付与魔法ってのはこうやって使うんだよ
魔王といえば、魔界を統治している王の名称だ。
千年前に南米のアマゾンで魔界とつながる大きな穴が突如出現した。
元々魔界なんて別世界の話だ。
だから、地球側の人間である僕はその魔界の王候補に選ばれるはずはない。
目の前の女性が魔王候補だなんだって言っているのは勘違いなんだ。
「あ? その反応。ホントに何も知らねぇって顔だな。まぁどっちでもいいか。てめぇはあの女と接触した時点で容疑者だ。なぁ頼むよ。だから、ここで死んでくれ」
当たり前だ。だって僕とは全く無関係の世界の話なんだから。
それで死んでくれなんて言われてもこっちは困惑するだけだ。
「ぼ、僕はただの人間だ! だから、あなたの言っている意味は分からないし、勘違いなんだ」
「はぁ、その話を信じろと? なぁおい」
「そ、そうだ。大体、僕ごときが生きてたってあなたたちには無害っていうか。何もできないっていうか」
「なるほど、そうか」
ほっ、どうやらわかってくれたみたいだ。
怖そうな見た目だけど意外と話が通じるらしい。
「んじゃ、ちっとばかし面貸せや。アタシらのアジトまで着いて来ればいい。なぁに安心しろ、別に殺しはしねぇよ」
嘘だ。
不敵な笑みを浮かべる彼女の言葉には何一つ信用に値するものがない。
「なぁおい、今信じられねぇって顔したな」
「そ、それはだって……」
「アタシもおんなじだ。てめぇの言葉を信じて見逃す理由はねぇよ」
ぐぅ、正論だ。
「ちっと考えりゃ分かんだろ。別にてめぇが本当に魔王候補かどうかなんてどっちでもいい。怪しい連中は全員殺す。そうすりゃあ、話は速いだろ? なぁおい」
「……今、なんて言った?」
「あ? だから、怪しいやつは全員殺せば速いだろって話だよ。聞いとけ」
背筋に嫌な汗がにじみ出る。
クソっ! なんでもっと早くに気が付かなかったんだ。
こいつらはプリムラに会った僕が怪しいって言って命を狙ってきたんだ。
つまり……。
「茉奈花も標的なのか?」
「まなか? ああ、あの小娘か。当然だろ。怪しきは殺す」
やっぱりそうだ。
僕が狙われるなら当然、茉奈花も標的に選ばれてもおかしくはない。
ここでどれだけ僕が命乞いをしたところで、茉奈花が危ない。
それなら。
「……だ」
「あ?」
「そ、そうだ! 俺がお前らの捜してる魔王候補だ! よく分かったな、虫けらども!」
うわあああ!!! 言っちまった!!!
でも仕方ない! しょうがない!
だってこうでもしなきゃこいつらの矛先が茉奈花に向かってしまう。
それだけは絶対にダメだ。
例えここで殺されることになったとしても。
「そうか、じゃあ死ね」
魔女は右手に蒼白い炎を灯し、僕へ向ける。
そこにためらいはない。
「爆ぜろ」
直後、僕の体を蒼い炎が包み込む。
僕はゆっくりと眼を瞑る。
ああ、死んだ。
体が焼ける。
命の終わりとは案外あっけないものなんだな。
不思議と炎の熱は感じなかった。
もうすでに感覚がマヒしているのかもしれない。
「なんだもう来たのか」
魔女の声が耳に届く。
僕はもう死んだのか? 分からない。
けど、痛くも痒くもない。意識もはっきりしている。
何かがおかしいと思い、ゆっくりと瞼を開く。
「あ、れ?」
目の前に炎はなく、僕の体には焼け跡一つない。
その理由はすぐ目の前にあった。
「にはは、ちょい遅れちった」
まるで悪びれた様子のない金髪少女が大鎌を携えて立っていた。
「プリムラ!」
恐らく、あの炎が僕の体を焼く直前にプリムラが間に入って、その鎌で炎を切り裂いたのだろう。
「てめぇがここに来たってこたぁ、こいつがマジにそうってことだよなぁおい!」
「な~に勝手にはしゃいでるの? あーしが最初に会ったのがたまたま憐太郎だっただけなのに。人違いかもよ?」
「はっ! だからなんだってんだよぉ、おい! てめぇが接触した人間は全員ぶち殺しゃ良いだけの話だろうがよぉ、おい!」
プリムラが来てくれ一安心、と思ったが冷静に考えてこの戦力差をプリムラ一人で覆せるはずもない。
相手は人間よりも莫大な魔力を持っている魔女。
それが何十人もいる。
てかやっぱりこの人たちとプリムラは知り合いらしい。
状況が目まぐるしく変化し、それでも何一つ僕の疑問は解消されず、さらには別の疑問がどんどん湧いてくる。
今すぐにでも落ち着いてプリムラを問いただしたいが……。
「ちょっと、後ろに下がっててね」
頭の中がぐるぐると思考が渦巻く中、現実に引き戻すようにプリムラに軽く引っ張られる。
「“蒼炎竜王”!」
と同時に、さっきまで僕がいた位置に竜の形を模した炎が通りすぎていった。
「っ!」
ダメだ。今考え事なんてしていたら一瞬で命を持って行かれる。
なにがなんだか分からないことばかりだけど、ここが戦場であることだけは分かる。
今はとにかく生き残ることだけを考えるんだ。
「よし、プリムラ。何とか相手の隙をついて逃げ――」
プリムラの方に手を伸ばそうとした瞬間、背筋が凍った。
「まずは、彼女たちを片付けよっか」
プリムラが改めて大鎌を構え、そこで僕は悟った。
「お、お前も……なのか?」
プリムラの全身から一気に吹き上がる魔力の量は人間のそれを超えている。
今朝会ったときは別格の魔力。
隠していたんだ。
けど、それならあの魔女たちと顔見知りなことにも説明がつく。
そんな僕の戸惑いなどお構いなしに状況は常に変化していく。
プリムラの臨戦態勢に気が付いた魔女たちが二人、プリムラ目掛けて迫ってくる。
そのうちの一人が金棒をプリムラの額目掛けて振り下ろす。
さらにその後ろにいた黒髪の魔女が金棒を目くらましにしながら、僕の方へと短刀を構えながら迫ってくる。
そう、見えていた。
何としてでも生き延びようと周囲を注意深く観察はしていた。
けど、分かっていても体が動くとは限らない。
「付与魔法“加速”」
「なっ!」
「なにやってっ……!」
今何が起きた?
多分プリムラが魔法を使った。
けど、なんで二人の魔女が“衝突”したんだ?
連携ミス?
いやそれはあり得ない。素人目にも息の合った動きだった。
ということは……
「っち、ガキみてぇな戦いしやがって」
リーダー格らしき魔女も僕と同じ結論に至ったようだ。
「――敵に強化魔法を付与した?」
「ピンポンピンポン、正解! 百万点あげる」
「し、信じらんねぇ!」
状況分かってるの!?
強化魔法を急にかけられると、いつもと体の使い方が変わって転んだりすることがある。
魔法を覚えたての小学生がよくやる定番のいたずら。
こいつ、相手を舐め腐ってやがる!
「しょうもねぇ。うちのボスが警戒してるってんで、どんな凶悪な野郎かと期待してたんだがな。ただのガキかよ」
「あーしのことそんなに評価してくれたんだ? うれしーなぁ。ね、クリスタちゃん?」
「……ま、中身がガキでもこっちの情報はしっかり持ってんのか」
「ハートの魔王候補を支える十二人のナンバーズが一人。ハートの2《デュース》、クリスタ・アルザリオンでしょ?」
「そうだ、本来はてめぇらみたいな雑魚を相手にするような役職じゃねぇんだよ」
クリスタと呼ばれた魔女はため息をつきながら、軽く手を振る。
すると、それが合図となり、数十人の魔女たちが一斉に僕たちへと襲い掛かる。
「ちょ、ちょ! プリムラ!?」
何とかしてくれとプリムラに視線を送ると、彼女は小さく微笑み僕の肩をそっと抱き寄せる。
「離れないでね?」
「は、はぃ……」
耳元で優しく囁かれたのなら僕は黙って大人しくするしかない。
「付与魔法“増殖”」
プリムラがそう唱えるのと同時に周囲の魔女たちが突然首を抑えながら苦しみだした。
「ないなになに!? 怖い怖い怖い! バイオ!? いつからそんな世界観に!?」
「何って、空気中の一酸化炭素を増殖させただけだよ?」
「だけだよ? の語尾に似合わない殺意で僕漏らしそうになっちゃった」
とは言え、プリムラの想定外の強さのおかげで残った敵の魔女は一人。
「子供だましの魔法だけじゃなく、ちゃんと殺せる魔法も使えんじゃねぇか」
「いやだなぁ~、殺してないよ? ちゃんと死なない程度に手加減したもん。美少女はイメージが大事なんだから、そういうのはNG」
プリムラは手にしていた大鎌を小さくしてブレスレットに付けなおす。
「おいおい、待てよ。こっからだろ? アタシとは戦わねぇってのか?」
「あーしはあなたと違って戦闘狂じゃないからねぇ~。それにこっちにはこっちのスケジュールってものがあるからさ」
チラリとこちらに視線を向けるプリムラ。
あ、なんでこのタイミングで僕の方を見るの? さっさと倒しちゃってほしいんだけど?
「ハート陣営の幹部ならちょうどいいと思うんだけどどうかな?」
「何が? ねぇ何が? どうもしないんだけどってかなんか嫌な予感がやめろやめろ! こっちくんな!」
不気味な笑顔のままこちらに寄って来るプリムラに対し僕は激しい拒否感を覚える。
相手のクリスタもプリムラの行動が読めずに状況を見守っている。
「ああ、なるほどそう言うことか。いいぜ、乗ってやる」
勝手に納得したクリスタは黙って行く末を見届ける気だ。こっちは何もわかっていないのに。
そんな僕の動揺を無視して、プリムラが僕の顎に手を当てる。
そして――
「ちょ、なにを――!」
僕とプリムラの唇が重なる。
「んん!?」
なに!? なにこれ!? いつの間にプリムラの好感度イベントを攻略したんだ!?
そんなバカな考えが頭をよぎるがどうやらそうではないらしい。
「うあ゛……!」
体が熱く……苦し、い……。
立つことすらままならずにその場に倒れこむ。
プリムラのやつ、一体僕に何をしたんだ。
ダメだ……意識が、遠のく…………。
「死んだなぁ、おい」
「それはどうだろうね?」
「バカか? 無理に“魔王の魔力”を覚醒させようとしたんだ。そんなことをすりゃ死ぬに決まっている。歴史がそう証明してんだからよぉ」
「常に歴史通りのことが繰り返されるのだとしたら、この世界に創造の余地はなく、予定調和を繰り返すだけ。それって退屈だとは思わない?」
「あ? 何が言いてぇ」
「想定外の事態が起こるからこそ、この世界は面白いんだよ」
プリムラは不敵に笑い、視線を下に落とす。
「おい、マジかよ」
そこにはどす黒い魔力が滞留し始めていた。
「さぁ、新たな魔王の誕生よ」




