VS.クリスタ・アルザリオン
「どうなっていやがる」
アタシは目の前の光景に戸惑いを隠せなかった。
あの憐太郎ってガキは間違いなく死ぬはずだった。
なのになんで立ち上がってんだ?
魔王候補にのみ与えられる“魔王の魔力”は強大なため、生まれついて扱うことは出来ない。
適性のある魔女の体液を摂取することで、その魔力が解放される。
だが、それだけでは命を落とす。
“魔王の魔力”は持ち主の魂に直接影響を及ぼし、いきなりその封を解けば絶命する。
これに例外はなかった。
だからうちのボスも数年かけて“魔王の魔力”に体を慣らしてきた。
だというのに、この少年は一体何なんだ。
魔力を解放して早々、アタシたち魔女と遜色ない魔力量を放っている。
ボスがプリムラのやつを警戒していたことと関係があるのか?
「やぁ、新しい魔王。気分はどう? ってまだ魔王候補だったね」
プリムラの問いに憐太郎は不機嫌そうに舌打ちで答えた。
「っち、最悪の気分だ。“俺”に何しやがった」
こいつ、魔力に精神を乗っ取られている。
先ほどとは違う顔つきに言葉遣い。
“魔王の魔力”を酷使した結果、精神性が変わると聞く。
死にはしなかったが、しっかりと影響は受けてんのか。
「あーしが説明しなくても分かるっしょ? 自分の力にさ」
「ああ、嫌でもな」
憐太郎の右肩から視認できるほどの魔力が噴き出る。
厄介だ。今ここで命を絶つ。
「っ!」
一瞬にして、憐太郎の姿が消える。
「後ろか!」
咄嗟に振り向き両腕で憐太郎の拳を受ける。
そのままの勢いで背後の大木に背中を打ちつける。
「っち」
左腕が軽くしびれた。
人間の出せる身体能力を超えている。
間違いなく“魔王の魔力”によるものだ。
だが、この程度なら勝機はある。
「“蒼炎狼王”」
蒼い炎がアタシの両手と両足に纏わりつき、リーチを火力を伸ばす。
相手は魔力が覚醒して間もない赤子も同然。
拳の破壊力はそれなりだが、魔法は使えない。
だからこれ以上成長する前に、ここで叩く。
「死ねやぁ!!」
一足で憐太郎との距離を詰め、右拳を叩き――。
「ぐはっ……」
アタシの腹部に憐太郎の蹴りが叩き込まれた。
たまらず後ろに飛ぶが、空中で何とか姿勢を立て直す。
今、アタシが攻撃をしていたはずだ。間違いなくとらえていた。けど、拳を振り抜く前に憐太郎が目の前まで迫っていた。
「てめぇか、プリムラ!」
彼女はちろりと舌を出す。
クソっ。さっき見ていたはずなのに、こんな子供だましに引っかかるとは。
アタシが憐太郎へと近づく瞬間に身体能力強化の魔法をアタシに付与しやがった。
それで攻撃のタイミングがずれたところをあのガキが合わせてきやがった。
だが、問題はねぇ。
この戦術の致命的な欠陥。それは。
「アタシの能力を上げちまってんなら、そりゃあ悪手だろうが!」
プリムラの魔法のおかげで、速度は上がった。これならまだ戦闘に慣れていない憐太郎にアタシはとらえられねぇ。
すでに背後はとった。アタシの速さについてこれない憐太郎は明後日の方に意識が向いている。
「死ねぇ!」
側頭部目掛けて回し蹴りを繰り出す。
当たる。
そう確信した直後、蹴りが減速した。
「なに!?」
「そこか。あっぶね」
そのせいで憐太郎に躱す隙を与えてしまった。
「てめぇ!」
アタシはプリムラに向かって吠える。
「バカだなぁ~。敵に強化魔法をかけたままにするわけないじゃんね?」
強化した速度を解除することで疑似的な減速デバフを再現したのだ。
ここまで害悪な立ち回りをする付与魔法術師にはあったことがない。
「うぜぇな、失せろ!」
プリムラに向かって、蒼い炎を弾き飛ばす。
「付与魔法“硬化”」
しかし、炎は見えない壁によって防がれた。
「空気を固めて盾にしたのか」
やはり、あの女を片手間で倒すのは無理か。
「しゃあねぇなぁ、おい! ゴリ押しさせてもらうぜ」
翼をかたどった蒼炎を背中から生やす。
「“蒼炎双翼”」
向こうがこっちの速度をいじってくるなら、こっちは常に一定の速度を保つようにすればいい。
速度が上がれば減速、落ちれば加速。それをオートでやる。
「速攻で終わらす」
地面がえぐれるほどの脚力で真正面からプリムラに突っ込んでいく。
「まずはてめぇだ!」
「させるかよ!」
横から憐太郎が飛び込んできて、かち合う。
「邪魔すんじゃねぇよ!」
そのまま憐太郎と近距離での打ち合いが始まる。
拳と拳がぶつかり合い、そのたびに風圧で周囲の草木が大きく揺れる。
「おせぇおせぇおせぇ!!」
速度はアタシの方が上だ。
憐太郎はいなすのがやっとで防戦一方。
このまま殴り続ければ押し切れる。
勝ちを確信した瞬間、やつが動きを見せる。
「っ! この魔力は!」
拳の連打を止めず、憐太郎の背後にいるプリムラに視線を向ける。
莫大な量の魔力を放出する彼女の両手の中には淡い光が灯っていた。
「させねぇよ!!」
あれはマズいと直感的に理解した。
あの魔法だけは使わせてはならない。
何の魔法なのかなんてのは見当もつかないが、とにかくマズい。
今すぐにでもプリムラのところへすっ飛んで行って息の根を止めなくちゃいけない。
なのに、なのに!
「しつこいんだよ! てめぇ!!」
想像以上に憐太郎のやつが粘る。
どれだけ拳を打ち込んでも倒れる気配がない。
魔王の魔力によって身体能力が底上げされているのは知っている。
そうだとしても硬すぎる。
「怒るのは筋違いだろ? 君のパンチが弱いんだから、仕方ないじゃないか」
「言ってくれるじゃねぇか、ヘタレ野郎」
結局、憐太郎を倒しきれず、プリムラの両手にある光に魔力が溜まり、目を覆いたくなるほどの閃光が放たれた。
「天冠級付与魔法“魂刻”」
一瞬大きくなった閃光は徐々に収束していく。
光が強くなる瞬間、咄嗟に大きく後ろに飛んで距離をとった。
プリムラの魔法に巻き込まれることを恐れたからだ。
けど、魔力のわりに何も起きていない。
すでに光は収まり、周囲の状況がよく見える。だからこそ分からない。
何一つ変わった様子はない。
気になる点があるとすれば、プリムラが魔法を使う時に呟いた言葉。
天冠級。
いや、今はそんなことどうでもいい。
こいつらをここで殺せばいいだけの話だ。
プリムラのやつはさっきの魔法で相当魔力を消費しているはずだ。
もう無視でいい。任務優先。
「“蒼炎竜王”!!」
蒼炎で竜を形成し、放つ。
あの光で目をやられたのか憐太郎はピクリとも動かず棒立ち状態。
「その命、もらった!」
――バカか、アタシは。
なんで気が付かなかった。勝利を焦った?
なにが棒立ちだ。
――憐太郎の所作に素人臭さがなくなっている。
だが、もう遅い。
両手に黒い魔力を纏った憐太郎によって蒼炎の竜が粉々に打ち砕かれた。
「ああ、クソ。そいつは見慣れてる」
あれはうちのボスもよく使っている“魔王の魔力”を使った基礎魔法。
「“アルファ・リリース”」
この短時間で魔法を覚えたってのか?
いや、あり得ねぇ。
考えられる可能性はただ一つ。
プリムラの魔法。
「知識の付与か?」
「ざんねんー。それだけじゃまだ半分。ねぇ、レンタロー。体の調子はどう?」
「すげぇ。体に馴染む。まるで長年プレイしてきた格ゲーのように直感的に魔法が使える!」
憐太郎の反応から察するにプリムラの魔法は。
「知識と――経験の付与」
「正解。今のレンタローは五年間魔法の修業を積んだ魔王候補と同等だと思ってもらっていいよ」
「チートかよ。クソが」
「その言い方は気に入らなーい。これでもちゃんとリスクがあるんだからね? 無理やり知識と経験を詰め込むから精神と肉体、それから魂に負荷がかかるんだよね。今回の場合は五年分の寿命を消費しちゃってる」
「おい、待て待て! なに勝手に俺の寿命を使ってんだよ!」
「別にいいじゃん。それで自分の大切なものを守る力が手に入るんだから。問題ある?」
「…………」
憐太郎考えるふりをしながら、少しだけ視線を上に向ける。
「いや、ねぇ!」
即答かよ。
魔力の影響とは言え、さっきと性格が変わりすぎだろ。
いや、違うか。
あの時、アタシにビビりながらも自分の妹を守るために自分が魔王候補であることを自白した。
ならきっと、こっちがこいつの本性だったってことか。
「わりぃな。お前を舐めていた。ハートの2《デュース》、クリスタ・アルザリオン。ハートの一番槍として、全身全霊でお前を倒す!」




