。
そして、今、白撫の推測通り憐太郎は魔王の魔力を扱える状態へとなった。
「いや、でも、そうね……焦る必要はないわ」
リリアナは想定外の出来事にうろたえていたが、ぶつぶつとつぶやきながら冷静さを取り戻す。
(プリムラの魔法で5年分の経験と知識を得たらしいけど、私は10年以上この魔力を鍛えてきた。負ける道理はないわ)
憐太郎とサシで戦えば間違いなく自分が勝つ。
リリアナはそう確信していた。
今、彼女の懸念点は一つ。
プリムラだ。
システィの結界は破られた。
プリムラが助っ人に来るのも時間の問題だ。
「手早く済ませましょう」
リリアナは両手に魔力を纏わせる。
それに対応するように憐太郎も同じく両手に魔力を纏わせる。
「「“アルファ・リリース”」」
魔王の魔力。一般的には闇の魔力とも呼ばれるそれは魔王候補になったものにのみ与えられる特殊な魔力だ。
その特性はすべての魔法属性を再現できることにある。
故に一般的な魔法属性とは違い、体系化された汎用基礎魔法が存在しなかった。
だが、とある時代の魔王が24の基礎魔法を編み出した。
その魔王の名を取って、『24の魔弾』と呼ばれている。
それから魔王候補たちは最初にその『24の魔弾』を覚えるようになった。
“アルファ・リリース”
それは魔王候補が一番初めに覚える魔法だと言われる。
手足に魔力を纏わせ、打撃の破壊力を上げる単純なもの。
この魔法を常に維持して戦う。
それが魔王候補たちの基本的な戦闘スタイルだ。
例にもれず、憐太郎とリリアナも両手に魔力を纏わせ、拳を交えていた。
その攻防は苛烈を極めた。
打つ、躱す、打つ、流す、打つ、打つ、打つ。
ただの殴り合いで激しい風圧が巻き起こる。
意識を失い倒れ伏していたシスティの体が2、3回転がり仰向けになる。
「んっ……」
その衝撃で彼女は目を覚ました。
「いっ……」
体を起こそうするが痛みで動けず、顔をゆがめる。
視線だけ動かし現状を把握しようとする。
「これは……!」
二人の戦闘を目の当たりにし、システィは目を見開く。
拳同士のぶつかり合いで大気が震えていた。
それだけではない、漏れ出る魔力がシスティの顔をなでるたびに冷や汗が出る。
今にも心臓が押しつぶされそうな威圧感に呼吸がままならなかった。
けれど、そんな彼女のことを気に留めず、二人は目の前の敵にだけ集中していた。
「“ターミネイト・ロー”」
リリアナが右手を振ると、指先から五本の斬撃が飛ぶ。
「“タウ・シェル”」
憐太郎は硬質化させた魔力で防壁を作り、リリアナの斬撃を防ぐ。
と同時に防壁でリリアナから自身の姿を隠す。
「“ベータトロン”」
足に高出力の魔力を噴出させ、リリアナの背後へ高速移動する。
「“デルタ・スペルベン”!」
そして、リリアナの背に向けて拳を叩き込む。
と同時に打撃音が三連続で響く。
それは一度の打撃で三連打の衝撃を放つ魔法。
たまらず上空へ吹き飛んだリリアナだったが、その姿が空中で霧散した。
「分身か」
憐太郎はその魔法に心当たりがあった。
“ホロウ・イプシロン”。
自身の分身を作り出しかく乱させる魔法だ。
「“ニュー・レイン・フォース”」
リリアナの魔力を探知し、上空を見上げると小型の魔力弾が雨のように降って来た。
「“タウ・シェル”」
憐太郎はもう一度障壁を作り魔力弾を防ぐ。
けれど、リリアナの狙いは憐太郎本体ではなかった。
「クソっ!」
広範囲に降り注いだ魔力弾の雨は屋上の足場を崩した。
憐太郎はそのまま下階へ落ちていく。
「“ベータトロン”!」
足裏から魔力を噴出させ空へと飛びあがる。
そして、そのままリリアナと同じ高さで上空にとどまる。
「思っていたよりもやるわね」
「そっちこそ」
憐太郎とリリアナは互いに同じことを考えていた。
これではらちが明かないと。
これまでのやり取りで互いの力はほぼ拮抗していた。
このままやり合っても魔力切れを起こすまで決着がつかない。
ただ憐太郎だけはこの戦いに違和感を感じていた。
リリアナは何故『24の魔弾』しか使わないのかと。
あくまであれは基本的な魔法に過ぎない。
魔王候補はそれに加え自身のオリジナル魔法を使うと聞いていた。
憐太郎はプリムラにオリジナル魔法を考えろとは言われていたが、修行が面倒で全く手をつけていなかった。
リリアナが憐太郎と同じようにサボっていたとは思えない。
しかも、憐太郎よりも長い時間、闇の魔力を向き合ってきたはずだ。
使わないのか、あるいは使えないのか。
考えても結論は出ないだろう。
憐太郎は首を振り、余計な考えを捨てる。
「……?」
そこでふと顔を上げるとリリアナの様子がおかしい。
肩を震わせ、うつむき気味だ。
いや、違う。下を見ている。
憐太郎はその視線の先を見る。
そこには見慣れた姿があった。
「どうした、憐太郎。手を貸そうか?」
倒れた白撫を庇うように銀色の魔女が立っていた。




