アイズ・クゥイントン
「って、なにいい感じに終わらせようとしてるの!!」
怒声のわりに威圧感のない女性の声が二人の頭上から響き渡る。
「なんだ、ルーナか」
空から飛び降りてきた女性の姿を見て、クリームヒルトは面倒そうにつぶやいた。
「なんだって何よ! わ、私の方が年上なんですけど」
ハートの8《エイト》、ルーナ・エクティス。
他のハート陣営メンバーとは違い、赤いマントの代わりに白衣を羽織っている女性だ。
「で、何の用?」
「決まってるでしょ。クローバー陣営が来たから、早く戻ってもらおうと」
「見て分かんだろ。もう無理だ。魔力が尽きた。あんたの魔法でも魔力までは回復できないだろ?」
「そうだけど! なんでこんなことになっているのよ!」
ルーナは頭を抱えながら、いつの間にか気を失っていた朱鳥の方に目をやる。
「余計なことすんなよ」
「う、ぐ」
クリームヒルトに止められ、ルーナは小さく声を漏らす。
「だって、今ここで始末しないとまずいでしょ」
ハート陣営の最高戦力がどこの誰とも分からない女子高生と相討った。
それだけ彼女は危険な存在なのだとルーナは考えていた。
「それよりも、そっちは戻んなくていいのか?」
「クリームちゃんを連れて帰れなきゃ私一人いても意味ないし」
「そりゃそうだ。お前弱いもんな」
「は!? 私年上なんだけど!」
「お前が言い始めたんじゃん」
こいつの相手ダルい。と口にはしないものの顔には出ていた。
「そもそもの話だが、あたしがいたところで作戦の成功率は大して変わらないだろ」
「でも、リリアナちゃんが言うにはあのプリムラって子の相手をまともにできるのはクリームちゃんくらいだって」
「プリムラってやつがどんなのかは知らないが、それ以上にヤバいやつが向こうにはいんだろ。誰でも知ってるのが」
「もしかして、風真燕時のこと?」
「元とは言え、勇者パーティのメンバーだぞ。あれに勝てる奴なんて世界に何人いるんだって話だ。少なくともあたしは無理だ。勝てる気がしない」
「もしかして、巻き込まれたくなくて池袋まで逃げてきたの?」
「その言い方は気に入らないが。間違っちゃいないな。同人誌漁ってる方が楽しいし」
「でも、そんな化け物のところにあの子は一人で行っちゃったよ?」
「アイズのことか。あれは何言っても止まらなかったろ。なんたって、魔王の娘に執着しているんだからな」
――唯野家宅。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
「なんで、誰も出ないのよ」
自室に籠っていたゼラはそう呟く。
先ほどからずっとインターホンが鳴らされているが、その音が止まる気配はない。
「もしかして、みんな外出中? それならそれで居留守してるって分かるんだから、さっさと諦めて帰ればいいのに」
ピンポーン。ピンポーン。ピピピピピピピピピピピンポーン。
「連打してきた!? こっわ!?」
明らかにまともな人間ではないと判断したゼラはヘッドホンを付け、インターホンの音を遮断する。
けれど、そんなことをせずともインターホンはすぐに鳴りやんだ。
「あれ? 帰った?」
音楽を流そうと思った矢先に静かになった為、ゼラはすぐにヘッドホンを外した。
そして、そのヘッドホンを机の上に置いた、その時だった。
ガンッ! ガシャっ!
「!」
その鈍い音は玄関の方から響いてきた。
どう聞いてもそれはめでたい出来事ではない。
「………………」
ゼラは恐る恐る部屋から出て、下の階を覗き見る。
すると、何故か1階の廊下に玄関の扉が横たわっていた。
「不法侵入!?!?!?!!!!!」
ゼラは思わず叫んでしまった。
「いるのは分かっているのだから、居留守なんて使わずにさっさと出て来なさい」
玄関を壊したであろう人物がゼラの声を聞いて話しかけてきた。
「……え? この声……どこかで……」
侵入者の声を聞き、ゼラの頭に嫌な予感がよぎった。
カツっカツっカツっカツっ。
侵入者は土足のまま2階に上がり、赤いマントをはためかせながらゼラの前に立つ。
「……っ! あ、あなたは…………」
「久しぶりね。ゼラニウ」
ゼラと同じ年のころの少女。黒に赤いメッシュの入った髪に、えんじ色の瞳。
その少女に見覚えがあった。
いや、ゼラにとって忘れることの出来ない記憶。
「アイズ・クゥイントン…………」
ゼラの口から自然とその名がこぼれた。
「ふ~ん、一応記憶残ってるのね。平気な顔して日本にまで来てるから、記憶消したのかと思ったわ。それじゃあ……」
アイズはグッと顔を近づけ、ゼラと目を合わせる。
「あの子のことも覚えているのかしら」
そう言うアイズの顔は笑っていた。
それに対しゼラは蒼白とした表情になり、胸を抑えだした。
「はぁ……はぁはぁ……はぁはぁはぁ――」
ゼラは突如として苦しみだし、呼吸がままならなくなっていた。
「なーんだ。しっかり壊れてるじゃん」
苦しむゼラを見下ろしながらアイズはニヤニヤとほほ笑む。
「ホント可哀そうよねぇ~? あの子。あなたのこと親友だって思ってたのにね。あなたも親友だと思ってたのにね。なのになんででしょうね? どうしてあなたのせいで――――死んでしまったのでしょう」
「――――っ」
それは自衛のためだったのか、ゼラはこれ以上その話を聞きたくなかったのか、糸が切れたように意識を失った。
「あら、ショートしちゃったみたいね。でも、いいわ。魔界とは違い、ここならあなたを殺しても文句は言われないものね」
アイズは腰に差したレイピアを引き抜き、倒れて意識のないゼラにその切先を向ける。
「本当はあの時、こうしたかったけど、遅くなってしまったわ。大丈夫、今度は確実に殺してあげるから」
シュッ!
空を切るその音と共にレイピアの切先はゼラの心臓を打ち抜いた。
「まったく、あっけないものね」
先ほどまでの笑顔はどこへやら、詰まらなさそうな顔をしてレイピアを引き、腰に収めた。
「おや、お嬢さん。もうお帰りで? これからおじさんと一杯やってかない?」
「なっ!」
人の気配は全くなかった。だから、突如現れたこの男にアイズは驚きを隠せなかった。
「風真燕時! まさか本当にクローバー陣営についていたとは」
「雇われちゃったからねぇ~。おじさん、こっちサイドになっちった」
シリアスな雰囲気をぶち壊す飄々とした態度で茶化す燕時。
「なんにしてもお前をここで逃がす気はないわ。この子のように殺してあげる」
「この子って、誰のこと?」
「ここに倒れているだろう! ゼラニウムが! ……な、に?」
そう言って、さっきまでゼラが横たわっていた場所を指さすとそこに彼女の姿はなく、代わりにあったのはただの木片だけだった。
「これはまさか!? 変わり身!」
「ピンポンピンポンだいせーかーい! 本物の彼女は~~~、ここだよ」
「いつのまに!?」
よく見ると、ゼラは燕時が小脇に抱きかかえていた。
「さっきの一瞬で入れ替えたというわけか。これが忍術か」
「さて、主に雇われたからには仕事をしないとね。とは言え初仕事がハートの3のお相手なんて、研修内容が鬼畜だなぁ。流石次期魔王だね」
「ええ、そうね。私の相手をチュートリアルだと思ってるあなたは確実に殉職させてあげる」




