第六話 偽物認定
王国評議会の広間は重苦しい空気に包まれていた。
玉座の前に並ぶ司祭たち、貴族たち、そして王子。
彼らの視線は冷たく、サーシャに向けられていた。
司祭長が厳しい声で告げた。
「聖女サーシャ。君は神に選ばれたとされたが、力は弱く、民を癒すこともできなかった。さらに獣を抱き、王国の威信を損なった。……君は偽物だ」
その言葉に広間がざわめいた。
貴族たちは冷笑を浮かべ、侍女たちは囁き合った。
王子は一歩前に出て、淡々と告げた。
「評議会の決定により、君は聖女の座を剥奪される。そして王国から追放される」
鐘の音が遠くで響き、サーシャの胸は締め付けられた。
唇を噛みしめ、必死に声を絞り出す。
「私は……偽物じゃありません。神が選んでくださったのです」
だが、その声は広間の嘲笑にかき消された。
その夜、彼女の部屋に侍女が現れた。冷たい声で告げる。
「サーシャ様。明朝には王国を去っていただきます。荷をまとめてください」
「ちょっと待ってください。急じゃありませんか」
「出立の日時も決まっております」
「もう少しだけ話をさせてください」
「王様が決められたのです。私に言われても困ります」
扉が閉じられ、静けさが広がった。
サーシャは膝を抱え、涙を流した。
腕の中には小さな温もりがあった。
もふもふが顔を埋め、静かに鳴いた。
「……あなたまで失いたくない。どこへ行くことになっても、一緒に」
サーシャは涙を拭い、立ち上がった。
机の上には白い聖衣、祈りの書、母から贈られた小さなペンダント。
彼女は一つひとつ手に取り、荷をまとめ始めた。
窓の外には星が瞬き、夜風が静かに吹いていた。
王国での日々は終わろうとしていた。
サーシャは机の上に並べた荷物を一つひとつ手に取った。
白い聖衣は、彼女が聖女に選ばれた日の象徴だった。
だが今は重く、冷たい布のように感じられる。
彼女はそれを畳み、袋の底に静かに収めた。
次に祈りの書を手に取る。
何度も読み返し、涙で滲んだ文字が残っている。
彼女は指先でその跡を撫で、深く息を吸った。
「偽物だと言われても……祈りだけは、私の本物」
母から贈られた小さなペンダントも袋に入れた。
幼い頃、母が「どんな時もあなたを守る」と言って渡してくれたもの。
今や唯一の心の支えだった。
もふもふは袋の横で丸くなり、尻尾を揺らしていた。
サーシャが涙を拭うと、獣は顔を上げ、彼女の指先を舐めた。
「……。一緒に行こう」
その言葉に応えるように、もふもふは小さく鳴いた。
窓の外には夜明けの気配が広がっていた。
王国の鐘が遠くで鳴り、追放の時が近づいていることを告げていた。
サーシャは袋を背負い、部屋を見渡した。ここで過ごした日々――祈り、嘲笑、涙、そしてわずかな幸せ。
すべてが終わろうとしていた。
「私は偽物じゃない。……この子がいてくれる限り」
サーシャは静かに呟き、扉を開いた。冷たい廊下の先には、新しい旅路が待っていた。
朝の鐘が鳴り響く中、サーシャは荷を背負い、王宮の廊下を歩いていた。
もふもふは外套の中に隠され、彼女の胸に寄り添っている。
だが、その歩みの先には冷たい視線が待っていた。
侍女たちは廊下の隅に集まり、囁き合った。
「聖女様が追放されるんですって」
「偽物だったものね。獣を抱いていたなんて、笑い話だわ」
彼女の背中に笑い声が突き刺さり、足取りは重くなった。
広間を抜けると、貴族たちが集まっていた。
彼らは杯を傾けながら冷笑を浮かべ、声を潜めることなく言葉を投げかけた。
「王国の恥さらしだ」
「聖女の座を汚した娘が、ようやく去るのだ」
「獣と共に野に消えるがいい」
その言葉は刃のように鋭く、サーシャの胸を切り裂いた。
だが、彼女は唇を噛みしめ、視線を落としたまま歩みを続けた。
中庭に出ると、騎士たちが整列していた。彼らの目は冷たく、嘲笑を隠そうともしなかった。
「この程度の力で聖女を名乗るとは」
「戦場で役立たぬ者が、民を癒せるはずもない」
彼女はその声を聞きながら、胸に抱いたもふもふを強く抱きしめた。
小さな温もりだけが、彼女を支えていた。
やがて城門が見えてきた。門の前には人々が集まり、囁きと笑い声が渦巻いていた。
「偽物の聖女が出ていくぞ」
「神の加護など受けていない。獣と共に消えるのだ」
「二度と戻ってくるな」
サーシャは涙を堪え、背筋を伸ばした。嘲笑に囲まれても、彼女の心には小さな決意があった。
「私は……偽物じゃない。この子がいてくれる限り」
その言葉を胸に、彼女は城門を越えた。冷たい視線と悪口の嵐を背に受けながら、新しい旅路へと歩みを進めた。




