第十二話 小さな森
虹が消え、花々が雨粒をまとって揺れる荒野を歩き続けたサーシャは、やがて地平線の向こうに濃い緑を見つけた。
乾いた大地の中にぽつりと広がる木々――それは荒野の孤独を破るように佇む小さな森だった。
「……森?」
彼女は足を止め、目を見開いた。
風に揺れる葉の音が遠くから届き、鳥の声が微かに響いていた。
荒野では聞いたことのない優しい音だった。
近づくと、森は思った以上に豊かだった。
背の低い木々が並び、苔むした岩が点在し、雨上がりの湿った土からは甘い匂いが漂っていた。
サーシャは深く息を吸い込み、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ここなら……休める」
もふもふは尻尾を揺らし、森の中へ駆けていった。
草の間を跳ね、花の匂いを嗅ぎ、楽しそうに鳴いた。
サーシャはその姿を見て微笑み、岩に腰を下ろした。
森の中には小さな泉もあった。
雨水が集まり、透明な水面が木々を映していた。
サーシャは水袋を満たし、冷たい水を口に含んだ。
喉の渇きが癒え、体に力が戻っていく。
「神様……ありがとうございます」
彼女は泉に手を合わせ、静かに祈った。
森は荒野の中の楽園のようだった。
鳥が枝に止まり、花が咲き、風が葉を揺らす。
サーシャはもふもふを抱き上げ、柔らかな毛並みを撫でた。
獣は満足そうに目を閉じ、彼女の胸に顔を埋めた。
「ここなら……少し眠れるね」
彼女は微笑み、森の静けさに身を委ねた。
嵐と雨を越え、虹と花に導かれ、ついに辿り着いた安らぎの場所。
サーシャは森の奥を小さな住処にした。
古い木々に囲まれた静かな場所。
泉のそばに苔むした岩が並び、風が葉を揺らすたびに、森は優しく囁くような音を奏でていた。
彼女はそこに、枝と布で簡素な小屋を作った。
屋根には葉を重ね、雨をしのげるように工夫した。
もふもふはその作業を見守りながら、時折枝を運んできては、得意げに尻尾を揺らした。
「ありがとう。あなたがいてくれるから、ここも家になるね。寂しくないわ。」
サーシャは微笑み、彼の頭を撫でた。
もふもふは満足そうに鳴き、小屋の入口に丸くなって座った。
朝になると、森は光に包まれる。
木漏れ日が小屋の隙間から差し込み、鳥たちがさえずり始める。
サーシャは泉で顔を洗い、野草を摘みに出かけた。
食べられる葉や果実を見分ける術は、旅の中で身につけたものだった。
ある日、彼女が泉のそばで草を編んでいると、もふもふが突然鳴いて走り出した。
驚いて後を追うと、そこには小さなウサギがいた。
白い毛並みの子ウサギが、もふもふの前でぴょんと跳ねていた。
「こんにちは……怖がらないで」
サーシャはそっと膝をつき、手を差し出した。
ウサギは警戒しながらも、もふもふの傍に寄り添い、やがて彼女の手に鼻先を近づけた。
柔らかな感触が指先に伝わり、サーシャは胸の奥が温かくなるのを感じた。
それからというもの、森の小動物たちは少しずつ彼女のもとに姿を見せるようになった。
リスが木の上から顔を覗かせ、鳥が肩に止まり、時には小さな鹿が泉の水を飲みに来ることもあった。
ウサギ、リス、肩に止まる青い鳥。
もふもふは彼らとすぐに仲良くなり、泉の周りで一緒に跳ねたり、草の上で転がったりして遊んだ。
「あなたたちといると、心が軽くなるの」
サーシャはそう言って、草の上に寝転んだ。
空は青く、風は優しく、もふもふとしろが彼女の両脇に寄り添っていた。
ある夕暮れ、サーシャは小屋の前で焚き火を起こした。
火の揺らめきが森を照らし、動物たちがその周りに集まってきた。
くるみは木の枝から降りてきて、もふもふの背に乗り、そらは焚き火の光に照らされながら歌うように鳴
いた。
「こんなに静かで、優しい時間があるなんて……」
サーシャは呟き、祈りを捧げた。
神に選ばれたことが本当かどうか、まだ確信は持てない。
だが、この森で過ごす日々が、彼女にとって確かな癒しであることは間違いなかった。
夜になると、星が森の隙間から覗く。
サーシャはもふもふと並んで寝転び、空を見上げた。
ウサギは彼女の胸に丸くなり、リスは木の上で眠り、トリは枝に止まって羽を休めていた。




