ハートのJ
「っち、思った以上にやられたな」
梗夜は額から垂れる血を拭いながら、瓦礫の山から下りていく。
「早く帰ってご主人に知らせねぇと」
敵はすでに倒した。
その気のゆるみによって、反応が遅れてしまう。
「随分派手にやったなぁこりゃ」
「っ!」
梗夜は声をかけられるまで気が付かなかった。
そこに立っていた女はエリザベートと同じマントを羽織っていた。
敵だと認識するまでそう時間はかからなかった。
咄嗟に銃口を女に向け、引き金を――。
「おせぇ」
引き金を引く間もなく、梗夜は頭を掴まれ地面に叩きつけられた。
「ぐっぁ……」
エリザベートとの戦闘で負傷していたこともあり、梗夜はあっけなくその場に倒れ伏し、二度と立つことはなかった。
「クリームヒルト・ログレス! あなたまで来ていたんですの?」
クリームヒルトと呼ばれた女を見て、メイが初めて取り乱した。
エリザベート程度であれば、例え梗夜が負けてもどうとでもなると思っていた。
けど、彼女だけはメイ一人ではどうにもならない。
何故なら、彼女はハートのJを与えられたハート陣営の最高戦力だからだ。
「あなたがここにいるということは狙いはお姉さまですの?」
「まぁそうだな。お嬢からはそう言われてるが、あたし的には池袋かアキバあたりで同人誌漁るのが目的だな」
クリームヒルトは退屈そうに瓦礫を蹴って転がす。
「ま、お嬢の目的はクローバーの魔王候補の命、それとあんたの身柄だ。お姫様」
指をさされたメイはバツが悪そうに視線を逸らす。
「お母さまの命令ですのね」
「大人しくついてきてくれると話が楽でいい。弱い者いじめは趣味じゃないんだ」
いつものメイなら食って掛かるところだったが、相手がクリームヒルトでは反抗する気も起きない。
「あんたが万全ならぜひとも手合わせしてみたかったんだがな」
そう、今のメイでは勝ち目はない。
それよりも意識を失わない《・・・・・・・》ことの方が大事だ。
メイが一番それを分かっている。
エリザベートの言葉通り、プリムラを攻略するためのキーがメイだからだ。
「大人しくついていきますわ」
「話が早くて助かる」
「その代わり、条件を一つ」
「ん? なんだ?」
「彼らは見逃していただきたいですわ」
メイが送った視線は二か所。
倒れている梗夜と茉奈花だ。
「そりゃ構わねぇよ。倒れてるやつをいたぶる趣味はねぇからな」
クリームヒルトは気を失っているエリザベートを担ぎ、その場を後にする。
メイも彼女の後を追い、その場を去った。
彼女たちが去った数分後。
荒れ果てた住宅街に一人の人影がやってくる。
「嫌な気配を感じて飛んできたが、こりゃどうにも……」
家の屋根をつたって走って来たのは甚平を羽織った燕時だった。
「茉奈花ちゃんは……土で汚れているだけで怪我はなさそうだね。それよりも、あっちの方がヤバそうだ」
瓦礫に顔から突っ込んだままの梗夜を抱き起す。
「外傷が激しい。すぐに手当てをしないと」
そう呟きながら、燕時はメイたちが去っていった方向に目をやる。
「今から走って行けば追いつけそうだが……」
その視線の先にある気配を読み取り、燕時は即座に首を振る。
「彼女を相手にするには手間取りそうだ。その間にこっちが先にダメになりそうだし。一時撤退かな」
そう判断した燕時は梗夜と茉奈花を連れて、急ぎシェアハウスへと駆けるのだった。




