第七話 追放の旅
城門を出たサーシャは、冷たい視線と嘲笑を背に受けながら歩みを進めた。
胸の奥には痛みが残っていたが、外套の中で眠るもふもふの温もりが彼女を支えていた。
やがて町に辿り着く。
市場は人々の声と匂いに満ちていた。
焼きたてのパンの香り、野菜を並べる音、商人の呼び声――その賑わいは、王宮の冷たい空気とはまるで別世界だった。
サーシャは人目を避けながら、旅に必要なものを探した。
まずは小さな商店で布袋を買った。
丈夫な麻布で作られた袋は、長い旅に耐えられるだろう。
商人は彼女を見て首を傾げたが、何も言わずに袋を渡した。
次に、乾燥肉と干し果物を求めて食料屋へ。
棚に並ぶ保存食を選び、少しずつ袋に詰めていく。
もふもふが外套の中から顔を出し、匂いを嗅いで尻尾を揺らした。
サーシャは小さく笑い、干し果物を一つ差し出した。
獣は夢中で食べ、彼女の心も少し軽くなった。
道具屋では、古びた旅人が使っていたという杖を見つけた。
木の表面は擦り減っていたが、手に馴染む温もりがあった。
サーシャはそれを握りしめ、心の中で呟いた。
「これで……歩き続けられる」
さらに水袋と火打石を買い、荷を整えていく。
少しずつ袋が重くなるたびに、彼女の心には「旅立ちの実感」が積み重なっていった。
町の人々は彼女をちらりと見て囁いた。
「聖女様が……追放されたんだって」
「偽物だと聞いたが、本当に町に来ている」
その声は冷たかったが、王宮で浴びた嘲笑ほど鋭くはなかった。
サーシャは唇を噛みしめ、もふもふを抱きしめた。
王宮で浴びた嘲笑の余韻がまだ胸に残っていたが、町の賑わいはそれを少し和らげた。
焼きたてのパンの香り、商人の呼び声、子供たちの笑い声――そこには王宮の冷たい空気とは違う生活の温もりがあった。
だが、人々の視線はやはり冷たかった。
「聖女様が追放されたんだって」
「偽物だったんでしょう?」
囁きが耳に届き、サーシャは俯いた。
それでも、すべてが冷たかったわけではない。
小さな八百屋の老婆が彼女を見て、声をかけた。
「まあ……聖女様。噂は聞いたけれど、顔色が悪いね。これを持っていきなさい」
老婆は小さな袋に入った干し野菜を差し出した。
サーシャは驚き、両手で受け取った。
「ありがとうございます……」
老婆は微笑み、囁いた。
「偽物だなんて、人は好き勝手に言うものさ。あんたの祈りで救われた人もいるんだよ」
その言葉は胸に温かく染み渡り、サーシャの目に涙が滲んだ。
通りの角では、子供たちが遊んでいた。
彼女を見つけると、一人の少女が駆け寄り、小さな花を差し出した。
「聖女様、これあげる。前に怪我を治してくれたから……ありがとう」
サーシャは花を受け取り、膝をついて少女の頭を撫でた。
もふもふが外套の隙間から顔を出し、少女は目を丸くした。
「かわいい……!」
サーシャは慌てて隠したが、少女は笑って囁いた。
「秘密にしてあげるね」
その笑顔に、サーシャは久しぶりに心から微笑んだ。
町の人々の多くは冷たい視線を向けた。
だが、ほんの一握りの人々は彼女に小さな優しさを示した。
干し野菜の袋、子供の花、そして「ありがとう」という言葉。
それらは王宮では決して得られなかったものだった。
サーシャは荷を整えながら、胸の奥で静かに呟いた。
「……私は偽物じゃない。私を信じてくれる人がいる限り」
もふもふは尻尾を揺らし、彼女の胸に顔を埋めた。
町での交流は冷たさと温かさが入り混じっていたが、それは彼女に新しい旅路の力を与えていた。
「大丈夫。私たちの旅は、ここから始まる」
そう呟き、彼女は町を後にした。
袋には食料と道具、胸には小さな温もり。
新しい旅路が、静かに始まろうとしていた。




