第九話 あたたかな獣
荒野を歩む旅は、冷たく厳しいものだった。
昼は太陽が容赦なく照りつけ、乾いた風が喉を焼いた。
夜は冷え込み、星々が瞬く中で震えながら眠るしかなかった。
王国を追放されたサーシャにとって、そこは孤独と試練の世界だった。
だが、その胸には小さな温もりがあった。
外套の中に隠された獣――もふもふ。泥にまみれ、痩せ細った姿で彼女に寄り添い続ける存在。
人々は「汚らしい」と嘲笑したが、サーシャにとっては唯一の支えだった。
ある夜、荒野の焚き火を囲みながら、サーシャはもふもふを膝に乗せた。
炎の揺らめきが彼女の顔を照らし、獣は尻尾を揺らして丸くなった。
サーシャは毛並みを撫でながら、静かに囁いた。
「あなたがいてくれるから……私はまだ立てる」
もふもふは小さく鳴き、彼女の指先を舐めた。
その仕草に、胸の奥がじんわりと満たされていく。
王宮で浴びた嘲笑の記憶が蘇っても、この小さな温もりが彼女を支えていた。
翌朝、太陽が昇ると、荒野の広がりが目に映った。
遠くには岩山が連なり、道は果てしなく続いていた。
サーシャは杖を握り、歩みを進めた。
もふもふは彼女の肩に乗り、尻尾を揺らした。
「重くない? でも……一緒に歩こうね」
その声に応えるように、もふもふは鳴いた。
小さな声が荒野に響き、孤独を和らげた。
昼、彼女は岩陰で休んだ。
水袋の中身は少なく、食料も乏しかった。
サーシャは干し果物をちぎり、もふもふに差し出した。
獣は夢中で食べ、彼女はその姿を見て微笑んだ。
「ほんと、おいしそうに食べるわね。こっちまで満たされるわ」
その言葉は風に溶け、荒野に広がった。
夜、星空の下で彼女は歌を口ずさんだ。
母から教わった子守歌。もふもふは耳を傾け、やがて眠りに落ちた。
サーシャはその寝顔を見つめ、涙を拭った。
「偽物だと言われても……私は祈りを続ける」
その言葉は夜風に溶け、星々に届いた。
ある日、荒野で倒れたサーシャを、もふもふが導いた。
泉を見つけ、水を飲み、命を繋いだ。
泉の周りには花が咲き、荒野に小さな楽園が広がっていた。
サーシャは「神は私を見捨てていない」と感じ、涙を流した。
「ありがとう……あなたが導いてくれたのね」
もふもふは尻尾を揺らし、彼女の胸に顔を埋めた。
その後も、もふもふは彼女を支え続けた。
砂嵐に遭遇した時も、野犬に襲われそうになった時も、もふもふの不思議な光が彼女を守った。
サーシャは驚き、涙を流しながら抱きしめた。
「あなたは、ただの獣じゃないの?」
その瞳は澄み、星のように輝いていた。
旅の途中、行商人や旅人に出会うこともあった。
彼らは最初冷たかったが、もふもふの不思議な力を見て心を開いた。
サーシャは彼らに癒しを与え、少しずつ「偽物ではない」と信じてもらえるようになった。
「居場所は王国だけではない」
彼女はそう感じ、もふもふと共に歩み続けた。
親切な行商人が途中まで乗っけてくれたのでだいぶ歩く距離が短縮された。
荒野の旅は孤独と試練に満ちていた。
だが、もふもふの温もりが彼女を支え、小さな奇跡が彼女を導いた。
王国で嘲笑され、偽物と呼ばれても、この獣だけは彼女を偽物と呼ばなかった。
「私は……偽物じゃない。この子がいてくれる限り」
その言葉を胸に、サーシャは荒野を歩き続けた。もふもふと共に、新しい物語が始まろうとしていた。




