第十一話 雨
盗賊の影を振り切った翌日。
空は灰色に覆われ、風が不穏に唸っていた。
サーシャは杖を握りしめ、もふもふを外套の中に抱きながら歩みを進めた。
乾いた荒野が、次第に湿った匂いを帯びていく。
「……嫌な予感がする」
その言葉の直後、雷鳴が轟いた。
「きゃあっ」
空を裂くような閃光が走り、荒野を白く照らす。
風は強まり、砂と枯草を巻き上げた。
サーシャは必死に外套を握り、もふもふを守るように抱きしめた。
やがて雨が降り始めた。
最初は細い滴だったが、すぐに激しい豪雨となり、荒野を叩きつけた。
水は地面を濁流に変え、足元を奪った。
サーシャは必死に岩陰へと走り、もふもふを胸に抱えた。
「大丈夫……大丈夫だから」
声は震え、雨にかき消された。
外套は濡れ、髪は乱れ、体は冷え切っていく。
だが、もふもふは彼女の胸に顔を埋め、温もりを伝えた。
嵐は容赦なく続いた。
雷鳴が轟き、稲光が岩山を照らす。
風は唸り、雨は荒野を洗い流す。
サーシャは岩陰に身を寄せ、震える体を抱えた。
「……どうして、こんな試練ばかり」
涙が混じり、雨と共に頬を伝った。
だが、もふもふは尻尾を揺らし、彼女の指先を舐めた。
小さな温もりが、嵐の中で唯一の救いだった。
夜になっても嵐は止まらなかった。
焚き火は雨に消され、闇が広がった。
サーシャはもふもふを抱きしめ、母から教わった祈りを口ずさんだ。
「神よ……どうか、この子だけは守ってください」
その祈りは嵐に溶け、星の見えない空へと届いた。
やがて嵐は少しずつ弱まり、雨は細くなった。
サーシャは濡れた外套を絞り、もふもふの毛を撫でた。
獣は震えながらも彼女に寄り添い、瞳を輝かせていた。
「……ありがとう。あなたがいてくれるから、私はまだ立てる」
嵐と雨に襲われても、彼女はもふもふと共に生き延びた。
荒野の試練は続くが、温もりがある限り、彼女は歩みを止めない。
嵐の夜が明け、雨はようやく止んだ。
荒野の空はまだ灰色を帯びていたが、雲の切れ間から光が差し込んだ。
濡れた大地はきらめき、雨粒が草に残り、宝石のように輝いていた。
サーシャは岩陰から立ち上がり、濡れた外套を絞った。
もふもふは尻尾を揺らし、彼女の足元を駆け回った。
冷え切った体に、朝の光が少しずつ温もりを戻していく。
その時――空に大きな虹が架かった。
七色の光が荒野を横切り、雨上がりの空を鮮やかに染めた。
サーシャは目を見開き、思わず息を呑んだ。
「……虹だ」
もふもふは鳴き、虹を見上げた。
光は彼らを包み込み、冷たい試練の後に訪れた祝福のようだった。
足元を見ると、雨に濡れた大地から小さな花が咲いていた。
黄色や白の花弁が揺れ、雨粒をまとって輝いている。
荒野の乾いた土に、こんなにも鮮やかな命が芽吹いていることに、サーシャは驚いた。
「嵐が……花を咲かせたのね」
彼女は膝をつき、花に指先を触れた。
柔らかな感触が伝わり、心に温かさが広がった。
もふもふは花の匂いを嗅ぎ、尻尾を揺らして喜んだ。
虹と花は、試練の後に訪れた小さな奇跡だった。
王国で嘲笑され、荒野で嵐に打たれても、神は彼女を見捨ててはいなかった。
サーシャは空を見上げ、静かに祈った。
「私は偽物じゃない。この子と、この奇跡が証明してくれる」
虹は彼女の背を押し、花は足元を彩った。
旅はまだ続くが、心には確かな希望が芽生えていた。




