第十話 盗賊
荒野を歩み続けて十日目の夕暮れ。
サーシャは岩陰に腰を下ろし、もふもふを抱きながら小さな焚き火を囲んでいた。
乾いた風が吹き、空は茜色に染まっていた。旅の疲れが重くのしかかり、彼女は深い息を吐いた。
その時、背後から足音が近づいた。
乾いた砂を踏みしめる音が複数。
サーシャは振り返り、目を見開いた。
「……誰?」
岩陰から現れたのは、粗末な鎧をまとった男たち。
目は鋭く、口元には嘲笑が浮かんでいた。
彼らは剣や棍棒を手にし、サーシャを取り囲んだ。
「こんな荒野で女一人とは、運が悪いな」
「荷物を置いていけ。命が惜しければな」
声は冷たく、刃の光が夕暮れに反射した。
サーシャは震え、もふもふを抱きしめた。
盗賊たちは近づき、彼女の袋を狙った。
食料も水も乏しいが、彼女にとっては命を繋ぐ唯一のものだった。
サーシャは必死に声を絞り出した。
「これは……渡せません。どうか……」
だが、盗賊たちは笑った。
「聖女だと噂の娘か? 偽物だと聞いたぞ」
「獣を抱いているとは……笑い話だな」
「金持ってんだろ。困ってるんだよこっちも。助けくれるよな、優しい聖女様」
その言葉は刃よりも鋭く、胸を切り裂いた。
サーシャは唇を噛みしめ、涙を堪えた。
もふもふが彼女の胸から顔を出し、小さく鳴いた。盗賊たちは驚き、嘲笑を浮かべた。
「なんだ、その汚らしい獣は」
「聖女が守るのは獣か? 滑稽だな」
サーシャは震える手で杖を握りしめた。
恐怖に足はすくんでいたが、もふもふの温もりが彼女を支えた。
「……私は偽物じゃない。この子がいてくれる限り」
その声は小さく、風にかき消されそうだった。
だが、彼女の瞳には決意が宿っていた。
盗賊の一人が剣を振り上げ、彼女に迫った。
サーシャは必死に杖を構え、もふもふを抱きしめた。
夕暮れの荒野に、緊張が張り詰めた。
突破の瞬間は、まだ訪れていない。
だが、彼女は逃げるための一歩を踏み出そうとしていた。
盗賊の剣が振り下ろされる瞬間、サーシャは必死に杖を突き出した。
乾いた音が響き、刃は逸れた。
彼女の腕は震え、力は弱かったが、必死の抵抗だった。
「逃がすな!」
盗賊たちが声を上げ、彼女を取り囲む。だ
が、その時――もふもふが彼女の胸から飛び出した。小さな体が淡く光を放ち、荒野の闇を照らした。
「な、なんだ……!」
「獣が光っている……!」
盗賊たちは怯み、足を止めた。
光は焚き火よりも強く、彼らの影を大地に伸ばした。
サーシャはその隙を逃さず、袋を背負い直して走り出した。
荒野の風が頬を打ち、砂が舞った。背後から盗賊の怒声が響く。
「追え! 逃がすな!」
サーシャは必死に走り、岩山の影へと身を隠した。
心臓は激しく鼓動し、呼吸は荒かった。
もふもふは彼女の肩に飛び乗り、尻尾を揺らした。
「……ありがとう。あなたがいなければ、もう捕まっていた」
彼女は震える声で囁き、もふもふを抱きしめた。
盗賊たちは岩山の周囲を探し回ったが、光の余韻に怯え、深く追うことはできなかった。
「いいんですか。逃がしちまって」
「あぁ、光る獣など気味がわりぃ」
やがて足音は遠ざかり、荒野に静けさが戻った。
サーシャは岩陰に座り込み、涙を流した。
恐怖と安堵が入り混じり、胸が締め付けられた。
だが、もふもふが顔を埋め、彼女の指先を舐めた。
「……私は偽物じゃない。この子がいてくれる限り」
その言葉は夜風に溶け、星々に届いた。
やがて夜が明け、太陽が荒野を照らした。
サーシャは杖を握り、再び歩みを進めた。
背後には盗賊の影が残っていたが、前方には新しい旅路が広がっていた。
「どんな試練があっても……あなたとなら、乗り越えられる」
もふもふは尻尾を揺らし、彼女の肩に寄り添った。荒野の旅は続いていく。




